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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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8-3:王太子妃の部屋

 翌日も、訪れた他国の美男子を適当にあしらった後、一息ついてリーレイと本日の護衛担当の騎士と共に茶をしばいていた時だった。


「せーいじょさま!」


 ニコ! と相変わらずの愛嬌の良い笑顔で、ロウエンが聖女の居室に現れた。


「王子。どうされたのですか」


 アーユイは立ち上がろうとするが、座ったままでいいと手で制した。


「聖女様のおかげで、城中ピカピカだね。みんな喜んでるよ」

「私のほうこそ、良い暇つぶしになっていますよ」

「そんな聖女様に、浄化して欲しいところがあるんだけど」

「? まだどこか?」


 城内は概ね回ったはずだが、とこれまでの行き先を思い出しながら視線を斜め上に逸らすアーユイに、ロウエンは頷く。


「うん。国王の執務室と、王太子妃の部屋を、ちょっとね」




 オルキスの件以来、久しぶりに足を踏み入れた王家の生活区を進みながら、ロウエンはため息をついた。


「実は父上にも兄上にも、お前ばっかりずるい! って常々言われててね……」


 言われてみれば、エンネア王家は聖女の末裔なわけで、始祖と同じ力を持つ少女に興味がないわけがなかった。


「ずるいって……。王太子殿下にはお会いしたことがありませんが、あの厳格そうな国王が?」

「あんなの、威厳を保つための演技に決まってるじゃない。だって、僕の父だよ?」

「……」


 妙な説得力だった。


「否定してほしかったなあ」


 ふにゃふにゃの自覚は一応あったらしい。


「訓練中や戦闘中の王子は、キリッとしていますよ」

「本当?」


 ぱあっと顔を明るくするロウエン。褒められた子供の顔だった。


「戯れてないで早く来い」


 前を行く隊長、オリバーが呆れていた。




 階段を上がり、長い廊下の果てに、ようやく王の執務室はあった。


 部屋に入った途端、アーユイはスン、と鼻を鳴らした。


「どうかした?」


 ロウエンが目敏く気付き、首を傾げる。


「いえ……」


 どうして、王の執務室から例のかび臭がするのだろう。


「よく来てくれた。楽にしてくれ」


 国王は、かびの臭いを気にしている様子はなかった。


「城を改めてくれているそうだな」


 国王はオリバーから野性味を抜いたような顔立ちで、ロウエンと同じく憧れの英雄に会った子供の表情をしている。さあさあとソファを勧めた。


「勝手なことをして申し訳ございません」

「何、聖女の力を国のために使って貰っているんだ。感謝こそすれ、勝手などとは思わん。……おかげでいくつか暴かれたこともある」


 伯爵の謀反、仕入れ先不明の呪い紙。


「それについてですが。陛下、お身体の不調などはございませんか」

「不調? いや、年相応に肩凝りや何かはあるが……」

「そうですか……。まあ、やってみればわかるでしょう」


 何の呪いだか知らないが、さっさと見つけたほうがいい。

 パチンと指を鳴らすと、レンの執務室の時と同じように爽やかな風が吹いた。更に、


「何だ!?」


 パン、と壁際のスタンドライトが割れた。更に、机の引き出しの中と、本棚からも煤煙が上がった。


「うん? おお! 肩が軽くなった!」

「さすがというか……。お強いですね、国王様ともなると」


 三ヶ所から呪われていてもピンピンしているとは。一切効かないアーユイには及ばないが、レンの上を行く呪い耐性だった。


 ***


 執務室の呪いの後処理を聖堂の呪術研究室の職員たちに任せ、アーユイたちは王太子妃の部屋へ向かう。


「実はこっちが本命なんだよね」

「本命?」


 返事を聞く前に、ロウエンは扉をノックした。


「ロウエンです。聖女様をお連れしました」

「入ってくれ」


 男性の声が聞こえ、ロウエンが扉を開ける。


「うわ」


 臭いどころか、目に見えてわかるほどのもくもくとした何かが、部屋中に渦巻いていた。


 ヤバそう? と王子が目で訊ね、これはヤバい。と聖女はヴェールの下で眉間に皺を寄せて頷いた。


「お初にお目に掛かります。アーユイでございます」


 まずは入り口で一礼。


「ご足労ありがとうございます、聖女様。ロウエンの兄、と言った方が通りがいいでしょうか。ヴィンスと申します」


 ロウエンと同じつややかな金髪と緑の目を持つ王太子ヴィンスは、丁寧に挨拶した。

 穏やかで誠実そうだが、今はかなり無理して微笑みを作っていることがわかる。


「……王太子妃の体調が、よろしくないのですね」


 来客にも気付かずベッドで眠っている王太子妃の肌は青白く、痩せて目の下にくまができていた。


「ええ、懐妊を発表するまでは普段通りだったのですが……。急に体調を崩し、ここ一週間ほどは起き上がることもできないような状態で」


 ヴィンスは頷いて、ふらふらとベッド脇の椅子へ腰掛け、王太子妃の手を握る。

 原因はもはや、この蔓延する呪いの煤しか見当たらなかった。


「早速ですが、失礼いたします」


 アーユイ自身、これ以上この空気の悪い場所には居たくない。指を鳴らし、浄化の風でもやを吹き飛ばす。

 と、ドレッサーの上に置かれた小箱、ベッド脇サイドボードの置物の二ヶ所から、今までで一番の煤煙が吹き上がった。


「きゃああ!!!」


 窓の外、王家の居住地の中庭から、女の悲鳴が上がる。

 急いで窓へ向かい外を見ると、


「嫌! 来ないで! いやああぁ!!」


 複数の従者が倒れ伏す中、もやが凝縮され雲のようになった何かが、腰を抜かしたドレスの女性に襲いかかるところだった。


「フィーゴ様! いけますか!?」


 間に合わない。アーユイは窓を開け、いつでも力を貸すと言ってくれた炎神の名を呼んだ。


「おう!」


 途端、ゴッ、という短い爆音と共に、炎がもやを握り潰した。女はその場で気を失う。


「あ、ちょっ、聖女様!?」


 ためらいなく窓枠を越えて飛び降りたアーユイを、突然現れた燃えさかる髪を持つ男神が受け止めた。


「ナイスキャッチです、フィーゴ様」

「うむ!」


 頼られて嬉しいという顔の炎神は、アーユイを丁寧に地上に降ろした。


「ここ三階……。はあ……」


 アーユイの行動にいちいち驚いていては身が持たない。わかってはいるのだが、ロウエンはため息をついて窓枠にもたれかかった。

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