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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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6-1:帰還

 聖女一行がもはや懐かしささえ覚えるエンネストへ帰還すると、城は大騒ぎになっていた。


 まずは、アーユイが正式に聖女として認められたことを祝う祭事の準備だ。


 エンネアは成り立ちこそ聖女が興した国だが、その後は一度も国内から聖女が誕生していない。

 前例はないがおざなりにはできない祭典をどのように行うか、大臣たちは毎日額を寄せ合って頭を悩ませていた。


「祭りなら、もうシーラでやったのに……」

「僕もそう思うんだけど、エンネアの貴族から聖女様が出たからには首都でもやっとかないと、こう、体裁がね……」


 しかもそれに伴い、他国の要人から是非一度聖女に謁見したいとの申し出が多数出てきた。こちらも同時並行で、日程の調整に追われている。




 そしてもう一つ。ロウエンの兄の妻、即ち王太子妃が懐妊したというめでたい知らせも、宮中を賑わせていた。


「聖女様が現れる前からわかってて、義姉さんの体調が安定してから公表しようって話だったんだよ」


 と、アーユイにロウエンが耳打ちした。




 そんな調子だったものだから、とある伯爵家が王家と国家への反逆罪で取り潰しに遭ったことや、その証拠の糸口を掴んだとされるアイナントカという地味な子爵家が伯爵に格上げされ、空いた席に収まったという話題は、市民からはすぐに忘れ去られた。

 聖女様のフルネームは、市民にはあまり知られていない。




 お祝いムードは、聖女の扱いにも影響した。

 留守の間に、大聖堂の傍に聖女専用の正式な居室が完成したことも大きい。


 おかげで、護衛付きではあるが、アーユイ自身の意思で城の中を出歩けるようになった。

 その護衛というのも引き続き第二上級騎士隊が担うため、かなりずぼらで抜け出し放題な護衛であることは言うまでもない。


「父上!」

「アーユイ。リーレイもか」

「ご無沙汰しております、旦那様」


 地味な元子爵家ことアインビルド伯爵は、第二上級騎士隊の修練場で騎士たちの訓練を見ていた。


「……なんだか父上、少し見ない間に老け込みましたか?」

「久しぶりに顔を合わせて、最初に言うことがそれか?」


 娘の第一声に、呆れるレン。


「例の賊が吐いた情報を伝えたら、聖女の家が子爵では格好が付かないからとついでのように伯爵に格上げされるわ、オリバーから呼び出されて隊を鍛えるよう言いつけられるわ、急な配置転換の引き継ぎも残っているわで、数年分の仕事がひと月で来たような状態だ。老け込みもする」

「……オリバー?」

「……お前、旅を共にした部隊の隊長の名前くらい知っておけ。と言うか、あんなむさ苦しいひげ面でも王弟だぞ」

「あ、ああー。王弟陛下と隊長が同一人物だと、頭の中で結びついていませんでした」


 ひげの隊長はそんな名前だったか。

 あれだけ仲良く話しておきながら名前も知らなかったアーユイもだが、王弟をあんなだのむさ苦しいだのと言って呼び捨てにしているレンもどうなのだろうかと、護衛の隊員は思っていた。

 娘が娘なら父親もまた、少し世間の常識からずれているところがある。


「まったく、お前にはいつも振り回されるな」

「私だって、ピュクシス様に振り回されていますよ」

「元はと言えばそうか。神の思し召しなら仕方ない」


 なるようになる、というアーユイの気質は、間違いなくこの父から受け継いだものだった。


「あ! 聖女様! 侍女さん!」


 ようやく元の生活に戻った騎士隊の面々が、アーユイたちに気付いて寄ってきた。

 しかし、


「訓練を止めるな。戻れ!」

「すみません教官、せめてご挨拶だけでも!」


 短期間で武人としてのレンの怖さが身体に染みついたようで、ぴしゃりと言われた瞬間に立ち止まって敬礼した。


「邪魔になってるみたいですね。次は休憩時間に合わせて来ることにします」

「そうしてくれ」


 踵を返そうとして、アーユイはふと、何か足りないようなと首を傾げる。

 そして、ああ、あの大型犬が寄ってこないのだ、とすぐに思い立った。

 いつもなら真っ先に走ってきそうなものだが、と場内を探すと、金髪の騎士は、聖女に全く気付いていない様子で真剣に剣を振るっていた。


「王子も雰囲気が変わった気がしますね」

「ロウエン様、帰ってきてからすごく真面目になったんですよ。レン様の話も一番真剣に聞いてるし、姫たちのお誘いも曖昧にせずに断るようになったし」

「ふーん。旅の中で、心境の変化でもあったんでしょうか」


 それは多分、と、隊員もリーレイも思うところがあったが、気付いていないのはアーユイだけだ。


「そうだ、父上。家の者の手が空いている時に、騎士隊の訓練の手伝いをさせてはどうかと、オリバー隊長と話していたんです」

「うちの部隊と? ……なるほど。面白いかもしれない」

「それと、変装術とその見分け方の講座をしてほしいそうです」

「そんなもの、お前がやれば――、いや、お前は忙しいんだったな」


「言えば時間は取れるでしょうが、全ての騎士隊に定期的に行うというのは難しいかもしれません」


 ほぼ毎日、エンネア中から誰かしらが聖女に会いに来る。もう少ししたら国外からも来るようになるだろう。


 更に週末には、市民にも聖堂が解放される。

 本来は月に一度だが、協会預かりになったはずの聖女をエンネア貴族が独占しているように取られかねないということで、しばらくの間解放日が増やされることになったのだ。


「……となると……。他に講義ができるのは……あいつくらいか……」

「ええ。オルキスに行ってもらえればと」

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