5-4:洗濯
結局騎士隊の前で転送を使うことになってしまった。
何事もままならないものだと、アーユイはタオルで顔の血を拭きながら改めて思っていた。
『やっと連絡を寄越したと思えば、それか』
男たちが無事に――無事ではないが――首都にあるアインビルド預かりの牢に転送されたか、父に確認すると、ため息をついていた。
経緯はどうあれ、自分とリーレイくらいなら、やはり簡単に家に戻れそうだ。アーユイは満足げに頷く。
ところで、
「かっこよかったよ、侍女さん!」
仕事の顔を見たというのに、どうしてこの大型犬は未だに笑顔で尻尾を振っているのだろうか。アーユイにとって、現状で最大の謎だった。
「お褒めにあずかり光栄です。お代に、賊の死体から暗器の類いを回収させてもらえないかな。面白そうだから」
「……」
さすがに、ロウエンの顔が固まった。ちらりと隊長を見ると、
「出発は十分後だ。俺は司祭に話をしてくる」
さっさと司祭のいる馬車に入ってしまった。見逃してくれるらしい。
「これはいい暇つぶしになる」
鼻歌交じりに死体を漁り、適当な麻袋によくわからない武器をがっちゃがっちゃと詰め込む姿を、ロウエンは恐る恐る覗き見る。
「それ、なに?」
死体の懐からじゃらじゃらと出てきたのは、手のひらに収まるほどの長さの、先が細くなった鉄の棒だった。
「鉄針だよ。投擲武器。こんな風に使うんだ」
と、近くの樹に向かって何でもないように投げた。タン、といい音がして、垂直に刺さる。
ロウエンは暢気に感心し、おおー、と拍手をした。
「僕もやってみたい」
「意外とコツがいるよ」
一本受け取り、見よう見まねで投げた鉄針は、ペシッと横向きに当たって落ちた。
「本当だ、全然真っ直ぐ飛ばない。……なんでヘプタの武器も使えるの?」
「敵がどんな武器を使うのか、ある程度知っておかないと対応できないからね」
知っているのと使えるのとでは意味が違うのではないかという突っ込みは、無粋というやつだ。
「すごいなあ」
そんなやり取りを、他の隊員たちは遠巻きに眺めるばかりだ。
「よし、こんなものか」
武器の他に、賊の身元に繋がりそうなアクセサリー類も回収すると、アーユイは満足げに立ち上がった。
「あとは、髪に付いた血がしっかり落とせればな」
「それだったら、次の町には温泉があるはずだよ」
「温泉!?」
アーユイがぱっと顔を上げる。表情は薄いが、その目は輝いていた。
「うん、聖堂にも浴場があるって聞いたから、使わせてもらえると思う」
「いいことを聞いた。旅も悪くないな」
アーユイは風呂が好きだった。
***
ロウエンの言葉通り、ぽつぽつと民家が見えてくる頃には、遠くからでも湯気が見えていた。
「ようこそおいでくださいました。賊に襲われたと連絡があった時には心配しましたが、ご無事で何よりです」
馬車を降りるなり、さっそく町長と思しき男性と町教会の司祭、その他多数の町民に囲まれた。
しかし、
「あの、お怪我などは」
隊服に飛ぶ黒い模様に、町の人々は怯えていた。
「これは賊の血です。多少の怪我は、聖女様がいらっしゃいますから問題ありません」
おかげでまずは着替えと洗濯と休息、町民とのふれあいは明日ということになった。
アーユイたちが着ていた隊服も、もちろん洗濯せねばならない。
「手伝います」
教会の裏手にある洗濯場で、大量の血まみれ隊服を洗う羽目になり、修道女たちは涙目だった。
アーユイが声を掛けると、恐縮しながらも断りはしなかった。
「少し血が付いたくらいなら、すりおろした大根の汁を付けるとよく取れるのですが」
慣れた様子でじゃぶじゃぶと隊服を踏みながら、リーレイは呟く。
仮にも貴族の着衣を踏むのは良くないのではと修道女たちは気を遣ったが、丁寧にやっていたら日暮れまでに干せないからと、アーユイが押し通した。
「さすがにこの量は、大根をすりおろすだけで日が暮れる」
「聖女様の権能に、シミ抜きはないのですか」
「なさそうだったなあ」
修道服を借りて惜しげもなく素足を晒す姿を見て、他の修道女たちは顔を見合わせている。
「万能というわけではないのですね」
「ピュクシス様は、洗濯の神ではないからね」
視線を気にすることもなく、冗談を言いながら足踏みすることしばし、
「あれ!? よく見たら聖女様と侍女さんも洗濯に参加してるし!?」
様子を見に来たロウエンが気付いて、慌てて走ってきた。
突然現れた華やかな容姿の騎士に、修道女たちが慌てた。
警護の隊員は、ロウエンから目を逸らした。
「手が足りないなら呼んでくださいよ」
「いえ、騎士様たちはお疲れでしょうから」
喋りながらも足は止めないアーユイを、自分も戦っていたくせにと言いたげな顔で眺める。
「僕もやります」
ブーツを脱いで裾をまくった。
とはいえ、今まで自分で洗濯などしたことがない王子だ。
桶を借り、リーレイからやり方を習い、ぎこちなく足を動かしてみる。
元々物覚えのいい男はすぐにコツを覚えた。
「やってみると楽しいですね」
「でしょう」
そして干すのを手伝っているところを隊長に発見され、呆れられた。




