4-3:聖女の処遇
神像のかかとの辺りには、確かに扉があった。
手が塞がっている二人の代わりにアーユイが扉をノックすると、中から修道服の女性が開けてくれた。
そこから地下へ下る階段を降り、薄暗い廊下を進むと、また扉。
「こちらは、広場で催し物がある時の、大司教様の待機部屋なんです」
「なるほど」
灯りと机と椅子、そして部屋の端の棚に水差しが置いてあるだけの、質素な小部屋だった。
「わたくしは奥におりますので、出る時にお声掛けくださいませ」
緊張している様子の修道女は、丁寧に頭を下げて部屋を出て行った。
「それじゃ、とりあえず食べますか!」
一応教会の中であるしと簡単に食前の祈りを捧げてから、アーユイはさっさとヴェールを外し、少し冷めてしまった焼き鳥にかぶりつく。
「うん、スパイスが効いてて美味しい」
「お嬢様、煮物のほうはとろとろの豚肉が入っておりますよ」
「取っておいてくれ」
ようやく落ち着いて食事ができた。
道中に食べた料理も一応選定には気を遣ってあったのだろうが、偽物を疑われ品定めされながら食べる料理など、味がしない。
「やっぱり、食事は楽しく食べないとね」
ロウエンも串にかぶりつきながら、二人の様子を眺めていた。
またしてもふにゃふにゃモードだ。人目もないので気遣いは無用ということだろうと、アーユイも態度を崩す。
「隊長は大司教様に何の用だったんだろう。私の護衛なんだから、てっきりここまで付いてくると思ってたのに」
アーユイの父、レンのことを知っているようだったので、少し話がしてみたいと思っていたのだが。
手についた脂とスパイスを行儀悪く舐めながら、アーユイは首を傾げた。
すると、ロウエンが少し肩を落とした。
「ああ、あれはねー……」
アーユイとリーレイが首を傾げる。
「たぶん、聖女様の処遇について話してるんじゃないかな」
「処遇?」
「何しろ前回が百年以上も前だから、文官たちが慌てて儀礼とか法律とかについて調べてたのを聞いたんだけど。聖女様が現れた場合、国同士の争いを避けるために、その身元は一旦教会預かりになるんだって」
そこにいるだけで魔を祓い、兵士が傷つこうとも一瞬で治し、転送転移で大量の人材や物資を運べる。
一人で国の軍事力を大幅に底上げする人間だ。
どこの国だって、たとえピュクシス教の信者でなくとも、どんな手を使ってでも欲しがることだろう。
「でも、アーユイ姫は本来、エンネアの貴族じゃない? だからこのままエンネアの所属にしておきたいっていうのが、国としての意見な訳ですよ」
「それはそうだろうな……」
しかもよりによって、国の一番ヤバい部分の機密を握っているアインビルドの暗殺姫だ。
他国に取られようものなら、大損害どころではない。
「巡業先の他国を気に入ってその国の民になられたら大変だし、我々はなんとかつなぎ止めようと必死なのです」
棚から勝手に水差しとコップを取ってきて水を注ぎ、一息であおってから、はあ、と王子はため息をついた。
「ピュクシス様にもよろしくされちゃったし、僕は貴女に隠し事をしたくないからこの際言ってしまうけど、実は護衛に僕たちが選定されたのも、その辺の事情があるんだ」
「例えば、まだ婚約者がおらず美男子で有名な第二王子や、歳の近い貴族の男子たちを年頃の聖女の側に置いて、あわよくば籠絡できないかとか?」
「ぶっ! げほっげほっ」
アーユイもコップを貰い、手ずから水を注ぎながら言うと、ロウエンは思いきり咳き込んだ。
「……端的に言うとそう。実際、聖女が国母になった例は歴史上にもあるからね。何なら、エンネアの成り立ちがそうだもの」
ピュクシス教の教会本部がエンネア国内にあることからも、なんとなく察しは付いた。
いくら法や規制を敷こうとも、人の感情を無視することはできない。
というか、阻止しようとしたところで、国の盛衰に関わるような強大な力を止められるわけがないのだ。
「ああ、でも誤解しないで。第二のみんなは『侍女さん』を敬愛してるだけだし、僕が二人を夜遊びに誘ったりしたのも、ただの個人的な行動だから!」
「知ってるよ。ピュクシス様の反応でわかる」
彼の行動に、政治的なやましい心は無い。でなければ、ピュクシスがよろしくするわけがない。
「聖女様としてはどうですか。エンネアと、教会預かりどちらが良いですか。正直アインビルド家にはあまり良い待遇をしてきたとは言えないので、お願いするしかないんですが」
「もちろん、今まで通りの生活ができることが何よりです。父はどうか知りませんが、私はアインビルド家に何の不満もありません」
仕事がなければのうのうと暮らし、アインビルドの没落・解散は国家機密の漏洩と等しいため国がある限り食うには困らず、病弱を装って面倒な会にも出なくていい。最高だ。
「そうなの? 命がけの仕事だし、すぐにでも辞めたいと言い出すかと思ってたよ……」
「数日聖女の仕事をしただけで、普段の仕事の倍以上疲れました。家業のほうが私には向いています」
何の忖度もない率直な気持ちを聞いて、ロウエンはほっと息を吐いた。
「良かった……」
そして、
「ところで聖女様、一応僕のこと美男子だと思ってくれてたんですか?」
一応任務もこなさねばと、数多の老若男女を思い通りにしてきたとびきりきらきらなよそ行き笑顔を向けてみた。だが、
「もちろん一般的な美醜はわかるよ。好みは別だけど」
「あう」
暗殺姫には全く効かなかった。




