4-2:二度目の神託
広場は騒然となった。
おお、と声を上げ見上げる者、驚いて悲鳴を上げる者、神の降臨に感動し泣き出す者、跪いて拝み始める者など、反応は様々だ。
「先日ぶりです、ピュクシス様」
今回は覚悟ができていたので、アーユイは動じなかった。
『もう、わざわざ確認するためにアーユイちゃんに不便な旅をさせるなんて、失礼な奴らね!』
怒っているのか、神像が声に合わせてビカビカと明滅する。
「仕方がありません。にわかに信じられることではありませんから」
『……まあ、確かに。人間に加護を与えたのも、久しぶりだし?』
自分にも否があると思い直したのか、ビカビカが不安定に揺れた。
『仕方ない。これもアーユイちゃんのためだもの。サービスしてあげましょう』
像が焼け焦げるのではないかというほど激しかった光が柔らぎ、ピュクシスは優しい声で話しかけた。
『ダニオ。よくここまで彼女を連れてきてくれました』
「はっ! な、ま、ピュクシス様!?」
なんと、まさか、だ。司祭は膝を突き、即座に祈りの姿勢を取る。
『貴方の、人を信じる心は素晴らしいものです。これからも磨き続けなさい』
「ありがたきお言葉です……」
一言声をかけられただけなのに、司祭はぽろぽろと涙をこぼしていた。
『エフィージオ。随分年を取りましたね』
「ピュクシス様……」
同じく祈りの姿勢を取った大司教は、神の声を聴いたことがあるようだった。
だからこそ大司教という立場になっているのかもしれないと、アーユイは納得した。
『彼女は間違いなく私が加護を与えた者です。彼女を認め、信じ、支えなさい』
「仰せのままに……」
そして最後に。
『ロウエン』
「え、ぼ、僕!?」
まさか自分に振られるとは思っていなかったロウエンが、半開きの口を慌てて閉じ、祈りの姿勢を取った。
『アーユイちゃんのために奔走してくれてありがとう。貴方は私の同志よ。これからもよろしくね』
「はぇ?」
思わず素っ頓狂な声を上げ、王子の端正な顔が崩れる。
さっきの二人と違って他の人間には聞こえてない奴だ、とアーユイは察した。
『こんなもんでいいかしら!』
「十分です。お気遣いありがとうございます、ピュクシス様」
これなら教会関係者に今後疑われることはない。
放っておいても光る神像の噂が広まって、市民からも正式な聖女として認めてもらえるだろう。
『いいのよ。聖女なんておとぎ話のせいで無心の祈りが見られなくなったらどうしようかと思ったけれど、やっぱりアーユイちゃんはアーユイちゃんだったわね!』
ピュクシスは嬉しそうだった。
人を騙すわ暇を連呼するわ窓から抜け出して飲酒するわ、この数日だけでもやりたい放題だったかと思うのだが、やはり人の基準と神の基準はずれているようだ。アーユイは苦笑するしかない。
『それにしてもアーユイちゃんったら、慎ましいというか、ストイックよね。転移とか転送とか、もっといっぱい使ってくれていいんだからね! ここからエンネストのお家にだってすぐに戻れるのよ?』
「本当ですか」
それなら、また軟禁されても暇に殺されずに済みそうだ。
『本当本当。神様嘘つかないヨ』
何故か片言になるピュクシスに一抹の不安を覚えつつも、もう少しいろいろ試してみようと思うアーユイだった。
光る神像を目の当たりにした西都は、それから大騒ぎだった。
神像はというと、
『これからも応援してるから、元気に活躍してね!』
という言葉と共に光が消え、今は代わりに広場がせっせと飾り付けられている。
新しい聖女の誕生を祝し、急遽祭りが開かれることになったからだ。
本来予定されていた昼食会よりも慌ただしく食事を取り、アーユイは急ごしらえのステージの上に祭り上げられていた。次々に信徒が拝みにくるのをただ座って見ているだけの仕事だ。
ちなみにリーレイも、白い修道服に着替えて背後の椅子に座らされていた。
最初は二人とも立っていたのだが、これはいつ宿に戻れるかわからないぞと察したロウエンが手配してくれた椅子だった。
「聖女様」
広場が華やかになっていく様子を仕方なく見ていると、大司教と司祭がやってきた。
「少しでも疑ってしまったご無礼を、お許しください」
「いえ、一番効率のいい方法だったと思います」
アーユイの言葉に、大司教は少し意外そうな顔をしてから、悪戯を見破られた子どものような顔で笑った。
「実は、聖女だと確かめるだけなら、身体のどこかに現れるという痣を確認するだけでいいのですよ」
「ああ、それならこの辺りにあります。やはりピュクシス様関連のものだったのですね」
今は見えない首元の痣を、襟の上から差す。
どこかで見た形だと思っていたのはピュクシス教会のシンボルに似ていたからで、現れた時期と一向に薄れる様子がないところからも、見当はついていた。
「……聞いていたよりも、肝の据わった方ですね」
「そうですか? ……そんなことより、大司教様も、ピュクシス様の声を聴いたことがあったのですね」
アーユイは速やかに話題を逸らした。
「はい。まだ十歳にもならない子供の頃、教会で一度だけ」
当時を思い出し、大司教は目を細める。
もしかすると彼も昔は無心の祈りというのができていて、ピュクシス神の加護を受ける候補だったのかもしれないと、アーユイは思った。
「おかげ様で、あの頃の気持ちを思い出しました。これからは誠心誠意、聖女様のお力になれるよう尽くして参ります」
「いえ、もう十分でございます」
あまり権威を振りかざされると、逆に大騒ぎになりそうだ。アーユイは少し遠慮してみたが、伝わっただろうか。
そして、司祭ダニオは晴れやかな顔をしていた。
「聖女様、ありがとうございます、本当に。今までの人生の全てが報われた気持ちです」
「私のほうこそ、感謝しています。司祭様が最初に信じてくださったからこそ、今私はここにいるのです」
騙されたことも一度や二度ではないだろう。
それでも人を無条件に信じ続けるというのは、なかなかできることではない。
きっとその善良さに惹かれた者たちが彼を心配し支えたことで、大聖堂の司祭になっているのだろう。
「聖女様ー」
更にその後ろから、ロウエンと隊長が現れた。
それぞれ左手には煮物が盛り付けられた皿、左手には焼き鳥の串の入った紙袋を持っている。
「もう夕方だし、お腹空いてませんか? 下のお店で買ってきましたから、少し席を外させていただいて、どこかで食べましょう」
「ありがとうございます。大司教様、構いませんか?」
さすが、気が利く大型犬だ。
「ああ、ご不便をおかけして申し訳ございません。そういえば、王子もお言葉を頂いたようでしたね。ピュクシス様は何と?」
「えっ!? あー、いやー、僕のは……」
ロウエンはしどろもどろになった。まさかアーユイのファンとして同志認定されたなどとは言えない。
「大司教様と同じようなことでしたよ。私を支えるようにと」
アーユイは助け船を出す。神のために支えるか、本人のために支えるかの違いだ。
「そう、そんな感じでした! さあ、冷めないうちに食べましょう。大司教様、いい場所を知りませんか?」
「それなら、神像の裏に、教会本部へ直通の通路がございます。伝達で中の者に知らせておきます」
「お言葉に甘えます。行きましょう、聖女様、侍女さんも」
すると、ひげの隊長が一歩進み出て、
「ご婦人。私は大司教様ともう少し話があるので、これを」
「はい。ありがとうございます」
手に持っていた料理をリーレイに渡し、大司教たちの元に戻る後ろ姿を、ロウエンはちらりと見るのだった。




