4-1:西の都
翌朝見かけたロウエンがしょぼくれていたのは、間違いなく隊長に叱られたからだろう。
抜け出す前に止めることも容易だっただろうに、目を瞑っていてくれた隊長に感謝して、その日は各々大人しくしておくことにした。
そして、往路最終日。
『聖女様、前方が見えますか?』
ロウエンからの伝達で、アーユイはヴェールが飛ばない程度に外を覗き見る。
「ああ、見えました。あれが噂に聞く……」
遠目にもわかる、真っ白な建造物。本でしか見たことがなかった、シーラのシンボル。
――日差しを受けて輝く、巨大なピュクシス神像だった。
西都シーラ、または宗教都市シーラ。
創世神ピュクシスを奉る信者たちが集う街は、大きくも静かで慎ましやかな雰囲気を纏っていた。
時折、武装した修道服の男性がこちらに気付き、びしっと敬礼する。
自衛や警備のために教会が独自に持つ武装隊、聖騎士団という奴だろうとアーユイは察した。
白い石畳に青い影が落ちる街をしばらく進むと、ゆっくりと馬車が止まり、外に出るよう呼ばれた。
「申し訳ございません。馬車が入れるのはここまでなのです」
司祭はこの旅の間、謝ってばかりだ。
聞けば、シーラは山の斜面に作られた古い町のため、階段や坂道が多く入り組んでいるのだという。
「では、荷物は先に今夜の宿へ送ろう」
隊長はそう言って、聖女と共に教会へ向かう部隊と、宿へ向かい警備する部隊に分けた。
離れていく馬車を見送ったところで、ここまで大した出番がなかった司祭が急にやる気を出した。
「昼食は、大司教様と共に頂くことになっています。参りましょう」
実はシーラ出身なのだという。
坂や階段の多い入り組んだ道を勝手知ったる様子で先導し、迷うことなく神像広場まで案内してみせた。
道中も要所要所に聖騎士団が控えており、聖女に危害を加える不届き者がいないか目を光らせていた。
「十一時半に、大司教様がここにお越しになると聞いております」
時刻は十一時二十分を過ぎたところだった。
馬車を降りてから十分ほど歩いたところにある広場は、街で一番高い場所にあり、拓けている。
つまり隠れる場所や狙撃できる場所はほとんど無い。
もちろん、聖騎士団が決してこちらを邪魔しない程度に、隙なく配置されている。
アーユイはこの街と広場、そして広場を待ち合わせ場所に指定した大司教様とやらが少し気に入った。
「聖女様、疲れておりませんか」
「ええ、平気です」
ピュクシス神像の足元でも、司祭は変わらず病弱令嬢の体調を気遣う。
そろそろ騙しているのが可哀想になってきたアーユイだが、彼にも何か良いことが起きますようにと祈るくらいしかできない。
「それよりも……、本当に大きな像ですね」
仕方がないので、話題を逸らした。
「はい、世界で一番大きなピュクシス神像です」
司祭は、自分のことのように誇らしげに言った。
少しでも気晴らしになればと思ったのか、それから司祭はあの屋根は何だ、あっちは何だと、のんびりとした口調で説明してくれた。
司祭の説明を聞きながら高台から美しい街を眺めることしばし、にわかに広場がざわつき始めた。
「大司教様!」
慌てて司祭が頭を下げる。数人の共を連れて現れたのは、やはり布の多い白い服を纏った、初老の男性だった。
「お久しぶりです、大司教様」
「ご無沙汰しております」
隊長とロウエンが、それぞれ敬礼する。
「二人とも、お元気のようで何よりです。ロウエン様、また背が伸びましたね」
大司教も決して背は低くないが、二人を見上げて少し困ったように笑った。
「ええ、とうとう父の身長を抜きました。次は叔父上です」
「まだ抜かせん」
フンと鼻を鳴らす隊長。
どうやら二人とも大司教と旧知の仲らしいとわかって、アーユイは少しだけ緊張がほぐれた。何か粗相をしても、二人がフォローしてくれるだろう。
「大司教様、初めまして。アーユイと申します」
「貴女が……。初めまして。大司教を務めている、エフィージオと申します」
よく手入れされた清潔感のある白髪。目尻に皺のあるたれ目は琥珀色。
司祭のような純然たるお人好しではなさそうだが、丁寧な物腰で、聖職者らしい清廉さは見受けられる。
今のところこちらに悪意はない。アーユイはそう判断した。
「ダニオ、そう畏まるなと言っているだろう。長旅ご苦労だった」
「ありがとうございます」
司祭の名前はダニオというのか。今更なことを考えていると、不意に大司教が言った。
「早速ですが、アーユイ様。このピュクシス様の像に向かって、祈りを捧げていただけますか」
「この像に向かって、ですか」
「ええ。ダニオが見たという聖なる光を、私も見てみたいのです」
なるほど、広場は特に一般人が立ち入り禁止になっているわけではない。
それどころか、噂の聖女と街を統べる大司教の登場で更に人が集まりつつある。
その中でピュクシス像が光れば、目撃者が勝手に噂を広めてくれる。
それにこの像なら、かなり遠くからでも光っているのがわかる。
新たなる聖女の誕生を、街中に周知できるというわけだ。
「わかりました」
アーユイは頷き、ピュクシス像の足元へ一人歩き出した。一段高くなっている台座の中心に立ち、城の大聖堂でやったのと同じように、静かに祈りの姿勢を取る。
と、
『アーユイちゃん、ちょっとぶりねーーーーッ!!!!』
またしても、像がビカーーーーッと光り、広場にピュクシス神の声が響き渡った。




