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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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3-4:夜遊び

 それから、また暇な旅路が再開する。


 夜も早々に部屋に閉じ込められてしまい、アーユイとリーレイは馬車の中で凝り固まった身体をせっせとほぐしてから、すぐに寝た。




 二日目は、カーテンと窓を開けることが許された。

 一日目に町の中を移動しても大丈夫だったこと、見晴らしの良い農耕地帯に差し掛かるため奇襲が掛けづらいこと、そしてロウエンが手回しし、騎士たちから『景色すら見られないのは可哀想だ』『聖女様のお身体に障るのではないか』と声を上げてくれたことが効いた。


 とはいえ、何の特筆すべきこともない穏やかな行程が続く中、リーレイがぽつりと、素朴な疑問を口にした。


「魔物が、全然いませんね」


 そう、穏やかすぎるのだ。


 首都は城を中心に貴族街を覆う辺りまで魔物避けの結界が張られており、その恩恵を受けて周辺にも魔物は出ない。

 その結界にあやかるべくして市民が集まり、外側に街ができたほどだ。

 しかし、城から遠ざかるにつれて魔除けの効果は薄れる。人の少ない田舎ともなれば、多少の魔物は出てきて然るべきだ。


「それなら、ガイドブックに書いてあった。魔物は聖属性を嫌うから、強い聖属性を持つ聖女の周りには、弱い魔物は近寄ることもできないんだそうだ」


 聖女一人で首都を覆う結界並みの効果だ。

 ちなみに首都結界は、選ばれし魔術師たち十数人が毎日せっせと呪文を紡ぎ成り立たせている。


「つまり、お嬢様がそこに座っているだけで、かなりの人件費削減になると……」

「ああ……」


 魔物よりよほど化け物のような存在になってしまったのではないかと、アーユイは爽やかな風をヴェール越しに受けながら思うのだった。




 そして三日目の夜のこと。

 順応性の高い二人は押し込められることにも慣れ、さて寝るかと食後のストレッチをしていた時だった。


『侍女さん侍女さん。部屋に素敵なドレスを隠しておきましたので、良かったらそれを着て、窓から見せてくれませんか』


 いたずら小僧からの伝達があった。

 言われたとおり部屋のクローゼットを開けると、大きな鞄が一つ置いてあった。

 中を開けると、そこにはなんと、騎士隊の隊服が二着。


「あたしも行ってよろしいということですか」


 窓から見せろと言うことは、着て窓から抜け出してこいということだ。


「不便しているのは私だけではないし、気を遣ってくれたんだろう」


「気が利く殿方ですね」


 というわけで早速二人は騎士隊に変装した。

 念のためベッドに人型の膨らみを作り、灯りを消してカーテンの隙間から窓の外を見た。

 と、地上がチカチカと数回光った。


「降りて来い、だそうだ」


 ***


 町の酒場の隅で、ロウエンは頬を朱に染め上機嫌だった。


「さすが侍女さん。僕たちの合図まで知ってるなんて」


 既に酒が入っているが、その表情は一層子供のようだった。


「知っているというか、雑学として父から聞きかじったというか……」


 席には他にも、隊員が数人同席している。

 王子から『侍女さん』の夜遊びの手伝いをしろと言われた、昼番の隊員たちだった。

 聖女が泊まる部屋を事前に改める際に、隊服を二着入れた鞄を置いてきたのが彼らだ。


「あのう、失礼は重々承知なのですが」


 その中の一人が、そろりと訊ねた。


「どちらがあの時の侍女さんで、どちらが聖女様です?」


 酒場で席を取りつつ待ってみれば、王子に連れられて背格好も顔もそっくりな青年が二人現れ、ぽかんとしていた。


 言って良いのか、とアーユイが目配せすると、ロウエンはにこにこと頷く。


「……どちらも私です」

「ええっ!?」


「アインビルドは、元々武術に優れた家系なんだよ。ここ百年くらい大きな戦が起きてないから、地位は低めだけど」


 ね、とアーユイに念を押した。

 エンネア王家直属の諜報部隊だと言うわけにもいかないので、そういう設定で通すことにしたらしい。


「じゃあ、病弱だっていう噂は?」

「今は健康ですが、面倒くさがりな私には都合がいいので、噂をそのままにしていただけです。申し訳ございません」


 面倒くさがりなのは本当だ。


「侍女さん、口調も崩して構わないよ。疲れるでしょう」


 かく言うロウエンは、公的な場所以外では常にふにゃふにゃだ。


「そういうわけにも。私は下級貴族ですから、本来はここにいる皆様と同席することも許されません」

「いいんだって。隊長の方針でね、貴族の上下関係を気にしすぎると連携が乱れるから、隊の中では他の身分は忘れろって言われてるんだ」


 馴れ合い過ぎるのも良くないけど、と言いながら、行儀悪くチーズを口に放り込む王子。


「で、侍女さんは今騎士隊の隊員で、副隊長の僕より強いんだから、僕たちに敬語を使う必要なし!」


 ロウエンはあはは! と笑って背中をばしばしと叩く。

 いくら鍛えていても、体格の良い酔っ払った男性に遠慮なく叩かれると、さすがのアーユイでも痛かった。


「本物の侍女さんも強いんでしょ。あの高さから簡単に降りてきちゃうんだもん」

「……お嬢様ほどでは」


 リーレイは言葉少なに、ちびちびと酒を飲む。


「降りられると思って合図したんだろう。おかげで退屈に殺されずに済んだけれど」


 そう言って強めの酒をロックであおるアーユイに、またしても隊員たちは目を丸くした。


「あれ、待って、二人っていくつ?」

「私が十七、彼女は十六」


 エンネアの法律では、十八歳から飲酒が許可されている。


「……飲み慣れてる気がするのは、気のせいかな」


 社交の場で酔い潰れる失態をしないよう、非公式に酒の練習をしておく貴族は少なくない。

 が、それでも酒場の労働者みたいな飲み方をするご令嬢はいない。


「酒は毒にも薬にもなるから、耐性がないと仕事にならないんだ」


 何の仕事だろうか。隊員たちは気になったが、聞いてはいけない気がした。


「同じのをもう一杯」


 通りかかった店員に慣れた様子で追加注文し、殻付きのクルミを二つ手に取り素手に握り込んで割る様子を見て、誰が聖女だと思うだろうか。

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