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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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3-3:聖女の仕事

 休憩のために立ち寄った町で、少しは息抜きができるかと思いきや、甘かった。


「これじゃあ、狙ってくれと言ってるようなものじゃないか……」


 騎士隊に厳重に警護されている、真っ白な服の女。目立ちすぎることこの上ない。

 ちょっとでも聖女誕生の噂を聞いた者がいたら、すぐにあれがそうだとわかってしまいそうだ。


 とはいえ、通されたのは辛うじて個室のある庶民的な料理屋だった。


「こんな場所で申し訳ございません、聖女様。市民には、聖女とは修道女の上位のようなものと思われておりますため、あまり大々的におもてなしをするわけにもいかず」


 司祭は相変わらずへりくだるが、アーユイとしては助かった。

 休憩の度に大盤振る舞いの歓迎会をされたらたまったものではないと思っていたところだ。


「構いません。騒がしいのは得意ではありませんから……」


 本音を気弱令嬢の演技に包んで伝えると、司祭はほっとした様子で下がった。

 これが勘違いされ、後に『貴族の出にも関わらず、わがままを言わない清廉な人柄』と報告書に記されることになるのは言うまでもない。


 見張られながら居心地の悪い昼食を取り、料理屋の外に出ると、何やら騒がしかった。


「お願いします! お話だけでも!」


 と、騎士隊に縋り付いている男がいる。すぐさまロウエンとひげの隊長がアーユイを後ろに隠す。


「聖女様、娘の病を診ていただけないでしょうか! 高い熱が出て、もう三日も目を覚まさないのです!」

「しつこいぞ、下がれ!」


 丸腰の男は、武装した騎士に為す術もなく押し返されてしまう。さすが田舎、この小一時間で噂が広まったようだ。


「聖女様、今のうちに」


 小声でロウエンが言い、アーユイもひそひそと返す。


「お待ちください。聖女は人々を平等に癒やす存在なのでしょう。ここで無碍にすると、心証が悪いのでは?」


 アーユイにはどちらでも良かったが、公衆の面前でお高くとまっていると思われるのは良くないと判断した。

 それに、試したいこともある。


「ですが……」


「大丈夫です、私の侍女は優秀ですから」


 自分の身は自分で守れる、という副音声を乗せると、アーユイに負けた男は何も言えなかった。

 おろおろする司祭のことは放置し、前に出る。


「お役に立てるか分かりませんが、私で良ければ娘さんを診ましょう」

「あ、ありがとうございます! こちらです!」


 男は目に涙を溜めて、慌てて先導した。その姿に嘘はなさそうだった。


「我々が同行する。お前たちは、付近に怪しい者がいないか警戒に当たるように」


 隊長と副隊長がそう指示を出せば、


「はっ!」


 侍女(アーユイ)の強さを知る部下たちは、何の疑問も持たずに敬礼した。




 男に案内されたのは、どこにでもある庶民の家だった。

 簡素な木造平屋の奥の部屋に、娘は寝かされていた。


 男と同じ、栗毛の少女だった。

 赤い頬は熱っぽいが、ここ数日ろくに食事を取っていないのだろう。肌は青白く、やつれていた。


「三日前からこの状態ということでしたね」


 ロウエンが訊ねる。


「はい、突然高熱を出し、呼びかけにも応えない有様で」


 男はこれ以上失礼にならないよう気を遣い、頭を上げず部屋の隅から答えた。


「それ以前に、異変は?」


 重ねて、アーユイも訊ねる。


「ええと……。一週間ほど前、腹の具合が悪く医者に診せました。その時には何か食べたものが悪くなっていたのだろうということだったのですが」

「なるほど……」


 原因としては、思い当たる節があった。


「少し触れても?」

「はい、もちろんでございます」


 医者ではないが、医学的な知識は人よりあるつもりだ。

 自力で治るようなら看病の指示だけ出して去るつもりでいたが、額に手を当て、脈を測り、目や口の中を確認し、これはまずいかもしれない、と判断する。


 試しに弱く治癒の魔法を掛けてみるかと、アーユイは手を翳す。

 先日リーレイの腕を治した時のように、淡い光が少女を包んだ。


「おお……!」


 司祭が感激している。少し楽になったのか、苦しそうにしていた少女の表情が和らいだ。

 どうやら身体の内部の損傷にもちゃんと効くようだと、アーユイは一人感心する。実は実験したかっただけだとは、さすがに言えない。


 それから父親の方に振り返り、訊ねた。


「お嬢さんがお腹を壊す前、キノコを食べませんでしたか。傘がこれくらいの大きさで、色は淡い茶色」


 指で示すと、男は少し考えてから、


「……そういえば! でも、あれはこの時期、近くの山で採ってきてよく食べているもので……」


 不思議そうに首を傾げた。


「同じ時期に生える、見た目もよく似た毒キノコがあるのです。数日の潜伏期間の後、下痢や嘔吐の症状が出て、重症になると発熱や昏睡、最悪死亡することもあります」

「そんな!?」


 山と海の毒はヤバい。これはアーユイが、真っ先に父から教わったことだ。


「慣れた者でないと見分けはつきませんから、今後は自分たちで採ったキノコを食べるのは、控えたほうが良いでしょう」


 再度治癒の魔法を掛けると、徐々に呼吸と脈が安定した。


「近いうちに目を覚ますと思います。念のためもう一度お医者様にも診せて、部屋はよく換気して、消化に良いものを食べさせてあげてください」


 最後にそう伝え、床に額を擦る勢いで感謝する男を置いて、一同は民家を出た。




 馬車に戻る道すがら、


「聖女様というより、お医者様みたいでしたね!」


 王子様というより大型犬みたいな男は、そう言ってきらきらと笑顔を向けた。

 隣で司祭まで同じような表情をしている。

 隊長は渋い顔をしており、リーレイはいつも通りだった。


「きっと、今までにも似たような症状で医者に掛かった人や、命を落とした人がいるはずです。役場から広く周知してもらうほうがいいかもしれません」

「すぐに取り計らいましょう」


 原因を突き止めて対策を講じなければ、同じことは何度でも起きる。

 毒キノコで何度も呼ばれることになったら面倒くさすぎる。ぜひとも早急に対処して頂きたいと願うアーユイだった。

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