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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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3-2:変な奴

 積み込みが終わり、連なって馬車が出発する。


「西都までは、五日ほどで到着の予定でございます」


 司祭は丁寧に、旅の日程を説明した。


 夜は道中に経由する町の宿に泊まる。

 行きは安全上あまり外に出ないようにしてもらうが、帰り道は街の聖堂への立ち寄りも兼ねて、多少の観光が許されるだろうとのことだった。


 上等な馬車の内部は、身体への負担が少しでも減るよう工夫されていた。

 ようやくリーレイと二人だけになったアーユイは、さっさとヴェールを剥がし、げんなりとした顔で窓の縁に頬杖を突いた。


「カーテンを開けることもできないなんて。いっそ馬に乗せて欲しい」

「次の町までの辛抱ですよ、お嬢様」

「わかってる」


 多少の本や菓子類の持ち込みは許されたものの、家に帰れない以上、亜空間に隠して持ち込むものすらない。

 しばらくは静かに読書などしていたが、断続的に揺れる馬車の中での読書は目が余計に疲れる。

 特に興味もない歴史書を半分ほど読み進めたところで、飽きてしまった。


「さて、他に暇つぶしになりそうなことと言えば……。これくらいか」


 クッキーを口に放り込み取り出したのは、一枚のメダルだ。ロウエンから返却されたハンカチに挟まれていた。


「仰る通り、『変な奴』でした」


 歯に衣着せぬリーレイ。


「王子と分かった以上、奴呼ばわりは良くない。……変な奴だっただろう?」


 アーユイも嗜めつつ、やはりそう呼ぶしかない。


「隊の中では慕われているようでしたが、お嬢様に近づいた途端にその他の皆様が殺気立ちましたね」

「理由は……、わからないでもない」


 あの煌びやかな容姿に、王子と上級騎士隊副隊長の肩書きだ。

 ちょっと耳元で囁けば、思い通りにいかないことなどないのではないか。思慕を寄せている者も多かろう。


「あのタイミングで挨拶など、聖女様に取り入ろうとしていると思われても仕方がありません。何を考えているんだか」


 まだ国王は健在なので代替わりはしばらく先の話とは言え、次期継承者はまだ決まっていない。

 順当なら第一王子の予定だが、歴史上そうならなかったことは多々ある。

 アインビルド家や、他の暗部が関わったことも。


「本人に聞いてみればいいさ」

「え?」


 そう言うと、アーユイは手のひらで弄んでいたメダルの刻印を、リーレイに見せた。


「……それは……。伝達魔法の、魔術式?」

「ああ。直通ってことだろう」


 聖女の権能と違い、通常の魔法は口頭呪文、もしくは呪文を図案化した『魔術式』と呼ばれるマークと、術者の魔力が揃って始めて発動する。

 つまりこの、刻印された複雑な模様に魔力を通すと。


『はい、こちらロウエンです!』


 声だけでも輝かしい笑顔が思い出されるような、元気な返事があった。


「……王子。改めて、先日はとんだご無礼を」

『いえいえ! 噂以上の実力で、自分の不甲斐なさを思い知りました!』


 やはりこの男、聖女が侍女と入れ替わって遊びに出ていたことに気付いていた。


「声を落とさなくてよろしいのですか」

『あっ、そうですね』


 ロウエンは、注意されて少し声を落とした。

 身分上他の隊員と同じ馬車に放り込まれているということはないが、ひげの隊長もとい、当代随一の武人として有名な王弟や、世話係くらいは側にいるはずだった。


「それで……、改めてお訊ねしますが、王子は私と、アインビルド家のことをご存じですよね?」

『もちろんです。我が国に欠かせない存在ですから』


 いくら一般には本当の家業を伏せられているとは言え、『さる身分の方々』のうちの一人が知らないわけがない。


『実は、ずっとお会いしてみたかったのです。伝説の暗殺姫に』


 ひそひそと、小さな声で言うロウエン。


「伝説って。ただの、国の駒ですよ」

『ご謙遜を。一人で数十人の賊を壊滅させるだなんて、並大抵の騎士にもできない芸当ですよ』

「騎士様たちとは、求められる役割や戦い方が違うだけです。我々の辞書に正々堂々なんて言葉はありませんので」

『辞書に載っていない戦法でも、私は負けましたけどね』


 あはは! と爽やかな笑い声が聞こえた。


「何というか……。憧れとか、そういうもののようですね」


 ぼそりとリーレイが言った。

 その言葉で、アーユイは大型犬の笑顔から感じていた感情の違和感が、ようやくわかった。

 あれは女を誑かそうとする顔というより、おとぎ話の英雄に会った子供の顔だったのだ。


『本物の侍女さんも側にいらっしゃいますね? 大丈夫です、うちの隊は女性のメイクの違いなんてわからない奴ばかりですから、隊長以外は誰も変装に気付いていませんよ』


「それはそれで、大丈夫ですか。要人警護が仕事の部隊として」

『確かに。首都に戻ったら、変装術とその見分け方を勉強できる場を設けるよう、提案してみましょう』

「面白そうですね。ついでに、王子の権限でもう少し自由に動けるよう取り計らって頂けないでしょうか。こうも籠もりっぱなしだと、身体が鈍ってしまって」

『それはいけませんね。我々も、聖女様が不便な思いをされることは本意ではありません。他にもご不満な点がございましたら、なんなりとお申し付けください』


 それからもいくつか、他愛ない話や悪巧みなどを冗談半分に話しているうちに、馬車は昼休憩をする町に着いた。

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