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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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3-1:第二王子

 騎士隊との邂逅から数日後、ようやくシーラへ向かう手はずが整い、アーユイは堂々と城の外へ出ることができた。


 しかし、リーレイ共々顔色は優れない。


 何故なら金髪碧眼の騎士ロウエンが、また大型犬の笑顔をこちらに向けながら、出発の場にいたからだ。




 手合わせの後、大急ぎで部屋に戻ったアーユイは、侍女姿にあるまじき爽やかな汗を流しながら、すっきりした顔で帰ってきた。

 それからリーレイに口裏を合わせてもらうために、一連の出来事を掻い摘まんで話した。


「……お嬢様。さすがにあたしは、合わない靴と木刀で、しかもお相手様の服を汚さずに騎士隊に勝つほどの実力はございませんよ」


 仕事柄、一騎打ちをする機会などそうそう無い。

 綿密な下調べの上、奇襲、不意打ち、毒、飛び道具、何でもアリだからこそ優位に立ち回ることができるのだ。

 この主は、他人の実力は的確に測れても、自分の実力が規格外だということを知らない。アーユイの奇行には慣れているリーレイも、今回ばかりは呆れるしかなかった。


「私もやりすぎたと思ってるよ……。それにしても変な奴だった。あのさっぱりした様子なら、家の権力を使って復讐してきたりはしないだろうけど」




 などと話してはいたものの、またすぐに再会するとは思わなかった。

 ――確かに、復讐してくるような様子はない。それどころか、純粋な好意しか感じない。


「シーラまでの道のりは、彼ら第二上級騎士隊が聖女様の警護をさせていただきます。腕利きの者ばかりですから、ご安心ください」


 体格の良い騎士隊に混ざり、小柄な司祭は余計に小さく見えた。

 聖女誕生の瞬間を目の当たりにした者として、大聖堂の管理を助祭たちに任せ、彼も付いてくることになったらしい。

 連絡事項が彼を通して伝えられるところを見ると、気弱で病弱という設定になっている聖女が、見知らぬ屈強な男たちに囲まれて余計に疲弊しないように、という配慮が垣間見えた。


「第二上級騎士隊……」


 上級騎士隊は第三まであり、王族や要人警護専門の部隊だ。

 故に城の警護が仕事である騎士隊の中でも、家柄と実力の両方が揃っていないと入隊が許されない。隊長や副隊長ともなれば、彼ら自身も王族に連なる高貴な家柄である。

 その隊長を叔父上と呼び、他の隊員から様づけで呼ばれていたとなると。


「……あの。先ほどからこちらを見ているあの方は?」


 なんとなく予測が付きつつも、恐る恐るアーユイは訊ねた。


「ロウエン様ですか? ああ、聖女様はあまり式典の類いに参加されたことがなかったのでしたね」


「ええ、お恥ずかしながら……」


 ひそひそと話していると、司祭の視線で自分の話をしていることに勘付いたのか、ロウエンがにこにこと寄ってきた。


「お話し中のところ失礼いたします、聖女様」

「ロウエン様」


 長身の二人の間で、司祭が更に縮こまる。更に、積み荷の確認をしていた周りの者たちが、仄かに殺気立った。


「騎士様、何か御用でしょうか」


 そんなことは気にも留めず、ロウエンは恭しく一礼した。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はロウエン。エンネア国王ダインの二番目の息子で、第二上級騎士隊の副隊長をしております」


 国王の二番目の息子。それを聞いて、アーユイは思わず遠い目をしてしまった。

 背後でリーレイが表情さえ微動だにせず、やりやがったな、という空気だけを送ってきた。


「先日、侍女の方に大変な失礼をしてしまったもので。ご挨拶とお詫びをと思いまして」

「その件については伺っております。どうか顔を上げてください、ロウエン王子」


 位の高い貴族だとは思っていたが、よりにもよって王子だったとは。

 そうだ、儀礼用の剣の柄にあった紋章。あれは王族の紋章だ。今更気付いても何もかも遅い。


「寛大なお心に感謝いたします。そうだ、聖女様にお渡ししたいものがあったのです」

「私に?」


 ごそごそと、隊服のポケットを漁るロウエン。そして、


「これなんですが」

「あっ!」


 修練場までの道すがらに落としたと思っていた刺繍入りのハンカチを差し出され、思わず声を上げてしまった。


「やっぱり! 聖女様のものでしたか。部下が拾いまして、もしや侍女さんが落とされたのではないかと思って」


 ぱあっと一層輝く笑顔。そして、アーユイとリーレイはすぐに察する。


 この男、我々が入れ替わっていたことに気付いているぞ。


「それでは、失礼いたします。念のため、本当に聖女様のものかどうか、後で広げて確認してくださいね」

「ありがとうございます……」


 ハンカチの内側に金属の感触を覚えながら、本当にただの挨拶だったかのように立ち去る王子の後ろ姿を、静かに見送るしかないアーユイだった。

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