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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『春の宴』編
26/246

26 それはどこまでも率直な



「初めて見たときから忘れられねえ。好きだ、俺と……いや、俺の側にいてくれないか」


 それは、いつかも言われた言葉。それと、異なる言葉。


「はっきり言って、他の誰かのものになるなんて考えたくもない。知らない場所で怪我してるのも見たくない。手の届くところにいたい。悪いが、見てるだけじゃあもう無理だ。だから、」


 今俺のことが好きでなくてもいい。絶対に後悔はさせない。

 ただ一人しか目に入らない。

 だから――俺のものになってくれ。

 どこまでも率直な、言葉。



 アリアスはじっと黙ったままその言葉たちに耳を傾けていた。心臓はうるさいほどだった。頭の中はぐるぐるぐるぐると回っていた。目は逸らすことを許されないほどの真っ直ぐな目に囚われていた。

 初対面には衝撃の言葉。二度目にも同じく。三度目は拍子抜けするほど普通。

 そして、現在いまは。


「……私は、」


 アリアスは逃げようとは思わなかった。逃げたいとは思わなかった。そもそものところ、一度目と二度目は見知らぬ人であったから未知の恐怖を感じてゆえのことだった。

 けれどもどうだろう。今や目の前の人は見知らぬ人などではない。

 逃げるべきでもない、と思った。

 そっと目線を下げる。こうしなければ、うまく考えがまとまらないと思った。


「私は……正直に言ってあまりよく分かりません」


 好きだと言われても。なぜ自分がと思う。人に好きになってもらえるような魅力を持っているとは思わない。レルルカのように美しく、新緑のような綺麗な黄緑の目を持っているわけではない。平凡な茶色の髪、特別整っているとかいう顔立ちでもない。ましてや一目惚れなど。

 正直に、言っていく。これが筋であると思うから。


「好きだという気持ちもよく分かりません」


 アリアスはそこで困ったように眉を下げる。本当に、なにも分からない。真っ暗闇の中、あの地下通路のときみたいに手探り状態だ。

 でも、分かることもある。彼は何度も自分を救ってくれた。守ってくれた。駆けつけてくれた。職務ゆえのことでもあるかもしれない。けれど。


「けれど、ゼロ様の前に立つとすごく……何て言うか今までにないくらい緊張するんですね」


 どこからだろうか。魔法具を拾ってしまってそれゆえに軽く命の危機を感じた日だろうか。地下通路のときからだろうか。それとも、それより前からだろうか。それか、それらの積み重ねだろうか。本を運ぶのを手伝ってくれたりという何気ない優しさからだったりするのだろうか。


 ふと目が合って、緊張するのは。心臓がなぜか早く鼓動を打つのは。口が上手く動かなくなるのは。何だか顔が熱くなってくるのは。それでも、顔を見て安心するのは。ジオ兄弟子ルーウェンとは異なる感じ。境界線なんて曖昧だけれど。

 全てが体験したことのないことで。

 今だって、真っ直ぐな視線を意識すれば舌がもつれそうだ。

 これが、そういう意味を持つのであれば。


「これがそうであるなら、私はゼロ様のことが好きなんだと思います」


 少なくとも、嫌いなんていう感情は少しもない。この『好き』がゼロと同じかは分からないけれど、兄弟子に対する好きとは違うことは分かる。

 自分の心の内を見つめるように感じるようにたどたどしくはあるが、確実にものを言っていった。やがて出たのはそんな結論。

 最後にはアリアスは真っ直ぐにその目を見上げ返し、口を閉じると、自然の音だけが少しだけ聴こえる空間となる。

 そこには、変わらずこちらを見ているゼロ。ただし、白手袋をした手で顔の下部分を覆っていた。よくよく見ると、その顔は何だか赤い……? 加えて、一歩後ずさるではないか。


「え? ゼロ様?」

「ちょっと……待、本気マジで……頭整理したいっつーか……」


 なぜか一歩遠くに行ってしまったゼロにアリアスは一気に戸惑う。なんだ、何かまずかったのか。やっぱり正直に言っていくべきではなかったか。アリアスは不安げな表情をする。

 ぱっと離された手を伸ばそうとしたが、とっさに止める。過ったのは不安。今までになかった種類の恐れ。それにもまた戸惑う。

 けれどもまた、そんなアリアスを前にしたゼロはそのことに気がついてか単に復活しただけか、急にその手をとる。引っ張る。


「うあ……!?」

「アリアス、」


 当然百面相していたアリアスは華奢な靴のバランスを崩し、前のめりになる。

 気がついたときには、すぐ近くで名前を呼ぶ声があり目の前にはただ一つの灰色の色彩があった。距離の近さに息を詰めるアリアスの目の前で、ゼロは背を曲げてアリアスに視線を合わせてその手を顔のすぐそばにまで掬い上げていた。息がかかるほどに、近く。


「本当に、いいのか」

「ゼロ様、ちょっと近……え?」

「俺から言っておいて何だが……本当に、俺でいいのか」


 顔を真っ赤にしていたアリアスは再びのやけに真剣な声音に聞き返す。すると、目の前の灰眼と言葉が丁寧にも返ってくる。

 思わず、思考が一瞬鈍る。さっきの話の続きか? なぞかけ? そんなわけはないだろう。


「――ゼロ様だからではないでしょうか?」


 こうなるのは、他の誰でもなくこの人だけなのだから。アリアスは首を傾げながら言う。何の躊躇いもなく、するりと。

 そうしたら、今度はゼロは目を見張るという反応を示す。一時いっとき、固まる。

 直後。彼は笑った。ふっとすぐ近くで指先に唇が落とされる。再び、アリアスが顔を朱に染める番だった。おまけに今度はこちらが固まる。

 その内に、ゼロの方は器用にもどうやって判別したのか地毛を掬いとり、唇を落とす。


「信じられねえくらい嬉しい。絶対ぜってえ離してやれねえ」


 弧を描く口元から、やけに鋭い犬歯があることにアリアスは気がついた。






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