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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『魔法師盗賊団の狙う宝とは』編
236/246

14 収束




 男は消えなかった。

 男が消える前、声が聞こえると共に、男は音もなく忍び寄っていた存在に後ろから襲われた。

 魔法を受けたか、苦悶の声が少しだけ聞こえた。しかし倒れず、そればかりか背後の襲撃してきた人物に向かって魔法を放った。


「団長、近くに嫁さ――人質がいるから気をつけろ!」


 声がかけられた一瞬後、男が、消えた。

 瞬きしているうちに、激しい音が聞こえ、代わりに目の前に見えるようになったのは、ゼロであった。


「アリアス、無事か」

「は、はい」


 短く尋ねられ、頷く。

 男は、どこに行ったのだろう。魔法で消えてしまったとは考えられない。そうさせないだろうし……と、そこでゼロが立っている後ろの壁、部屋の壁が崩れている光景を見つけた。

 ドアがなくなった横に、大きく歪な穴が空いている。

 そして、見晴らしがよくなったその向こうに、目の前からいなくなった男がいた。壁を突き破って飛ばされたのだろうか。

 膝をつき、身を折り、咳き込んでいるように見える。


「団長、そいつ逃げる気満々だったから、例の空間移動の魔法が使える奴かもしれないぞ」

「へえ。じゃああいつがあたまか」


 言われてそちらを見たゼロは、アリアスに「下がってろ」と言い、――もうほぼ部屋の中も外もないが――部屋の外に出た。


「盗賊だか何だか知らねえが、お前が最後か、ならず者」


 立ち上がろうとしている男に向かって魔法が放たれた。

 男は顔を上げ、鋭い視線をゼロに向けた。

 魔法同士が、衝突する音がした。男もまた応戦した証で、魔法の光は一度二度、三度と続く。


「アリアス、もう少し下がった方がいい」

「――はい」


 アリアスに声をかけたのはディオンだった。

 今や、廊下では激しい魔法の撃ち合いが繰り広げられていた。ゼロと、盗賊団を率いていると思われる男によるものだ。

 合間に空間移動の魔法を使う隙のない応酬が絶え間なく続く。

 訪ね人により、出入口に警戒を募らせていた盗賊は、そちらに固まっていたのか、盗賊と騎士団との他の攻防はこの場に混ざることはなかった。

 ただ、他の団員も玄関があると思われる方向から現れ、行われていることに足を止めていた。


「ブレア隊長」

「おー、お疲れさん。盗賊の捕縛は終わったのか?」

「通ってきたところにいた者は全て。それで団長の後を追って来たのですが……」

「あれが最後かもしれないな。どのみちここは通れないから、あとは逃げようとする奴らを取り囲んでいる方に任せればいい。……と、切れた」

「ありがとうございます」


 その間に、団員の人が拘束の縄を切ってくれた。ずっと縛られていた手は、痺れているような感覚がした。

 しかしそれより、縄が随分きつくされていたためか、解放感の方が強かった。

 ディオンの方も縄が切られ、服の上から手首を擦りながらも、目は下を見ていない。

 アリアスも含め、近くでの光景から目を離せない。


「……あれ、絶対ただの盗賊じゃないっすよ」

「あんなのがただの盗賊だったら、世の中どうなってるんだって思うな」


 一体何者なのだと、何度思ったか分からないことは、今、最も強く感じることになっていた。

 団長であるゼロと、まともに魔法をぶつけ合っている。

 確かに空間移動の魔法を使える魔法師という点で油断ならないと思っていたが、この光景を見ると、より強く。

 どうりで、仲間の救出を容易に口に出すはずだ。並の魔法師では敵わない。


「一体、何者なんだ」


 だが、長くは続かなかった。

 ゼロが一際大きな魔法を放ち、強烈な光以外のものが見えなくなる中、今日何度目かの大きな音がした。

 ぱち、ぱち、と瞬くと、光に潰れた視界を取り戻すと、もう魔法の光は生まれなかった。

 さらに、ゼロの姿は廊下の先に。男の首を捕らえ、床に押しつけていた。


「魔法封じ持ってるか」

「持っています!」


 駆けつけていた団員の一人から受け取った魔法封じを、ゼロが取り押さえている男につける。


「持っていた魔法封じはどうしたんだ、団長」

「さっき入ったところで、ウェン=バトスを見つけて全部使った」


 縄も取り出し、手早く縛ったゼロは立ち上がる。

 同時に男を荒く引っ張り上げ、体を起こさせ、顔を隠している布を取る。初めて、頭と呼ばれていた男の素顔が明らかとなった。

 男は、地面に座りながら立ったゼロを見上げる。

 ゼロもまた、男を見下ろす。


「お前、盗賊じゃねえだろ」


 実際に戦い、魔法を感じたからこそ、彼の違和感はより強かったのかもしれない。盗賊ではない、と断言する口調で言った。


「――盗賊でなければ、何だと言う」

「他の国の息がかかった人間。ただの独立した盗賊じゃなく、他国によってこの国に送り込まれてきた」


 それに対して男は、露になった口元、目、微塵足りとも表情を動かさず、感情を表さなかった。


「俺たちは盗賊さ。どこにも行き場所のない者の集まりだ」

「そうかよ」


 まあ今はいい、とゼロは男を掴んでいた手を離した。


「無駄に技術身につけた奴が盗賊なんかになりやがって。竜に手を出そうとしたことは重罪だ。この先、覚悟しろよ」


 見下ろす目から、男は目を逸らさなかった。

 そのまま男は、後からやって来た団員の手に捕まり、他の団員がその先にまだ残っている者がいないか探しに行く。


「団長、ここまでに見つけた者は全て捕らえました」

「逃げた奴は」

「今のところは聞いていません」

「魔法具で逃げた可能性もあるからな。そこら辺は後でまとめて確かめるか」


 後から合流した団員の一人が報告していると、先の方に行っていた団員も戻ってきた。

 先と言っても、長く時間がかかるほど広いわけではない。手分けして確かめると、すぐだったようだ。


「この先には誰もいません」

「分かった。捕まえた連中を順に外に出して連行しろ。逃げられねえようにしろよ」

「はい!」

「それから、身につけている物も点検して、合わせて建物内に魔法具類があれば押収。素性の手がかりになりそうなものも探せ」

「はい!」


 どこからか騒がしさが聞こえてきていた建物は、静かになっていた。

 声は聞こえるが、何かが落ちたり、ぶつかったりする音や、入り乱れる荒い足音はない。

 どうやら、騎士団による集団捕縛が終えられたらしい。怪しい者たちで溢れていた場所は、今は見慣れた騎士団の制服の者のみで溢れていた。

 その中にはゼロもいる。

 ああ、もう大丈夫なのだと、アリアスは安堵を感じた。

 そのとき指示を出したゼロが、こちらに気がつき、歩いてくる。


「先に出しとけよ。巻き込まれるかもしれなかっただろ」

「下手に動くより、もうここにいた方が敵に遭遇しないんじゃないかと思ったんだよ。こうなれば、外もごちゃごちゃやり始めてるかもしれなかっただろ? ま、両人とも無事。任務完了。良かったな、奥さん無事で」


 ゼロが、アリアスに目を向けた。


「怪我、ねえか?」

「ありません。大丈夫です、この部屋に閉じ込められていただけだったので」


 縄も解いてもらって、もう自由だと表していると、突然ゼロが眉を寄せた。手を取られる。


「……痕がついてる」


 彼が触れたのは、手首だった。言われて見て、アリアスも気がついた。袖から覗くか覗かないかくらいのところ、縛られていた手首が赤くなっていた。

 ゼロの指が、袖を避け、くっきりとついた縛られた痕をなぞる。


「そのうち消えます」


 これだけで済んだのだ。心配いらない。

 言うと、ゼロは何かまた言おうとして口を開いたようだが、この場だからか浅く頷くに留まった。

 しかし、彼の目はあるものを見逃さない。


「何だこれ」


 腕につけられたものは、今やっと見ることができた。腕輪の形をしたものだった。


「確か、他に気絶させられてたっていう魔法師に魔法封じがつけられてたな」


 ゼロは、ディオンの方も確かめるように見た。

 同じく魔法が使えない状態に陥っていたディオンも、軽く袖を捲ってそれを確かめていた。同じものだ。


「魔法封じまで持っているなんて、驚いたよ」

「他の国から盗まれたものっすかね?」

「他の国の警備はどうなってるんだって思ってたが、どうも予想以上のレベルの魔法師がいたみてえだからな。あり得る」


 これは城に戻ってから外してもらうことになり、ゼロはアリアスの袖を戻した。


「そういえば、ウェン=バトスと名乗った男に竜を盗む理由について聞いたけど、ろくな答えが返って来なかった」

「ディオン先輩、捕まってる状態で、犯人に直接聞いたんすか……落ち着きすぎっす」

「どうやら彼らの仲間も捕らえられていて、危害を加えられる様子はなかったから。ああそうだ、彼らはどうも仲間の救出か口封じをするつもりだったみたいだ」

「口封じって、それはまた厳しい盗賊だな」

「それから竜もまた盗もうとしていたと捉えられそうな会話もしていた。そういうことをお構いなしに喋っていたのは、僕らのことは始末する予定だったのかもしれない。もしくは、帰す予定はなかったか」

「……ディオン先輩、自分のことなのに冷静すぎっす」


 ディオンは捕らえられていても、解放された後でもあまり変わっていなかった。

 ゼロも「らしいと言えばらしいけどな、落ち着きすぎだろ」と言っていた。


「僕のことばかり言うけど、アリアスも落ち着いていたから、普通だ」

「え、私ですか」


 いきなり話の矛先が向けられたアリアスは驚く。


「私は、一人であったとすればどういう気持ちになっていたか分かりません。ディオンさんがいて、落ち着いていたので、不安にならずに済んでいたんだと思います」


 こうして微笑みさえ浮かべることができ、言うが、ディオンはそんな自覚はないようで、首を傾げていた。


「それにしても早かった。見たところ外観は普通だったこともあって、他の家に紛れて、もっと時間がかかると思っていた」

「ああ、この家だって分かってたからな」

「……分かっていた?」

「ジオ様がな」


 師の名前が出てきた。

 ディオンの疑問に対し、名前を出したゼロを見上げると、ジオがこの場所を突き止めたのだと彼は教えてくれた。


「さすがに、どの家だってところまで特定できるとは思ってもみなかったけどな。さすがだよな。――それより、城に戻るのが先だ。二人共送り届けさせろ」

「了解っす」


 ゼロはまだこの場に残るようで、ディオンとアリアスを見つけに来たうちの一人もそこに残るようだった。

 そういえば隊長、と呼ばれていた。一つの隊を束ねる人だったのだ。


「団長、こんなものが」


 ゼロと別れ、離れていくときだ。一人、何か手にした団員がゼロの元に行き、それを差し出した。


「この紋章、確か」


 ゼロは呟き、もう男はいなくなった場所を見た。


「あの実力……まさか、レドウィガ国の正規の魔法師か?」


 聞いたことがある国の名前は、アリアスの耳にも入ってきた。







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