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花咲くとき、騎士は請う  作者: 久浪
『武術大会』編
163/246

5 帰国



 異国に遊学したと聞いた第二王子、フレデリック。

 アリアスより少し高いくらいだった背丈は学園在学中にすっかり伸び、落ち着いた服装がよく似合う姿が立っていてつかの間呆けた。


「久しぶりだな、アリアス」


 すぐそこまで歩み寄った王子にこれまた以前と比べると落ち着いた微笑みを向けられて、アリアスは慌てて挨拶をする。


「――お久しぶりです、フレデリック王子」


 後ろに控えている侍従に会釈されて、会釈を返す。


「えぇと、確か国外の方に行ってらっしゃいましたよね」

「うん。今度の武術大会があるだろう、ちょうど良い機会だから観覧のために一度帰ってきたのだ。これからしばらくはいることになっている」

「なるほど……」


 イレーナが武術大会にはこの王子が帰って来るようだと話していたことを思い出した。

 帰ってきたばかりなのだろうか。突然遭遇し、なおかつ以前とは落ち着いた様子にフレデリックで間違いはないのに少々固まっていたアリアスは失礼でない程度にフレデリックの様子を観察する。

 国外での遊学で何か影響を受けて来たのか。でも思えば前までが王族としては元気すぎたような気もするから……、と考えていた矢先である。


「今回の武術大会は無理だが、その内僕も個人戦の方に出られるようにしてみせるぞ!」


 弾んだ声音、弾けた笑顔、ぐっと握られた拳。

 雰囲気も変わり、一気にこれでこそ「フレデリック王子」だとやっとしっくり来るフレデリックが唐突に現れた。


「フレデリック王子……」

「何だ?」

「お帰りなさい」

「うん、ただいま!」


 ぱっと嬉しそうにますます眩しい笑顔を浮かべた彼はまさしくフレデリック王子だ。

 王子の後ろではあなたの言いたいことはよく分かると言いたげな侍従がいた。



 フレデリックの個人戦への意気込みは、武術大会では騎士団以外からでも一定の条件を突破すれば個人戦に限り出場することが出来るというものを指す。ただしこれは昔はよく見られたそうだが近年ではごく稀な事例で、アリアスが実際には見ていないながら知る限りでは一人だけ、その騎士団外参加をした人がいるくらい。

 学園で騎士科に所属し、剣術と魔法に磨きをかけていた王子様はいつか武術大会に出ることが目標だそうだ。彼にとって、騎士団には入らなくとも学園の騎士科で学んで終わりではないのだ。


「僕は昨日帰ってきたところなんだ。こっそり帰って来たからその内騎士団に顔を出して驚かせてやろうと思ったのだが、アリアスにここで会うとは思わなかった!」

「いえ、十分驚きましたよ」


 本心だ。フレデリックがこの国の王族である以上、彼があのように『王子様然』とした様子になることは望ましいのだろう。元気なことは良いことだが、フレデリックの場合周りに手を焼かせるほど元気が有り余っている面もある。

 しかし衝撃を受けたのは、学園で凛々しい部分を見ながらも、元気なフレデリックを見てきたからだ。地位にも関わらず、気さくで実際の距離も何もかも身近に感じていた分、遠くなったようで少し寂しいと感じたのかもしれない。


「僕としたことが、少し城を離れていただけで帰ってきたことに少し浮かれてしまってな!」


 だがそんなことを吹き飛ばす、フレデリックのこの様子だ。

 嬉しいのに、変わっていないなぁとぶれない様子に彼はこの先もこのままなのかもしれないと若干いいのかとも思ってしまう。いや、変わらないことは良いことでもある。


「あ、そういえばアリアスは城で働き始めたのだったな」

「はい」

「確か医療科は城の医務室か騎士団に分かれるのだったと記憶しているが……アリアスはどちらになったのだ?」

「騎士団です」

「騎士団か!」


 騎士団と聞いただけで嬉しそうになる。


「こうなると他の皆もどうなったかが気になるな……。よし、騎士団はこっそり見に行くことにしよう! アリアス、僕が帰って来ていることは内緒だぞ?」

「はい」


 やんちゃ少年の面は変わらず、学園での同級生の顔も見に行かなければと決断が早い。

 アリアスも、学年の中でも慕われていた王子の帰国を他の面々に伝えたいのは山々でも、こう言われては言わないでおこう。


「だがランセはいないのが少し残念だな」

「ランセくんですか?」

「うん。在学中を通してあいつには負け越しだったのが今でも悔しいからな」


 学園で素っ気なくもなぜか一番フレデリックが良い友と称し、共にいた彼の友が学園卒業後家に戻ったランセだ。


「学園は楽しかったな」

「そうですね、私も行って良かったと思います」

「ふむ、しかしこうして帰ってきてみるともう全員で集まれないことが身に染みるな」


 卒業後早々に遊学したフレデリックは染々と頷いている。

 学園で共に学んでいた面々が城の騎士団や医務室、故郷へとそれぞれの進路を歩きはじめたように、学園を卒業した今、フレデリックは時期王にして王太子である兄の力となれるように精進している。

 こうして話していようと今も昔も彼は王子で、これからどんどん遠くなってしまうことは確実なのだろう。


「では会えるときにどれだけ成長したか僕と成長比べするしかない」

「成長比べ?」

「成長比べだ! 卒業式で学園長が言っていただろう。道は違えど卒業してから全員また始まりの位置につくのだとな」


 けれど、きっとこの王子様の根は変わらない。物理的に位置が遠くなっても、ふと落ち着いた笑顔を見せても、次の瞬間にはこの溌剌とした笑顔に変わると思うから。

 アリアスは何だか嬉しくなって「そうでしたね」とつられて笑顔になった。


「フレデリック王子の成長に皆敵うかどうかですね」

「アリアスはどうだ? 成長したか?」

「成長してないことはないと思いますけど……」


 率直に問われると一度考え込みたくなる。

 半年は配属されてから慣れたり仕事を覚えたり、配属されてからも体験期間にはなかった仕事場にも行くことになり、他にも色々あった。

 成長したとすぐに胸を張って言えないのは、アリアスは掲げている明確な目標がないからだと思われる。

 前に立つフレデリックには明確な目標があるから、堂々と言える部分もあるのだろう。普段の元気でいつまでも少年のような様子にばかり目がいってしまうけれど、芯が通っていることを改めて実感する。

 参った。


「今度、お会いすることがあればフレデリック王子より成長したと言えるように頑張ります」

「そうか? では今回は僕の勝ちだな!」


 また嬉しそうだ。


「フレデリック王子、国外はいかがでしたか?」

「楽しかったぞ! 僕が知らないことや学ぶことはまだまだたくさんある! アリアスにも話してやろう」


 会ったのがお昼休み中で良かった。

 フレデリックの国外遊学の話は途切れることなく、侍従の制止が入るまで続いたのである。






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