第51話 悪役貴族、決闘に臨む
朝霧がゆっくりと晴れていく。
一行はぼろ屋を出て、村の中央広場へ向かった。井戸と干し草の置かれたその一角は、家々の合間にぽっかりと空いた空間で、固い土の大地からところどころ野草が生えている。
朝の冷気が吹き抜け、遠くでは牛の鳴き声が聞こえた。
ブリジットが短く指示を出すと、騎士たちは周囲に散開し、広場を自然の決闘場に変えていった。
その様子に村人たちが気づき、物陰から顔を出す。洗濯物を抱えた老婆、籠を持った少年、鍬を担いだ男。皆がざわつきながら近づいてくる。
「なにごとだ?」
という声があちこちで上がっていた。
「エリシア。配信頼む」
「本当にやるんですか?」
「やる。これは願ってもないチャンス。間違いなくバズるぞ」
ダンジョン探索配信じゃないので攻略スコアは見込めないが、罪人と騎士との決闘は民にとってこの上ない娯楽だろう。
「あなた、怪我人なんですよ? わかっているんですか」
「わかってるって」
「勝算はあるんでしょうね?」
「たぶん楽勝。やってみなきゃわかんないけど」
「はぁ……あなたはずっとそんな感じですね。負けたら死ぬんです。なんとしてでも勝ってください」
「おっ? エリシアが応援してくれるなんて珍しいじゃん。こりゃ勝ったな」
軽い調子のマルス。眉を吊り上げるエリシア。
いまから決闘に臨むというのに、二人が交わすのはいつもと変わらないやり取りだ。
「まぁ見てて。試したいこともあるしさ」
マルスが軽く伸びをしながら言うと、エリシアが渋々頷いてフォローカムを起動した。ふわりと浮き、マルスを追尾するように動き出す。点灯した青白い光が、配信開始の合図であった。
【緊急生配信】辺境の村で異端VS騎士の決闘!【立会人は鈴音の騎士】。
マルスに指示された配信タイトルをプレートに入力するエリシア。
タイトルが画面に踊った瞬間、同時接続数のカウンターが跳ね上がる。
まもなく、コメントが雪崩れ込んできた。
《え、通知きたけどなにこれ!》
《えぐいタイトルきたなwww》
《決闘? 異端審問じゃなくて?》
リスナーたちの困惑と興奮が、画面越しに波のように広がっていく。
広場の現実と、配信の向こう側が同じ熱を帯び始めた。
「グロワール騎士団長ブリジット・ラ・フィエリテである! これより従騎士リサ・ヴァーミリオンとマルス・ヴィルによる決闘を執り行う。この決闘は女神レガリアの聖名のもとに行う。双方、清らかなる誓いを立てて臨むべし!」
ブリジットの声が透き通って響く。佩剣の鈴が声に重なって鳴った。
「リサ・ヴーァミリオンが勝てば、その場でマルス・ヴィルの処刑を執行する。マルス・ヴィルが勝てば、リサ・ヴァーミリオンは如何なる望みにも一つ応える義務を負う。両者、異議はないか」
「異議ありません!」
「俺もー」
「立会人はわたしブリジット・ラ・フィエリテが務める。以下に条項を述べる。魔法の使用は禁ずる。勝敗は『降参の宣言』または『立会人の判断』により決するものとする。また、第三者の介入があった場合、本決闘は即時無効。介入した者を厳罰に処す。以上」
徐々に数を増やす村人達。ざわめきも大きくなっていく。
《やば、ガチの決闘じゃん》
《これ通報した方がいいやつ?》
《でも立会人が鈴音の騎士だし意味なくね》
《正式な決闘なんでしょ》
コメントが怒涛の如く流れる中、マルスはエリマルくんを担ぎ、広場中央へと進む。
正面に立つリサは、怒りと緊張が混ざった様子だ。紅のポニーテールが揺れ、靴裏で土を擦っている。
フォローカムがゆっくりと旋回し、対峙する二人を鮮明に映し出していた。
「マルス、リサ。最終確認だ。やめるなら今だぞ」
「やります! リサの剣で、聖国の正義を示します!」
「いつでもいいよん」
ブリジットは目を閉じ、心を落ち着かせる。
彼女にとって、マルスもリサも大切な存在だ。二人が戦うことにひどく胸を痛めている。だが今は、結果を女神に委ねるしかない。
(信じるぞ。マルス)
広場の外縁では、騎士達が警戒の円陣を作り、村人の子供が興奮して肩に乗り出している。
「お姉様、始めてください」
リサが剣を抜く。それだけの動作に、彼女の卓越した剣技が顕れていた。
フォローカムがピントを合わせ、配信のコメント欄が加速する。
《ガチでやるんか!》
《リサって子、知ってる。めちゃ強って噂じゃなかった?》
《あれだろ? アカデミーの神童って言われてた》
それを聞いたエリシアの顔が引き攣った。
「女神様……」
ぎゅっと手を組んでマルスの勝利を祈る。彼女にできる精一杯の応援だ。
村の広場は、息を潜めたように静まり返っていた。
リサがロングソードを握りしめる。肩の高さで水平に構え、切っ先をマルスへと向けた。
紅いポニーテールが揺らぐ様は、幼いながらも騎士の風格がある。
(なるほどね。やっぱりその構えか)
マルスは得心した。幾度となくゲームで見たリサの構え。
(ずっと気になってたことがある。どうして俺は、ゲームと同じ動きができるのか)
レッド・ガーゴイル戦然り、トラップの回避然り、スティール・ウルフ撃破然り。
(たぶんマルスがハイスペックなんだろうな。仮にもボス格のキャラなんだし)
ゲーマーとしての〝俺〟が培った知識と経験、イメージ。それらが肉体のスペックと組み合わさり、奇跡的なシナジーを実現している。
(もしそうだとしたら……この決闘、勝機はある。マルスのスペック次第――いや、俺がマルスを使いこなせるかどうかって感じか)
エリマルくんを肩に担いだまま、半身に構える。
ゲーマー魂が燃えてきた。強敵に挑む時の高揚感。
マルスは唇の端を上げて、リサを捉えた。
「はじめっ!」
ブリジットの声を合図に、リサが勢いよく地面を蹴った。




