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第4.5話 悪役貴族、村八分になる

 ぼろ屋を出ると、黄昏時の冷たい風に体が震えた。

 マルスは配信機材一式を革袋に詰め、エリシアを伴って出立する。

 だが、その前に。


「一応、この村の村長には挨拶しておいたほうがいいと思うんだよな」

「そうですね」

「勝手にダンジョン潜って怒られてもヤだし。新参者は礼儀正しくしとかないとね」


 エリシアは感情のこもらない目でマルスをじっと見つめる。


「なに?」

「いいえ。その程度の常識はあるのだな、と」

「キミは俺をなんだと思ってんのよー」


 マルスはヘラヘラしながら村を見渡した。

 点々と建つ家々の中に、一際大きな家屋を見つけると、足をそちらに向ける。

 村の中心に建つその家は、お世辞にも立派とはいえない外観だが、この村で唯一の二階建てであった。


「陰気な場所だなぁ」

「失礼ですよ」

「エリシアだって思ってるでしょ」

「ノーコメントです」


 会話を聞かれる心配がないほど、村に人気はない。

 だが、家々の前を通る度、中からこちらを伺う視線を感じる。


「なんか感じ悪くない? 興味あるなら声かけてくれたらいいのに」

「ご自分の立場を考えてみてはいかがですか?」

「追放された罪人ってそんなに印象悪い?」


 エリシアはみなまで言わない。

 国家全体が女神レガリアを崇拝する聖国において、異端とは最も重い罪の一つである。

 あらためて、自身の置かれた状況を嘆くマルス。

 何故マルス・ヴィル・バレンタインなんかに憑依してしまったのか。


「マジで謎。マジで謎だわ」


 ぶつくさと呟きながら、やがて目的地に到着する。


「ここが村長の家でいいのかな?」

「直接聞けばいいでしょう」

「だな」


 マルスは遠慮のかけらも感じさせない軽快さで、戸を叩いた。


「ごめんくださーい」


 すると奥から、重い足音がゆっくりと近づいてくる。

 蝶番が鳴き、戸が少しだけ開く。中からオレンジの灯りが漏れた。


「……なんじゃ」


 白髪まじりの老人の半身がのぞく。

 深い皺の刻まれた眼光は鋭く、老人とは思えぬほど大柄で、手は太く節張っている。

 想定外に厳めしい容貌に、エリシアは肩を緊張させる。

 対照的に、マルスはフランクで自然体な笑みを浮かべていた。


「今日から村で暮らすことになったマルス・ヴィルです。村長さんにご挨拶に伺いました」


 意外と礼儀正しく腰を折ったマルスであったが、老人の目は凍てついていた。


「ふん。手土産もなしに挨拶か」

「あー、いや。なにぶん追放された身なもので」


 マルスは苦笑するが、老人はにこりともしない。


「あの、この村の村長さんですよね?」

「……そうじゃ」


 村長は扉を半開きにしたまま、マルスとエリシアを覗き見る。


「隣にいるのが連れのエリシアです。これからよろしくお願いします」


 返事はなく、わずかに眉が動いただけ。


「この村のこと、少し教えていただけませんか?」


 エリシアが恐る恐る口をひらく。

 村長はエリシアのほうには視線すら向けず、淡々と答えた。


「おぬしらに話すことはない」


 明確な拒絶。


「村のモンに近づかんかったら、それでええ」


 しゃがれた声はどこまでも冷たかった。

 村長はまるで小汚い野良犬でも見ているかのような目でマルスを見下ろす。


「いや、その……俺、迷惑かける気はないんで。できれば仲良くできたらなぁと」


 村長はわざとらしいほどゆっくり瞬きをした。その動作に込められる意味は明白だ。

 お前の話に興味はない。聞く気もない。関わるつもりもない。

 そもそもお前がこの村にきたことが大迷惑だ。


 沈黙は、言葉以上に雄弁だった。

 マルスは乾いた笑いを浮かべるしかない。


「私達、村はずれのダンジョンに入ろうと思っているんです。問題ありませんか?」

「勝手にせえ」


 村の外から来た異端者が死のうとどうでもいい。無関心を隠すつもりもないようだ。

 その時だった。


「おじいちゃん? 誰か来てるの?」


 扉の奥から幼げな少女の声が聞こえてきた。

 村長の太い肩が、ぴくりと揺れる。わずかな動きだったが、確かに焦りが滲んだ。

 老人は戸の隙間をさらに狭める。


「戻っとれ。大した用じゃない」

「お客さん?」

「戻れ言うとる」


 村長の声が僅かに張りを帯びると、少女の気配は家の奥へと去っていった。


「お孫さんですか?」


 その瞬間、村長の視線がマルスに突き刺さる。先ほどまでの関心のない冷たさとは違う、強い警戒心が浮かび上がった。


「おぬしには関係ない。うちのモンに近づいたら、ただじゃおかんぞ」


 声は低く押し殺されていたが、マルスの背に冷たいものが這い上がるほどの迫力があった。

 エリシアは気まずさに耐えかねて、そっとマルスに耳打ちする。


「もう行きましょう。これ以上はご迷惑です」


 マルスは苦笑し、頭をかく。


「じゃあ、失礼します」


 マルスとエリシアが頭を下げると、老人は無言で扉を閉めた。それからすぐ、カタンと閂をかける音が響く。

 家の前に残されたのは、冷たい風と沈黙だけ。


「ここまで歓迎されてないとはね」

「わかっていたことです」


 エリシアは相変わらず淡々としていたが、声色に滲む切なさを隠しきれていなかった。


「ま、ダンジョンに行ってもいいってことなんで、なんも問題なし。気を取り直してダンジョンに向かっちゃいますか!」

「その能天気さが羨ましいです」

「え? ほんと?」

「皮肉です」


 背を向けて歩き出すエリシア。

 マルスはその背中を追いかけようとして、村長の家を振り返った。

 扉はやはり閉ざされたままだったが、窓の隙間から小さな瞳がこちらを覗いていた。

 手を振ると、その瞳はさっと隠れてしまう。


「なにをしているんです。行かないのですか?」

「いま行くー」


 なんとも言えない虚しさを覚えながら、あるいはこれからは向かうダンジョンにワクワクしながら、マルスはあらためてエリシアを追いかけるのだった。

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