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第27話 悪役貴族、トラップ起動! ②

「そうそう。罠の実演だよ。ほら、さっきの板と同じやつがそこに」


 マルスは通路の先、他より色が薄い床板を指差すと、フォローカムを伴って歩み寄った。


「ま、待って下さい! 正気ですか!」

「まー見てて。俺、こういうの散々やってたから。RTAとか」


 マルスは前世の思い出を辿りながら、懐かしさを覚える。


《あーるてぃーえーって何?》

《は? どゆこと? わざとトラップ起動するの?》

《絶対死ぬやつ》


 マルスの足取りには一切の躊躇いがない。エリシアは唖然とする。


「うーい、行きますよー」


 次の瞬間、彼は罠の床板に跳び乗った。


「ちょっ、ホントに――」


 エリシアが思わず手を伸ばした瞬間。

 ガシャァン! と凄まじい音を轟かせて、天井から鉄杭が雨のように突き出す。

 頭上から迫った鋭利な槍衾。マルスは一瞥もくれずに体を捻るだけ。たったそれだけで、無数の鉄杭の僅かな隙間を縫うように、体を避難させていた。

 もちろん、無傷である。


《うおおおおお避けた!》

《紙一重すぎるwww》

《神業じゃん》


 マルスは鉄杭の間から、笑顔でカメラにピースサインを送る。


「これは定番の串刺しトラップね。起動までジャスト一秒。杭の配置と射出角度は固定。慣れれば踏んでから回避余裕です」


《慣れる前に死ぬだろwww》

《普通は踏まないんだよ!》

《それなww》


 エールフレアが連続する。マルスは眩いエフェクトに包まれてご満悦だった。

 一気に騒々しくなったコメント欄とは対照的に、エリシアは言葉を失い蒼ざめていた。

 マルスの無事を認識して、荒く息を吐き出す。胸の奥を掴まれるような恐怖。鼓動が痛いほど速い。

 同時に、無傷で立つマルスの姿を見て、安堵と驚愕と、言葉にならない感情がごちゃまぜに溢れ出す。


「っバッカじゃないんですか! 本気で死ぬところでしたよ!」


 エリシアの声は裏返っていた。


「へーきだって。慣れてるから」

「わざと罠を踏むことにですか!」

「そうだよ」


 マルスは鉄杭の隙間から抜け出しながら、事もなげに言う。

 実際、彼は『聖愛のレガリア』をやりこんだ身として、これくらいの芸当は出来て当然だと思っている。

 エンディング回収のために何百週もニューゲームを回したり、クリアまでのタイムアタックに挑戦し続けたりするうちに、トラップを避けることもしなくなった。

 マルスはフォローカムを見上げ、鉄杭を指す。


「いいかリスナー諸君。ダンジョンの罠ってのは定期的にリセットされる。ランダム配置も多いし、いちいち見つけようとするなんて時間のムダ。だから最短距離を進んで、起動したら回避するってのが最適解なのね」


 したり顔で意味不明な解説をするマルスを見て、エリシアは頬を引き攣らせた。胸は未だに早鐘のままで、手のひらは冷たく汗ばんでいる。

 さっきの瞬間、本気で死んだと思った。その恐怖の余韻がまだ抜けない。


「あなたという人は……」


 絞り出した声は、怒りとも呆れともつかない。


「本当に、どうかしてます」


 驚愕、困惑、安堵、ほんの少しの感嘆が入り交じる。

 目の前の男がやっていることはあまりにも馬鹿げていて危険極まりないのに、それでも『出来てしまっている』という現実が否応なく彼女を圧倒していた。

 胸に渦巻くざわめきをどうにか抑え込み、鋭い眼差しをマルスへと向ける。


「こんなことは絶対にやめてください。わざと罠を踏むなんて正気の沙汰じゃありませんし、そんなやり方で攻略スコアを稼げるとは思いません」


 彼女の声にはまだ震えが残っていた。怒りの色に包もうとしても、恐怖の余韻がにじみ出てしまう。


「まじ? RTA界隈じゃ割と常識だったんだけど」

「知りません。何なんですか、そのあーるてぃーえーって――」


 エリシアの苛立ち混じりの声が響いた、その瞬間だった。

 鉄板を爪でこするような、嫌な音が通路の奥から広がった。


 フォローカムのレンズが闇を捉える。

 赤い光が二対、ぎらりと光っていた。

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