第26話 悪役貴族、トラップ起動! ①
第二層に入ったマルスは、早足でぐんぐんと通路を進んでいく。
その姿はダンジョン探索というより、町外れの道を散歩しているようだった。
画面には視聴者のコメントが流星群のように流れている。マルスは歩きプレートで逐一それを確認していた。
《そういやこのダンジョンって何気にアカスト初じゃない?》
《たぶんな。一応ギルドのダンジョンリストには載ってたぞ》
《聖都拠点の探索者は採算取れないだろ》
「そうか? ド田舎のダンジョンなんてぜったい穴場じゃん。すんげーお宝も眠っているはず!」
《まーたしかに》
《前情報なしはキツくないですか?》
「だからこそ配信する価値がある。これぞ辺境送りのメリットだ」
《デメリットがでかすぎる》
《そもそも刑罰だからな。反省しろ》
《異端魔術はよ》
マルスがリスナー達との雑談に興じる一方で、エリシアはナイフの柄を握りしめ、緊張の面持ちで通路を見回しながら、マルスのあとをついていく。
探索者の常識――先行者が踏んだ場所は安全。エリシアはそのセオリーを律儀に守り、マルスの足跡を正確になぞっていた。
ところがマルスの足取りは絶えずふらついていて、危うげに見えた。エリシアは堪らず口を開く。
「……ちょっと止まって下さい」
「ん? どしたの?」
マルスが振り返ると、エリシアの鋭い視線が突き刺さる。その眼差しにはあからさまな怒気が含まれていた。
「真面目に攻略する気あるんですか?」
「えっと……俺、なんか怒られるようなことした……?」
マルスが首をすくめると、エリシアは一歩踏み出して彼の前に立ちふさがった。
「いいですか。ダンジョンというのは、階層がひとつでも上がれば難易度もぐんと上がります。ここは第二層。強いモンスターが飛び出してくるかもしれないし、どこに罠が仕掛けられているかもわからない。すこしは周りを見たらどうなんです」
「あ、そういうこと? 大丈夫だよ。ちゃんと見てるって」
「嘘。プレートにかじりついてコメント読んでたでしょう。ふらふらして、まっすぐ歩いてもいなかったじゃないですか」
「いやいや、ほんとだから。たとえばほら、そこのトラップにもちゃんと気付いてたでしょ?」
マルスがエリシアの足元を指差す。
「え?」
マルスが指差した床。一部分だけ他よりほんのわずか浮き上がっており、色も明るい。
エリシアの背筋が凍る。
「……っ!」
エリシアは慌てて足を引いた。もし通路をまっすぐ進んでいたら、確実に罠を踏み抜いていた。
《っあぶねー》
《エリシアちゃん気を付けて》
《全然見えなかった》
もし罠が起動していたら――考えたくもない。
「どうして言ってくれなかったんですっ。危うく踏むところだったじゃないですか!」
「え、ごめん」
語気強く怒られ、マルスはしゅんとなる。
「だってエリシア、ちゃんと俺の踏み跡を追ってたからさ。気付いてるのかなって」
「それは……」
エリシアは強く反論しなかった。すれば自分が罠に気付いていなかったと世界中に発信することになる。
「もういいです。きちんと警戒しているなら、それで」
「ごめんね。次からはやばそうなとこは言うようにする」
「お願いします。私達は気付いていても、リスナーには見えていないこともあるので」
エリシアはナイフを握る手に力を込め、そっぽを向いた。
その横顔に浮かんだ赤みを、フォローカムは見逃さなかった。
《ちょっと照れてね?》
《耳赤いww》
《かわいいのバレてます》
コメントがわっと沸き立つ中、マルスは手を打ち合わせてにんまりした。
「なるほどなぁ。じゃあリスナーにもちゃんとわかるように、ここいらで一旦お披露目しておこうか」
「お披露目?」
エリシアが眉をひそめる。嫌な予感しかしない。




