第25話 悪役貴族、配信2回目!
配信準備を終えた二人は、第二層に続く鉄扉の前に立つ。
初回配信で叩き出した同時接続数は十数万――歴史的な数字であったが、視聴者の多くは「初回のバズは偶然だ」と冷ややかに見ていた。二回目以降は失速するのが常識である。
エリシアも同じようなことを考えていた。
(今夜の配信は、昨夜ほどのバズは見込めない。良くて数万。悪ければ一万くらい?)
ところがマルスが配信開始のボタンを押した瞬間、聖国中の視聴者がその瞬間を待ち構えていたかのように、一斉にアクセスしてくる。
《きたあああ! 待ってましたぁ!》
《やっぱり始まったか! 今日もあるって信じてたぞ!》
《プレートにかじりついてた甲斐あったわwww》
開始から数十秒で、同時接続数はすでに十万を超えていた。
マルスはフォローカムに向かって片手を突き出し、満面の笑みを浮かべた。
「皆さんこんばんは! ド田舎から夢を届ける、辺境系男子マルス・ヴィルです!」
声は明るくテンポよく、配信慣れしているかのような軽快さ。
「俺みたいに辺境送りにされた大罪人でも、アカストでバズればドリーム掴める! その可能性を証明するために、今夜もアルヴェリスにやって参りました!」
その横で、エリシアはマルスの持つプレートを覗き込み、ぽかんと口を開いていた。
「あ、え? 十万? うそ……?」
「エリシア。あいさつ」
マルスに耳打ちされ、エリシアは慌てて背筋を伸ばす。そして、フォローカムを見上げてぎこちなく口を開いた。
「あ、あの……本日も、ご視聴ありがとうございます。私、エリシアと申します」
緊張のあまり声がわずかに上ずる。視線はカメラに向けられているが、その瞳はどこか落ち着きを欠いていた。
《俺の嫁きた!》
《っしゃ! この美少女メイド見たくて寝ずに待ってたんだよ》
《緊張してるの尊い》
エリシアの登場が、コメント欄の加速に拍車をかける。
「よ、嫁?」
コメント欄の反応に気づいたエリシアが頬をわずかに赤く染め、眉を寄せる。
「おい誰だ! エリシアを嫁とか言ってる奴は。てめーら全員まとめて出禁な!」
マルスが画面に向かって叫ぶと、コメント欄が一瞬で炎上した。
《二回目にして出禁とか薬草生える》
《噂通りの横柄野郎ww》
《出禁にできるもんならやってみろよwwww》
「エリシアさん聞きました? リスナーどもが調子乗ってますよ?」
「え、いや……ご視聴頂けるだけで、感謝ですから」
「かーっ! なんて健気でいい子なんだ! エリシアの優しさに涙ちょちょぎれますわ」
「ちょちょぎれ……?」
「でもなリスナー共、勘違いすんなよ! ここは俺の配信枠! お前らはコメント芸人! わきまえてねー」
変顔で挑発するマルスに、コメントはさらに加速する。
《誰が芸人じゃコラ!》
《昨日のエルフレ返せwww》
《じゃあ俺らはリリィベルちゃんの配信に行ってま~す》
「どうぞどうぞ! でも帰ってくんなよ? 後でやっぱマルス様サイコーつって泣きながら戻ってきても許さねーからな! つーか誰だよリリィベルって」
唾を飛ばしながらコメント欄と言い合うマルスを、エリシアは驚いたように見た。
「リリィベルちゃんを知らないんですか? 超有名アカスト配信者ですよ?」
その言葉に、コメント欄は一斉に荒れた。
《マルスお前マジかwww》
《聖国トップ配信者やぞ? 無知にもほどがある》
《リリィベルちゃん知らない配信者いんのかよ》
マルスはコメントを睨みながら、プレートを埋め尽くすリリィベルの文字に圧倒されていた。
「へー……そんなすごい子がいるんだ。まぁでも」
彼はカメラを覗き込み、にやりと笑う。
「俺はリリィベルちゃんとやらにも負ける気は一切ございません! 辺境系男子マルス・ヴィル。これから世界一の配信者になって、リリィベル? 誰それ? ってみんなに言わせてやんよ!」
大見得を切った瞬間、ただでさえ勢いのあったコメント欄が爆発する。
《調子乗んな》
《リリィベル超え宣言とかアカストに喧嘩売ってるだろwww》
《無謀すぎる。あっちはフォロワー五百万だぞ?》
「ええ……本当に無謀です」
エリシアが横で呆れ、溜息をつく。
「そもそも、視聴者を煽らないでください。皆さんせっかく見に来てくださっているんですよ」
エリシアが真顔でたしなめると、コメント欄の空気ががらりと変わった。
《そうだぞマルス。エリシアちゃんの言う通り》
《さすが美少女メイド。心根まで美しい》
《追放野郎にはもったいない子。うちに嫁に来てください》
エリシアは唇を引き結び、視線を逸らす。どういう流れか理解できないが、少なくとも彼女に向けられる声は優しい。それが少しだけ、胸の奥を温めていた。
「おーおー。お前らエリシアにだけ優しくしちゃって。マルスくんは悲しいですよ」
マルスは鉄棒エリマルくんをぶんぶんと素振りする。
「さーて。俺が口だけじゃねーってところ、見せてやりますか! 行くぞ、古塔アルヴェリス第二層、攻略開始だ!」
マルスは錆びた鉄扉を勢いよく蹴り開け、薄暗い通路の奥へと進んでいく。
躊躇いのないその背中に、エリシアとフォローカムが続いた。
金属製の冷たい床は鈍く光り、壁の隙間から生温い風が吹き込む。どこかで機械の駆動音が響き、空気はぴんと張り詰めていた。
「よし、今日は即死トラップのお披露目からやっていこう」
「罠をお披露目する人なんていませんよ。感性を疑います」
エリシアに同調するコメントが流れる中、早くもエールフレアが灯り始めていた。
その光を浴びながら、マルスは飄々と足を進める。
こうして二回目の配信探索は、視聴者十万超えの熱狂とともに始まった。




