第24話 悪役貴族、パーティ結成!
言い終えてから、しまった、という風に口を噤むエリシア。
マルスは何も言わずに彼女を見つめる。そのまっすぐな視線に耐えきれなくなったのか、エリシアはふいっと顔を背けた。
「その……私は別に配信をしたいとか、そんなんじゃないです。ただ、昨日の配信には映ってしまったわけですし。それなのに、急にいなくなったら……なんというか、変でしょう。リスナーが混乱します」
強くなったり弱くなったりの声は、ほんのわずか震えていた。
マルスの表情が、ゆっくりと和らぐ。
「そっか」
言い訳のような戸惑いが滲むエリシアの言葉が、彼女自身も気づかぬ本心の吐露のように思えるのは、マルスの自惚れだろうか。
「俺さ。たぶん、怖かったんだと思う」
「なにがです」
顔を背けたままの声色は、どこかためらいが混じっていた。
「関わったら迷惑なんじゃないかって。エリシアは俺の追放に巻き込まれた被害者で、一緒にいたくもないだろってさ」
エリシアの睫毛がわずかに揺れた。その胸に、チクリと痛むものが走る。被害者と言われて否定できないことが、なぜか苛立たしかった。
「だから、私を置いてダンジョンに来たと? あんなに馴れ馴れしくしておいて?」
「いやまぁ……なんか配信に協力的じゃなかったし。力を合わせるのイヤだって言ってたじゃん」
「はい。言いました」
反射的に棘を込めて返す。しかしその棘は、かすかに震えていた。
「そうやってはっきりと拒絶されるのが、怖かった」
「私はずっと拒んでいたつもりでした」
「あはは。たしかに」
マルスは頭を掻き、困ったように笑うでもなく、ただ言葉を探すように俯く。
「でも今は、正直めちゃ嬉しい。こうして追いかけてきてくれたからさ」
その言葉に、エリシアの胸が一瞬大きく波立った。頬が熱を帯びそうになり、慌てて視線を逸らす。
「勘違いしないでください。ただ、責任を果たそうと思っただけです」
「責任って?」
「あなたの身の回りの世話をするという条件で、実家は伯爵家から支援を受けているんです」
ようやくマルスに向けたその瞳には葛藤が入り混じっていた。
追ってきてしまった後悔か、責務を果たそうとする義務感か、それとも、自分の意思なのか。エリシア自身もまだ答えを見つけられずにいる。
彼女の煮え切らない心を、マルスは敏感に感じ取っていた。
(まいったな……これじゃ、あんまり無茶できないぞ。俺になんかあったら、エリシアが困る)
突然ゲームの中に転生して、半ば自暴自棄になっていた。生に対する執着を失っていたのかもしれない。
だから昨日のような、命をベットするような真似も平気でできた。むしろ、死んだら元の世界に帰れるのでは、なんて期待さえしていた。
(マルスが死んだら、エリシアはどうなる? 実家に戻れるのか? それとも、このまま辺境で……?)
どちらにしても明るい未来はないだろう。エリシアの前途は、マルス次第だと言ってもいい。
考えれば考えるほど、胸に重たい影が落ちる。
「そんな顔、するんですね」
「へ?」
「あなたはいつも軽口ばかりで、どうしようもない人間かと思ってました。けど、ちゃんと悩むんですね」
エリシアはふっと顔を背ける。また要らないことを言ってしまったと、唇をきゅっと引き結んでいた。
「まーね。見た目はチャラくても、繊細なんですよ俺。豆腐メンタルで有名だから」
「その割には図太いですけどね」
エリシアの口元がわずかに緩む。ほんの少し、頬も緩んでしまっているのを自覚して、慌てて表情を引き締めた。
二人の間に、風が吹くような沈黙が生まれる。
だがそれは気まずさではなく、互いの距離を測り直すための小さな間だった。
「配信。私も一緒にやります」
エリシアはふとフォローカムを見上げて呟く。
「え? ほんとに? いいの?」
「あなた一人じゃ機材もまともに扱えないでしょうし。それに……」
言いかけて、喉がつまる。口を閉じる。
視線を向けてくるマルスの眼差しに、心の奥が揺らされる。頬が熱い。逃げ場を探すように、わずかに唇を尖らせた。
「見てみたいんです。あなたが、どれだけ無茶して、どこまでバズるのか」
「……へぇ」
「な、なんですか。その顔」
「いやいや、感動してるんだって。俺、エリシアに応援されてる……気がする!」
「別に、応援なんてしてません。観察です。監視です。お世話する相手が勝手に死なれては困るので、仕方なくついていくだけです」
「はいはい、わかってます。ツンの中にちょびっとだけデレが混じってるの、俺は見逃さないからね」
「黙ってください。さっさと準備をして始めましょう」
言いながらも、彼女の耳朶はほんのり赤かった。
マルスはその背中を見つめ、そっと笑みを浮かべる。一人じゃない。そう思えるだけで、心の奥に灯がともった。
「よーし、いっちょバズらせてやりますか! 第二層、いってみようぜ!」
「あまり調子に乗らないように。死んだら元も子もありません」
「俺には、エリマルくんとエリシアがついてるから大丈夫!」
「その名前はやめてください」
二人の声は、薄暗いダンジョンによく通る。
(嬉しいな、マジで)
朗らかな笑顔の裏で、マルスの胸にはなお影が落ちていた。
(けど……このあたりで止めておかないと。一線を超えたら、もう戻れなくなる)
『聖愛のレガリア』に刻まれた運命――あるいは呪縛が、静かに彼の心を締めつけていた。




