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第23話 悪役貴族、ひとり行く

 陽が傾いた頃、マルスは一人アルヴェリスへと向かった。

 エリシアの帰りを待とうかとも思ったが、第二層から配信を開始することを考えて、早めの出発を決めたのだった。


(ま、あの感じじゃついてきてくれなさそうだしなぁ。しかたない。今日もしっかりバズって、見直してもらうか。「きゃーマルスさま素敵! 抱いて!」みたいな。ないか)


 アルヴェリス第二層の入口は、昨夜レッド・ガーゴイルと戦ったドームの先にあった。

 金属製の扉の前で、マルスは床に配信機材を並べ、黙々と準備を進める。


「えーっと、フォローカムを起動して……プレートと接続。あれ? 反応しないな」


 昨日はフォローカムが勝手に浮遊したのに、今は床に転がったままうんともすんとも言わない。プレートに接続完了の表示もない。


「どうやって起動するんだっけ? わかんね」


 なにせ初めて触る機材だ。スマホひとつで動画を作れた頃とは違う。


「プレートにカメラがついてたらなー」


 マルスはその場に仰向けになり、煤けた天井を見上げた。

 傍らに置いた鉄の棒が目に入ると、一抹の寂しさが去来する。


「エリマルくん……」


 溜息。


「やっぱり、エリシアがいないと気合が入んないわ」


 あの塩対応の、そっけないメイドの顔が脳裏に浮かぶ。

 むすっとした表情。冷たい目線。口を開けば皮肉の嵐。それなのに。


(あの子といると、なんか楽しいんだよなー。なんでだろ)


 仲良くなったわけでも、分かり合えたわけでもない。

 でも、不思議とあの空気が心地よかった。


「やべぇ。俺、メンタルが乙女すぎる」


 ひとり突っ込みながら、空笑いを漏らす。

 その時だった。固い床から伝わってくる、かすかな振動があった。

 すぐにそれが足音だと気付く。軽快なペースで徐々に近づいてくる響き。

 マルスは起き上がり、エリマルくんを握り締めた。


(敵か? ボス部屋を通ってくるモンスターはいないはずだけど)


 階層主エリアから次の階層までの通路は、いわゆるセーフゾーンだ。モンスターはポップしないし、入ってくることもない。それがゲーム内のお約束だった。


(まぁ、ゲームとはルールが違う可能性も……いや、これ人の足音だな)


 固い靴底の音。聞き覚えがある。

 通路の影から現れた人物に、マルスは一瞬目を疑った。

 メイド服の上から羽織ったマントを翻し、駆け寄ってくる少女。


「……エリシア?」


 思わず声が漏れる。

 ここまでずっと走ってきたのだろう。華奢な肩は大きく上下し、額には玉のような汗が浮かんでいる。彼女はマルスの前で止まると、膝に手をついて荒い息を整えていた。


「だいじょうぶ? 水飲む?」


 差し出された水筒をひったくると、エリシアはその中の水を一気に飲み干した。大きく息を吐き、乱れた髪を手早く耳にかける。


「なんでここに……どうしたの?」

「どうしたも、こうしたも、ありません」


 胸に手を当てて、息を整えるエリシア。


「どういうつもりですか。黙ってダンジョンに潜るなんて」

「え、ごめん。だって、いつ帰ってくるかわかんなかったし、エリシアは家で待ってるかなーって」

「これ! 忘れてましたよ」


 エリシアがマルスに突き出したのは、魔石が詰め込まれた布袋。


「あ……あーっ。バッテリーか! だからフォローカムが起動しなかったのか」


 凡ミスを自覚して、マルスは頭を叩いた。


「そんなことだろうと思いました。魔石もないのに動くわけないでしょう」


 呆れたように吐き捨てるその口調の裏に、どこか安心したような色があった。


「ありがと。わざわざ届けに来てくれたんだ?」

「ついでです。どうせ暇だったので」

「山菜採りは?」

「とっくに済ませました」


 エリシアはそっぽを向いたまま、膨らんだ感情を無理やり押し殺すように小さく息を吐いた。


「まったく……あなたという人は、機材の扱いもろくに分かっていないくせに一人で出て行って。そんなことでよくアカストドリームなんて口にできますね」

「なんか怒ってる?」

「呆れているだけです」


 言いながら、エリシアがフォローカムを拾い上げる。それに魔石を装填すると、赤く点灯してふわりと浮かび上がった。


「おお。なるほど、そうやって充電すんのね」

「昨日もやって見せたでしょう」

「そうだっけ?」

「ニワトリ以下ですね」


 肩を落とし吐き捨てたあとで、エリシアは沈黙する。

 マルスがきょとんとした表情で彼女を見上げると、エリシアは視線を逸らしたまま、ほんのわずか口元を引き結んだ。


「どうして置いていったんですか」

「え?」

「何も言わずに、ひとりで行くつもりだったんでしょう」


 言い終えたあと、エリシアは自分の発言が余計だったと気付いたかのように目を伏せた。責めるような口ぶりだったが、マルスには拗ねた子どものようにも見えた。


「あー、いや。エリシア、たぶん来てくんないだろうなって思って」


 マルスは愛想笑いを浮かべ、鉄の棒を肩に担ぎ直す。


「だって今朝の感じだと、もう関わりたくないですって雰囲気だったしさ。しかも昨日は俺が急に配信して巻き込んじゃったし。そりゃ、怒ってるよなって」

「別に、怒ってなどいません」


 エリシアはやや強めに言い返す。が、次の言葉は少し小さくなる。


「ただ、気にいらないんです」

「何が?」


 マルスが覗き込むように顔を寄せると、エリシアは咄嗟に半歩後ずさる。


「近い。下がってください」

「おっと、ごめん」


 仕方なく距離を戻しつつも、マルスは問いを重ねた。


「そんで? なにが気に入らないの?」

「なにって――私達は、パーティじゃなかったんですか……? 昨日、そう言ってたじゃないですか」

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