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第22話 悪役貴族、のメイドさん ②

(イヤだけど、イヤじゃなかった。これが、見られるっていうことなのかな)


 今まで味わったことのない不思議な感覚。

 自分の存在を――価値を、認めてもらえた気がした。

 視線を落とせば、沢の水面に自分の顔が映っている。

 昨夜の配信に映った自分と、同じ顔。


 コメントを思い出すたびに、胸がざわめく。

 癖のある小麦色の髪。ほんのりと焼けた肌。スミレ色の瞳。

 体つきは控えめながら、少女らしい丸みと柔らかさがある。


(……ほんとに、褒められるような見た目かな)


 頬に手を添えながら、そっと首を傾げる。


(そういえば、あの人もかわいいって言ってきたっけ)


 マルスの言動はいつも軽く、掴みどころがない。口を開けば冗談ばかり。飄々としていて、馴れ馴れしい少年。

 けれど、鉄の棒でレッド・ガーゴイルを倒したときの彼の背は――間違いなく、頼もしかった。


(評判とは全然ちがう。傲慢で横柄で、絵に描いたような悪党だって聞いてたのに)


 本当は、彼も演じているのだろうか。

 それとも、自分がただ騙されているだけ?


(わからない。けど、信用はしない)


 大罪を犯し、流刑になったのは事実なのだから。

 エリシアは辺りを見回し、人の気配がないことを確かめると、網袋とナイフを岩陰に置き、そっとブーツを脱いだ。

 白い足が冷たい沢水へと滑り込む。


「っ、つめた……」


 思わず声が漏れたが、すぐにその冷たさが、火照った肌に心地よく沁みこんでいく。

 裾をまくり上げ、膝を浸したまま、指先でそっと顔をなぞる。

 汗を拭い、濡れた髪を後ろへかき上げる。

 その所作には、どこか慎ましやかで、少女らしい美しさが滲んでいた。


 沢のせせらぎが、岩肌にそっと触れながら流れていく。木々の葉を渡る風が揺れ、鳥の声が高く響く。

 エリシアは髪をまとめ直し、胸元のリボンを整え、制服の汚れを丁寧にはたく。沢の水で濡らした手でうなじを撫で、ひんやりとした感触に目を細めた。

 いつも通り。いや、いつもより少しだけ、綺麗に。


 岩の上に置いたナイフを取る。ずしりと重たく、分厚い刃はただの山菜採りの道具ではなかった。

 何度も繰り返し見た、アカスト配信者達の映像が脳裏をよぎる。

 華やかに、凛々しく、時に泥臭く、ダンジョンを駆ける英雄達の軌跡。

 煌びやかに灯るエールフレアのエフェクトが、画面の向こうで眩く輝いていた。


(私も、あの光の中に立ってみたい)


 冷たい水で引き締まった身体。

 その胸の内には、確かな熱が灯っていた。


 エリシアがぼろ家に戻った時、そこにマルスの姿はなかった。

 フォローカムとプレート、あのふざけた名付けの鉄棒も、どこにも見当たらなかった。

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