第21話 悪役貴族、のメイドさん ①
森からの帰り道、清らかな沢のほとりでエリシアは足を止めた。
傾きかけた陽差しが、小麦色の髪をふわりと撫でる。汗ばんだ肌には涼しい風が心地よく、山の香りが鼻腔をくすぐる。
胸元に手を添え、小さく息をついた。
肩に提げた網袋には、採れたての山菜。
(これだけあれば、一日二日は持つはず)
エリシアの細い腰には、一振りのナイフが提げられている。刃渡り三十センチを優に超える重厚な一本。山野草を摘むにはいささか過剰な代物。山に入る前、村の鍛冶屋で購入したものだった。
(バカみたい。こんなものに資金を使っちゃうなんて)
自嘲気味に、唇の端がほんのわずかに動く。
マルスには山菜採りだと言って家を出た。鍛冶屋にはそれらしい笑顔を貼りつけて、護身用だと誤魔化した。
(でも……ダンジョンに潜るなら、最低限の武器は必要だから)
マルスの憎たらしい顔を思い浮かべると、胸の奥がそっと疼く。
軽薄で、無責任で、馬鹿みたいに前向きで。
昨日の配信。階層主との戦いを思い返す。
(怖くてたまらなかった。私、あんなにみっともなく逃げ出したのに)
彼は逃げなかった。
笑って軽口を飛ばしながら、真っすぐ前を向いていた。
飛び交うコメント。絶え間なく爆ぜるエールフレア。
十数万の視聴者が見守る中で、巨大なボス相手に一歩も退かず、討伐した。
その姿が、ほんのすこしだけ眩しかった。
(私も、見られてたな)
配信に映っていたのは、ただ巻き込まれただけのメイド。
けれど、心のどこかで求めていた非日常の熱が、エリシアの中でにくすぶっている。
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間の、脈打つ鼓動。
モンスターを前にした時の肌が粟立つような緊張感。
そして、リスナーの注目が自分に向けられた時の、あのくすぐったい感覚が、忘れられない。
(配信ができるなんて、思ってもみなかった)
幼い頃より、エリシアはずっと劣等感と共に生きてきた。
姉たちはみな才能に恵まれていて、それぞれの輝きを放っていた。
長女は聖国一のアカデミーを首席で卒業。王宮の政務官になった。
次女は父顔負けの商才を発揮し、家業を継ぐ準備を進めている。
三女はその剣の才能を買われ、聖国騎士団入りを目前に控えていた。
そしてエリシアは、何の才もない、空っぽの四女だった。
努力はした。勉強も商売も、剣の修練も。目利きの技術を身につけようと、本もたくさん読んだ。
でも追いつけなかった。姉たちの背は遠いままだった。唯一評価されたのは、誰でもできるような家事だけ。
姉たちは優しく接してくれたけれど、両親の目はいつも冷ややかだった。
やがて現実から逃げるように、アカストに耽溺していった。
(売られてもしかたない、しがない四女)
けれど、昨日は違った。
マナ・ネットで繋がった多くのリスナーが、自分を見てくれていた。
かわいいだの美少女メイドだの、怒涛の勢いで流れるコメント。思い出すだけで顔が熱くなる。




