第18話 悪役貴族、追放2日目 ①
翌日。
陽が高くなるまで眠っていたマルスは、寝室に鳴るノックの音で目を覚ました。
「起きていますか。寝ているのなら、いい加減に起きてください」
扉の向こうから聞こえるエリシアの声。そのぶっきらぼうな響きが、マルスの意識を覚醒させた。
だが、すぐに返事をする気にはなれなかった。固いベッドの上で朽ちかけた天井を見上げると、異世界に来てしまったことを痛感する。
「まだ、夢の中なのかな」
現実逃避の一言。
〝俺〟はかつての現実を、はるか遠く見失ってしまった。
いま目の前にあるのは、あくまでマルス・ヴィルの世界。
「ほんと……どうしてこんな奴に憑依しちまったかね」
自嘲気味に笑い、溜息を吐く。
そして、頬を叩いて気合を入れた。
今の自分には養うべき同居人がいるのだ。家族に売られ、それでも気丈に振る舞う健気な美少女メイドが。
「お昼ご飯、冷めますよ」
「すぐいくぅ!」
思いがけない言葉に気を良くしたマルスは、ベッドから跳ね起きて居間に向かう。
そこには、すでに配膳された質素な昼食と、食卓につくエリシアの姿があった。
「おはよ。エリシア」
「まったくお早くありません。冷める前に食べてください」
「待っててくれたんだ、食べるの」
「片付けが二度手間になりますから」
相変わらず素っ気ない。
とはいえ初対面の時に比べれば、ほんの少し棘が取れたように思えた。
「そういえばさ。昨日灯ってたエルフレ。あれっていつ俺らの懐に入るの?」
「しばらくは保留です。まだ収益化の承認が下りていませんので」
「ええ? 実際に投げ銭されてるのに?」
マルスは固いパンを紅茶に浸しながら、
「まさか、アカスト運営に持ってかれてるとかじゃないよな?」
「視聴者が灯したエールフレアは、一定期間保留されます。たしか、ひと月だったかと。その間に承認を得られなければ、手数料を差し引いた額が視聴者に返金される仕組みです」
「え、じゃあ俺らの取り分は?」
「いまのところ、ありません」
「えぇ……」
エリシアは野菜くずのスープを啜り、ほっと息を吐く。
「収益化の承認を得るには、継続的な評価が必要です。視聴者の支持、再生数、エルフレの総額。貢献度や攻略スコアは特に重視されるようですから、一度の配信でバズったくらいで収益化はされないでしょう」
「まずいじゃん」
「まずいです。飢え死にまっしぐらです」
「ダンジョンで手に入るアイテムを売るとかどう? 珍しいものいっぱいありそうじゃん」
「販路をお持ちであればそれもいいでしょう」
「……ないな」
物があっても需要がなければ意味がない。
この辺境で生きるためには、兎にも角にもお金が必要だ。
村の住人に支援を求めることもできるが、罪人として送られてきたマルスを助けてくれる者がいるとは思えない。
「やっぱり、俺らには配信しかないんだな。よし、エリシア」
「はい」
「こうなったら――二人で力を合わせて、アカストドリーム掴み取ろうぜ!」
拳を掲げ、朗らかに宣言する。
だが次の瞬間、ぴたりと空気が冷えた。
エリシアは黙ってスプーンを置くと、静かに紅茶に口をつけた。視線はマルスを見ず、カップの縁にそっと落とされている。その姿勢だけで、言葉よりも多くを語っていた。
「そういう軽率な発言は、控えていただけますか」
柔らかさの欠片もない、低温で整った声。
「えっ、ダメだった?」
「力を合わせて、などという言葉を安易に口にされては困ります。私はあなたの夢を共有する立場にはありません。そもそも、私は契約によってここにいるだけであって、仲間でも同志でも、ましてや友人でもありません」
「うおぉ……フレイムボルト突き刺さったわ今」
胸を押さえて大げさにうめくマルスを一瞥し、エリシアはすっと呼吸を整える。
「とはいえ。あなたが配信で成果を上げ、安定した収入を得てくださるなら、私にとっても悪いことではありません」
「おや?」
マルスの顔にニッコリ笑顔が生まれる。




