表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/34

第17話 悪役貴族、配信を学ぶ

「あれは、エールフレアです」

「エールフレア?」


 マルスは目を輝かせて聞き返した。純粋な興味と、どこか無邪気な好奇心が滲む。


「アルカナ・ストリームにおける、いわば投げ銭のような機能です。俗に『灯す』と言われ、視聴者が感動したり応援したいと感じたりした時に贈られます。リアルタイムで可視化される仕様なので、配信中にも大きな演出効果があります」

「なるほど、じゃあ……あのパンパン鳴ってたのは、誰かが投げ銭してくれたってことか」

「正確には、課金してエールフレアを灯した、ということになります。視聴者のエモーションを視覚的に届けるもので、大小さまざまな種類があり、それぞれに価格帯や演出効果が異なります」


 エリシアはその仕組みを丁寧に説明した。その語り口はいつもより早口で、感情を抑え込んでいるようでもあった。


「それにしても、あんなにバンバン飛ぶもんなの?」


 マルスは笑いながらプレートの画面を指差した。アーカイブ映像では、ボスの攻撃を回避した瞬間や、生存確認されたシーンで、まるで花火のように光の粒が飛び交っている。


「あなたの配信が、視聴者の心を捉えたということでしょう。特に初配信であれだけのリアクションが得られるのは……極めて稀なケースです」

「まじか……嬉しいもんだね。努力が評価されるってのは」


 プレートを掲げるマルスの表情には、少しの照れと、どこか寂しさが混じっていた。

 エリシアはその様子を見て、ふと表情をやわらげる。それを自覚するとすぐにいつもの顔つきに戻った。


「アカストには複数の評価基準が存在します。単なる人気や再生数だけではなく、配信者の貢献度も評価の対象となるのです」

「貢献度って?」

「ええ。例えば、どれだけ多くの視聴者を楽しませたか、配信内容が社会に対してどのような影響を与えたか。さらには、攻略スコアも重要です」


 そこで言葉を一拍置いて、エリシアはまっすぐマルスを見つめた。


「攻略スコア?」

「ダンジョン攻略の進捗も、重要な評価項目なんです」

「そんなことまで」

「アカストは娯楽でありながら、同時に聖国のダンジョン攻略進度と密接に連動しています。アカスト配信は、その内容が他の探索者たちの指針となる場合も多いのです」

「なるほどね。情報の共有ってわけか」

「ダンジョン内の構造、敵の動き、ギミックの回避方法。そうした情報の提示や、視聴者が実際に参考にできるような動き――それらは、ギルドにとっても価値があります。スコアが高ければ探索者としての公式評価にも加点されますし、報奨や特別許可の取得にも影響します。だからこそ、ただの人気取りや見せ場狙いの配信ではなく、実際にダンジョンに潜り、成果をあげることが重視されるのです」

「はぇ~。ただのエンタメじゃダメなんだな」

「いくら盛り上がっても、単なる見せ物で終われば評価は伸び悩みます」

「今日の配信はどうだったかな? エンタメ要素を強く押し出した感はあったけど」

「わかりません。攻略スコアを判断するのはダンジョン・ギルドですから。しばらくすれば、アーカイブのスコアが解析されるはずです。それを待つしかありませんね」


 エリシアは言葉を切り、ゆっくりとカップを置いた。


「その、ギルドっていうのはなんなの?」

「ダンジョン・ギルド。聖国のダンジョンを管理する聖王陛下直轄の団体です。ダンジョンの現況を確認したり、ダンジョンやモンスターの危険度を設定したり。役割は多岐にわたります」

「へぇ。そんなのあるんだ」

「今日の調子で配信を続けていけば……いずれギルドや、アカスト運営の目にも留まるでしょう。他の配信者にとっても、あなたは放っておけない存在になる可能性がある。素性も含めて」


 エリシアはそう言って、テーブルの上に視線を落とした。彼女の口元は、わずかに笑っているようにも見えた。


「なにその口ぶり。ちょっと誇らしげ?」


 マルスは肩をすくめて、苦笑混じりに言った。


「収入が安定すれば、私も贅沢できますから」

「確かにそうだ。よーし任せとけ。宝石でもドレスでも、でっかい屋敷でも。なんでも買ってあげるからな」

「そんなもの……いえ、楽しみにしておきます」


 エリシアの口調は固かったが、その目元にはどこか期待するような色があった。

 マルスはそんな彼女の内心に気づいていたが、あえて拾わずに話題を逸らす。


「複雑なことはともかく、配信ってのは奥が深いんだな。エールフレアとか、攻略スコアとか、まるで……ゲームみたいだ」

「ええ。まるで」


 エリシアは同意したが、マルスは複雑な思いだった。

 ――まるでゲームみたい。

 その言葉が、まさにこの世界の本質に触れているとは、彼女はまだ知らない。


 夜は更けていく。

 月明かりの差すボロ家で、二人の距離は近づいたようで、まだ遠かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ