第17話 悪役貴族、配信を学ぶ
「あれは、エールフレアです」
「エールフレア?」
マルスは目を輝かせて聞き返した。純粋な興味と、どこか無邪気な好奇心が滲む。
「アルカナ・ストリームにおける、いわば投げ銭のような機能です。俗に『灯す』と言われ、視聴者が感動したり応援したいと感じたりした時に贈られます。リアルタイムで可視化される仕様なので、配信中にも大きな演出効果があります」
「なるほど、じゃあ……あのパンパン鳴ってたのは、誰かが投げ銭してくれたってことか」
「正確には、課金してエールフレアを灯した、ということになります。視聴者のエモーションを視覚的に届けるもので、大小さまざまな種類があり、それぞれに価格帯や演出効果が異なります」
エリシアはその仕組みを丁寧に説明した。その語り口はいつもより早口で、感情を抑え込んでいるようでもあった。
「それにしても、あんなにバンバン飛ぶもんなの?」
マルスは笑いながらプレートの画面を指差した。アーカイブ映像では、ボスの攻撃を回避した瞬間や、生存確認されたシーンで、まるで花火のように光の粒が飛び交っている。
「あなたの配信が、視聴者の心を捉えたということでしょう。特に初配信であれだけのリアクションが得られるのは……極めて稀なケースです」
「まじか……嬉しいもんだね。努力が評価されるってのは」
プレートを掲げるマルスの表情には、少しの照れと、どこか寂しさが混じっていた。
エリシアはその様子を見て、ふと表情をやわらげる。それを自覚するとすぐにいつもの顔つきに戻った。
「アカストには複数の評価基準が存在します。単なる人気や再生数だけではなく、配信者の貢献度も評価の対象となるのです」
「貢献度って?」
「ええ。例えば、どれだけ多くの視聴者を楽しませたか、配信内容が社会に対してどのような影響を与えたか。さらには、攻略スコアも重要です」
そこで言葉を一拍置いて、エリシアはまっすぐマルスを見つめた。
「攻略スコア?」
「ダンジョン攻略の進捗も、重要な評価項目なんです」
「そんなことまで」
「アカストは娯楽でありながら、同時に聖国のダンジョン攻略進度と密接に連動しています。アカスト配信は、その内容が他の探索者たちの指針となる場合も多いのです」
「なるほどね。情報の共有ってわけか」
「ダンジョン内の構造、敵の動き、ギミックの回避方法。そうした情報の提示や、視聴者が実際に参考にできるような動き――それらは、ギルドにとっても価値があります。スコアが高ければ探索者としての公式評価にも加点されますし、報奨や特別許可の取得にも影響します。だからこそ、ただの人気取りや見せ場狙いの配信ではなく、実際にダンジョンに潜り、成果をあげることが重視されるのです」
「はぇ~。ただのエンタメじゃダメなんだな」
「いくら盛り上がっても、単なる見せ物で終われば評価は伸び悩みます」
「今日の配信はどうだったかな? エンタメ要素を強く押し出した感はあったけど」
「わかりません。攻略スコアを判断するのはダンジョン・ギルドですから。しばらくすれば、アーカイブのスコアが解析されるはずです。それを待つしかありませんね」
エリシアは言葉を切り、ゆっくりとカップを置いた。
「その、ギルドっていうのはなんなの?」
「ダンジョン・ギルド。聖国のダンジョンを管理する聖王陛下直轄の団体です。ダンジョンの現況を確認したり、ダンジョンやモンスターの危険度を設定したり。役割は多岐にわたります」
「へぇ。そんなのあるんだ」
「今日の調子で配信を続けていけば……いずれギルドや、アカスト運営の目にも留まるでしょう。他の配信者にとっても、あなたは放っておけない存在になる可能性がある。素性も含めて」
エリシアはそう言って、テーブルの上に視線を落とした。彼女の口元は、わずかに笑っているようにも見えた。
「なにその口ぶり。ちょっと誇らしげ?」
マルスは肩をすくめて、苦笑混じりに言った。
「収入が安定すれば、私も贅沢できますから」
「確かにそうだ。よーし任せとけ。宝石でもドレスでも、でっかい屋敷でも。なんでも買ってあげるからな」
「そんなもの……いえ、楽しみにしておきます」
エリシアの口調は固かったが、その目元にはどこか期待するような色があった。
マルスはそんな彼女の内心に気づいていたが、あえて拾わずに話題を逸らす。
「複雑なことはともかく、配信ってのは奥が深いんだな。エールフレアとか、攻略スコアとか、まるで……ゲームみたいだ」
「ええ。まるで」
エリシアは同意したが、マルスは複雑な思いだった。
――まるでゲームみたい。
その言葉が、まさにこの世界の本質に触れているとは、彼女はまだ知らない。
夜は更けていく。
月明かりの差すボロ家で、二人の距離は近づいたようで、まだ遠かった。




