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68.5

 カノルーヴァ領の最も南側に位置する街、トードンロンの視察も大詰め。

 街長まちおさとの会議もほとんど問題なく終わったし、税収にも不審な動きはなく、今年の結婚式も無事に終わった。

 領主立ち合いの元でないと結婚式を上げられないのは近いうちに改善した方がいいだろう。グラベイン内では貴族立ち合いのもと結婚するのが主流だが、年に一回しかチャンスがない。こっちもこっちであちこち周るのは大変だし、僕なんかが立ち会ったら仲のいい夫婦でも、思い出に残したくない結婚式になってしまうだろう。


 ――結婚式、か。


 そういえば、僕とロディナは結婚式を上げていない。まあ、結婚式を上げる貴族はそう多くないが。

 平民の、愛を確かめあう結婚式とは違って、貴族の結婚式は家とのつながりを外にアピールする意味合いが強い。

 王族であればそれこそ国を上げて祭りになるが、グラベインの貴族は情勢が悪くなると連座を恐れて離縁することが珍しくないので、体裁を考えて式を上げないことが多い。大々的に結婚式をしてしまうと離縁しづらくなるのだ。


 しかし、彼女も平民出身なので、結婚式には憧れがあるのではないだろうか。……どうだろう……。

 結婚式の費用がもったいない、くらいなことは言いそうなものだが、流石のロディナでもやってみたいものではないのか?

 いやでも、結婚式について何も言及してこないあたり、本当に興味がないのかもしれない……。彼女のことだ、全く否定が出来ない。

 僕の勝手な妄想になるが、「ディルミックなんかと気持ち悪くて結婚式をあげられない」と言うロディナよりも「そんなにお金かけるんですか!? それはちょっと……」と言うロディナの方が想像できる。ただの願望でもあるが。


「――っと、すまない」


 そんなことを考えながら歩いていたからか、道行く人と肩をぶつけそうになる。護衛のハンベルがスッと間に割って入ったので、僕自身はぶつからないものの、ハンベルと通行人の男の肩がぶつかる。ぶつかった男は舌打ちをし、謝りもせず去っていく。

 貴族相手とは到底思えない態度。


 まあ、それも仕方あるまい。今はお忍び中なので、僕自身、平民の格好をしている。仮面は外し、フードや眼鏡、包帯等で誤魔化してはいるが、僕の醜さは隠しきれていないのだろう。僕が言うのもおこがましいが、ハンベルも、そう整った顔ではない。変装はしても、僕ほど顔を隠す必要がないのだが。

 とはいえ、つまりは醜い男二人組、というわけで。白い目で見られてもおかしくはない。


 ……早く彼女の元へ帰りたい。カノルーヴァの屋敷にいるであろう彼女に思いをはせ、ふと思いつく。


 ――そうだ、何か土産を買っていくか?

 折角トードンロンにまで来たのだから、何か買っていってもおかしくはあるまい。


 彼女が金以外で好きと言えば……茶か。

 でも、流石にマルルセーヌ人に茶葉を送るのは緊張する。彼女と会って、マルルセーヌ人の茶好きは噂以上だと実感した。あれだけこだわりがある人間相手に、茶葉を渡すのはいかがなものだろうか。小遣いを渡しているわけだし、それで自由に好きな茶葉を買うはずだ。


 かといって、茶器もよく分からない。僕としては、ティーポットとティーカップがあればいいんじゃないのか? と思うのだが、僕に茶を淹れてくれたとき、ロディナはあれこれ道具を使っていた。それにもやっぱり、こだわりがあるのだろう。


 ――茶の関連道具は諦めるか。

 僕にはまだ、彼女に茶を送るだけの知識がない。


 となれば――何かグラベイン文字の勉強をする助けになるものを送るか。本、とか。教本は何冊か送ったが、読書をするような本はまだ送っていない。書庫を自由に使っていいとは言ったが、あそこにある本はそう簡単に読めるものがほぼない。子供向けの本とか、悪くないんじゃないだろうか。


 僕は、ある程度街を見て回ったら、本屋へ足を運ぼうと、決めたのだった。

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