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――平和だなあ。
わたしは自室で、青い空を遠い目で見ていた。机に積まれた参考書の山など、目に入らない。入らないったら、入らないのだ。
パーティーを無事に乗り越えて一週間。旅の疲れも取れた頃、義叔母様にグラベイン文字を教わる運びとなった。
やっとである。ようやくあの一目惚れした便箋を使うための機会が周ってきた、と思ったのだが。
義叔母様は義叔母様だった。こちらからの要求は手紙が書けるようになること、簡単に本が読めるようになること、その程度の読み書きが出来るようになりたい、というもののはずだったのだが、最終的には専門書でも読み解くのかというレベルの勢いで勉強を教わることになってしまった。どうして……。
前回、貴族のマナーや常識を教えて貰うとき、かなり頑張ってしまったのがまずかったのか、義叔母様の中でわたしは、多少無理をさせても頑張る子、という認識になってしまったらしい。
いや、あのときは覚えないとまずい、という必死の思いで頑張ったが、こちらはどちらかというと暇つぶしの為の技術習得なので、そこまで必死にはなれない。
確かに早く文字を覚えられるのはいいことではあるのだが、もう少しゆっくりと出来ないものだろうか……。
とはいえ、義叔母様も暇人というわけではなさそうなので、面倒を見てもらっている立場からすれば文句を言いにくい。教えてもらえるのがありがたいのは事実なのだから。
「――お茶でも淹れるか」
初日からぶっとび過ぎな勉強スケジュールに、わたしは本格的に現実逃避を始める。
まあ、何もこの参考書を今日中に終わらせろ、というわけではない。五日後にまた来てくれる義叔母様からの宿題なので、五日後までに終わっていればいいのである。
余談だが、義叔母様はここの屋敷から馬車で半日程度のお隣の領地に嫁いでいるらしい。パーティーの時は、本館に泊まって貰って、ほぼ毎日教育してもらった。
今回は急ぎでないので、定期的に義叔母様に来てもらって、一泊二日で教えてもらい、宿題を出してもらってまた次回、というスケジュールになる。
なので、一回あたりの宿題が多いのはまあ、理解出来るのだが。
今は英語で言えばアルファベットを覚えた、というレベルの習得度なので、もう少し優しくして欲しい……。今書けるのはわたしの名前とディルミックの名前くらいの物だ。読むのはなんとなくで読めるので、そこそこの単語は分かるのだが。予想通り、書くより読む方が早く習得しそうだ。
やっぱりペースを少し落としてもらおうかな……。
でも、今丁度ディルミックが屋敷にいないので、こっそり練習して驚かせたい気持ちもある。
そう、今ディルミックは視察に出かけていて、三週間ほど戻ってこない。
こちらに来てからずっとディルミックが一緒にいたので、さみしいと言えばさみしいのだが……。
――ガッシャーン!
廊下で派手に何かを落とした様な音が聞こえてくる。少し遅れて、「チェシカー!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
屋敷が騒がし――賑やかなので、さみしさもまぎれるのである。




