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59.5

「ふ、く……はははっ!」


 まさかのタイミングで鳴った彼女の腹に、思わず笑いがこみあげてきた。仮面が揺れる。

 僕は慌てて仮面を抑えるも、笑いを押し殺すことが出来なかった。まさか、こんなタイミングで鳴るとは。彼女の腹は随分と素直らしい。


「し、仕方ないじゃないですか! 無事に終わって安心して……しかも昼過ぎから何も食べてない!」


 慌ただしく訂正する彼女がまた面白くて、僕は笑いを堪えるのに失敗して、喉をくくっと鳴らしてしまった。


「わ、分かっている。すまない……ははっ」


 コルセットを絞める彼女は、随分と昼食を抑え気味にしていたようだ。それは分かっているのだが、食べ物の話をしているときに腹が鳴ってしまうというタイミングの良さに、どうにも笑いがこみあげてしまった。

 こんなにも、素直に笑うのはいつぶりだろうか。彼女が来てから、随分と僕の生活も変わったように思う。まだ、たった三か月なのに。


「あーもー……いっそ、もう、仮面外して盛大に笑えばいいじゃないですか」


 拗ねたように彼女は言う。その言葉に、僕はぎくりとする。まさかそこまで言われるとは思っていなかった。


「……すまない、怒ったか?」


「えっ、いや、ちょっとムッとしたにはしましたけど、そんな本気で謝らなくても」


 別に怒ってないです、と彼女は言う。僕に顔を晒せと言ったくせに。

 彼女自身、少し困惑したような素振りを見せたが、すぐにはっとしたような顔をする。


「別に、外したくなかったら外さなくていいです。ただ、仮面抑えたままだと、笑いにくそうだなって」


 好きにすればいいんですよ、と彼女は言った。


 ――好きに、か。


 仮面をつけるようになった頃、第三王子にも言われたことがある。あの頃から、彼は既に美醜差別に違和感を抱いていたようで、何度か、「仮面なんて付けるな、貴公はもっと好きに生きていい。顔で人を判断するなど、間違っている」と言われたことがある。

 しかし、僕はそんな王子に反発心しかなく、彼の言う通りに仮面を外すことは、今までなかった。例外的に、食事をするときと寝るときだけは、外すが。


 でも、ロディナの言葉なら、素直に外してもいいかもしれない、と思えてしまうのだから不思議だ。流石にこの顔面を他人に見せるのは忍びないし、かの魔王に似ているとバレたら一大事なので、いつどこでも外すわけにはいかないが。

 それでも、食事と就寝のとき以外――彼女と二人きりの今なら、外してもいいのだろうかと、少しだけ思っている自分がいる。

 ロディナの言葉が心地よく感じて、王子の言葉が受け入れられないのはどうしてだろうか。

 僕なんか足元に及ばないくらい、彼が美しいからか。でも、ロディナだって、王子程、美しいと絶賛される見た目ではないが、可愛らしい方だと思う。少なくとも、顔面だけで言えば、僕なんか釣り合わない。


 それでも、彼女の言葉は、信じようと――信じてみたいと、思うのだった。

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