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 茶葉の蒸らしが終わったお茶をサーブ用のポットに移す。茶器はわたしが初任給で買った、マルルセーヌから持ってきたものだ。嫁入り道具として一番人気があるのはやはり茶器一式だが、わたしにそれはない。

 親しんで一番お茶を飲んできた、相棒たちといっても差し支えない茶器だ。まあ、安物なので、貴族のディルミックには合わないと思うけれど。もっといいやつ使ってそう。


「――どうぞ」


 ディルミックの前に、紅茶の入ったティーカップを置く。わたしもディルミックの対面に座る。


「……何か作法が?」


 ちら、と彼がこちらを見る。貴族らしい質問だ。


「基本的にはありません。でも、美味しければ美味しい、まずいならまずいとハッキリ言うのがマナー……というか、暗黙の了解でしょうか」


 お茶の席で、相手のお茶がまずかったとき、当たり障りない言葉で言うのはあんまり好まれない。そりゃあ、いくらまずくともボロクソに言うのは流石に嫌われるが。

 まずいのに、ハッキリ言わず言葉を濁すのは、相手と二度とお茶をする機会がないような場合だけである。友人関係なら勿論、恋人や夫婦、家族という特別な関係なら、なおさらハッキリ言う方が好まれるのだ。『次』がない席で適当に誤魔化すのだから、ハッキリ言えば『次』があるということになるので。

 相手の好きなお茶を淹れられてこそ一人前のマルルセーヌ人なのだ。


「そうか」


 そう言葉をこぼし、ディルミックがカップに口をつける。思わずその姿に見入ってしまった。

 緊張する。

 手順は間違えなかったし、茶葉も買ったばかりのものだから、香りが悪いわけがない。気に入ってもらえるかどうかは、もはや好みの問題ではあるのだが。


「――確かに、普段飲んでいるものよりは癖が強いな。だが、嫌いじゃない」


 ディルミックの口元が、少し緩んだ。


「美味しいよ、ロディナ」


 その様子に、飲もうと思っていた手が止まる。

 彼の、ディルミックの笑ったところを、初めて見たかもしれない。

 いつもは無表情で、たまに表情が変わったかと思えば、むすっと考え事をしているか、慌てたように怒るか、自信なさげに眉尻を下げているか。大体そんな感じだ。

 無意識なのかは分からないが、ほんの少し、緩く笑ってくれた表情は、本当に美しい。

 これが醜男と評価されるのか、この世界では。

 もったいない――というか、普通に損失だと思う。世界的損失。


「――ロディナ?」


 彼の表情が、いつものものに戻る。ちょっともったいないと思いながらも、見惚れていたことに気がつかれない様に、「なんでもないです、美味しかったならなによりです」と誤魔化し、わたしもお茶を飲んだ。

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