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「いや無理やん」


 正直に言えばお菓子作りをナメていた。料理と違って、ざっくり材料を知っていればどうにかなるものではなかった。

 厨房の片隅を借りて、クッキーを作ってみたのだが、どれもこれも悲惨な結果である。

 食べられるか食べられないかで聞かれれば、まあ食べられる範囲だと思う。生焼けじゃないし、下手にアレンジをしていないので、口に入れた瞬間吐き出したくなるような味はしない。

 ただ、おいしいかどうかで聞かれれば、圧倒的にまずい。砂糖を入れすぎたのか妙にくどい甘さに加えて、ぼそぼそしている。

 レシピどころの話ではない。


「あらぁ、ヤダ、奥様。なんですか、これ」


 わたしが一人打ちひしがれている横で、ひょっこりと覗き込んできたのは料理長のベルトーニだ。ガタイがとてもいい、オネエさんなお方である。

 離れの厨房にはベルトーニと、もう一人寡黙な料理人の二人しかいない。もう一人の方は昼食の仕込みをしているらしく、こちらを一瞥することもない。


「……わたしの慢心の慣れの果て」


 口が裂けてもクッキーだとは言えなかった。お菓子文化がないこの国で、これがスタンダードなクッキーだと思われても困る。

 もうレシピは諦めるか? ここまで悲惨だとは思わなかった。何回かチャレンジすれば形になると思っていたのだが、あと何十回やっても正解にたどり着ける気がしない。


「ベルトーニ、貴方、お菓子作れないの?」


「お菓子? 実物を食べれば近いものはつくれると思うわよ」


 ベルトーニは言い切る。料理人としてのプライドだろうか、作れないとは言わない。

 しかし、実物か……。


「実物がないから困ってるんだってば」


「奥様、甘いものが好きなの? 明日の朝食はミレッグトーストにしましょうか?」


「違うわ、わたしが食べたいんじゃないの。お茶請けに必要なの」


 もはやレシピは諦めるしかない。しかし、お茶会を開くとして、お茶請けがないのはあり得ない。ご飯を出されてカトラリーが出ないレベルであり得ない。ちなみにミレッグトーストとは、ミルクエッグトーストが言いやすく変化したもので、簡単に言えばこの世界のフレンチトーストである。


「お茶請け? お茶だけじゃダメなの?」


「駄目よ! 他人にふるまうお茶にお茶請けを出さないのが許されるなんて、五歳児までだわ!」


 お金稼ぎができないと諦めたら、マルルセーヌ人としてのわたしが顔を出す。

 マルルセーヌ人はお茶をこよなく愛している。わたし程度のこだわりは可愛いもの、というか当たり前の部類で、ヤバい人になると、ホームレスになって家を失っても茶器だけは手放さないし、ティーポットを抱えたまま飢え死にする人までいる。これは流石に極端な例ではあるが、ただの冗談ではなく実在するレベルに、マルルセーヌ人の文化と生活にはお茶が密着している。


 そんなだから、お茶請け菓子もたくさんある。そこら中にお菓子屋があって、お菓子作りが苦手な人でも安価でお菓子が手に入る様になっているのだ。

 だからこそ、お菓子作りが向いてない、と少しでも思ってしまえば、すぐに市販のものを買える環境にいるので、作れない人間は作れないまま成長していく。


 まさにわたしがそうだ。


「マルルセーヌに一度買いに行けたらいいんだけど」


「行けばいいじゃない」


「駄目よ。わたし、まだこっちに来て一週間も経ってないのよ。カノルヴァーレに行くときですらディルミックが心配したんだから、マルルセーヌに行くなんて、言えるわけないし」


 わたしの住む村とカノルーヴァ領の距離はさほど遠くないが、それでもある程度日数はかかるし、何より彼の領地じゃない。

 わたしが逃げ出さないと確信するまで、わたしはこの領地を出ないつもりだ。……契約では『許可なく領地を出ないこと』となっていたので、許可があれば領地の外へ行けるはず。いつ、彼に信用してもらえるか、分からないけれど。

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