エリーが教える手に入れたもの
「おい姉貴、風呂空いたから入ってこいよ」
夜、今日は珍しく綾辻から休みでいいとのありがたい連絡をもらっており、俺はゆっくりと風呂に浸かった後のことである。
たぶん赤点なんて許さねーから勉強しろということだろうけども、正直騎士長との戦いで身体が未だにボロボロなのでありがたい話だ。
「りんたろー、あんた結局ゴールデンウィークなにしてたのよ」
「色々だよ、色々」
姉貴からの追及を適当に躱しながら俺は自分の部屋に引っ込んだ。綾辻が具体的にどんな内容で家族を丸め込んだのかは知らないので、迂闊なことは言えん。一応お国の仕事だということにはなっているけど、それでよく公欠まで説明出来たな。
そんなことを思いながら勉強しようと椅子に座ると、丁度携帯に連絡が来ていた。
「‥‥」
そこに表示された名前は、『エリー』。
決して怪しげな出会い系サイトから送られてきたスパムメールではない。
俺の知り合いに、カタカナ表記で登録するような人間は一人だけだ。
言わずもがな、仕事を共にした遊里・フォード・エリシアの愛称である。
どうしてこうなったかと言えば、それは仕事も全て終わり、ホテルを引き払った時のことだった。
エリシアはわざわざ俺と三神を駅まで見送りに来てくれたのだった。
そして、三神がトイレに行った時、少しの間だが二人きりになる時間があった。
隣に立ったエリシアが、どこか所在なさげな様子で髪をクルクルと弄る。どうでもいいけど、こいつの赤髪って普通に生活してたら滅茶苦茶目立つよな、スキー場とか、絶対見失わなそう。
「ねえ凛太郎、あんたは正式に守り人になるつもりはないのよね」
そんなことを考えていたら、エリシアが話しかけてきた。
んーむ。
「今のところは、まだ分かんねーな。どんな職につくかなんて考えたことなかったし」
「そう‥‥」
「それがどうかしたのか?」
「ううん、でもあれよね。一応今回の件で日々乃たちの手伝いを正式にするようになったら、これからも会う機会はあるわけよね」
それは、確かにあるかもしれない。俺としては綾辻たちの手伝いだけ出来ればいいのだが、あいつらとて陵星高校の仕事だけしてればいいというわけではあるまい。
今回の様に遠征する機会があれば、もしかしたらエリシアと会うことだってあるだろう。
「そりゃまあ、そうかもしれんな」
「じゃ、じゃあこれ」
そう言ってエリシアが差し出してきたのは、赤い携帯だった。君、赤好きね。
「で、なんだ? これをどうしろと?」
現役女子高生‥‥だよな、たぶん。そんなJKに携帯のことで教えてやれるようなことはないぞ。
すると、エリシアは顔を真っ赤にさせて、今にも噛みつかんばかりの形相で言った。
「なんだじゃないわよ! 普通こういう時は連絡先を交換するもんでしょ! 馬鹿!?」
「お、おう」
それはその、なんだ。俺が馬鹿ですね。普段連絡先の交換を求められるようなことがないから、完全に失念してた。
「じゃ、じゃあ」
今にも蒸気が出そうなエリシアと、連絡先を交換する。今現在俺の携帯電話には咲良、綾辻、三神、エリシアと女子の連絡先が入っているわけだが、恐ろしいことにリア充の携帯みたいになってしまった。絶対数が違うから別物ですね、はい。
「ちょっと貸して」
そんなことを思っていると、エリシアが俺の携帯をひったくる。
携帯だからまだよかった。そこにはエロサイトがお気に入り登録されているくらいで、画像フォルダにエロ画像は入っていない。
それでも個人情報の塊を人の手に渡しているっていう状況がなんとなく落ち着かないな。例えるならばそう、自分の最も大事なところを無防備に曝け出しているような感覚だ。勿論下ネタである。
「はい!」
どうでもいいことを考えていたら、エリシアが語気強めに俺の携帯を返して来た。なんだ、一体俺の携帯は何をされてしまったんだ?
と思って画面を見れば、そこにはエリシアの連絡先と、『エリー』という名前が表示されていた。どうやら名称を変更していたらしい。
「‥‥これは?」
「ち、違うわよ! 今回はあんたに世話になったし、またこれから会う機会もあるかもしれないから」
「成程?」
いやごめん、それとエリー呼びとの関係性がさっぱり分からん。それともイケメンはここでその真意を汲み取れるの? そりゃモテますわ。
「そ、その」
「おお、どうした」
エリシアの異国の血が入っていなければあり得ないような白い肌は、赤い髪に負けず劣らず真っ赤に染まっていた。
人間ってこんなに赤くなるもんなんだな、そんなしょうもない考えが頭を過ぎった。
「この愛称は、昔、家族に呼ばれたの‥‥」
「‥‥そうか」
その言葉に、俺は少なからず衝撃を覚えた。
あの時神殿の一室で語った過去。それはエリシアにとって忘れがたい傷のはずだ。そう簡単に割り切れるようなもんじゃない。
なのに、ここでその時の愛称を出すというのは、どういうことだ?
エリシアは俺の目を見て、紅潮したまま、真剣な声で言った。
「別に、家族のことを吹っ切れたわけじゃないの。まだ、思い出すだけで胸がよじれる気分よ」
「じゃあなんで」
「でも、それでもあんたに使って欲しい。そう思ったんだから仕方ないでしょ」
その言葉には、真摯な思いがあった。
それだけの決意を持って言われたのでは致し方もない。俺も恥ずかしさを我慢してエリーと呼ぶようにしよう。
「そう言うことなら分かった。え、えええエリー」
「なんでそんなに震えてんのよ」
いや震えますよね? だって俺女の子のこと愛称で呼ぶことなんてしたことないぞ。これは慣れるまでに時間がかかりそうだ。
「それじゃ、ちゃんとメール返しなさいよ凛太郎」
「わーったよ、エリー」
ニッ、と笑みを浮かべたエリーを見て、俺はこれも悪くないなと思った。
とまあ、そんなことがあったわけである。とはいえエリー呼びは未だに慣れない。その内慣れることを期待しよう。
それ以降毎日しっかりメールが来る当たり、あいつ意外と筆まめなんだが、こんな時間になんじゃんらほい。
『久しぶり、今日はほとんどアウターが出てこなくて不完全燃焼( `―´)ノ』
あー、あいつも学校に通いながら戦ったりしてるのかね。流石に陵星高校みたいに高校その物が異界化するってことは特別だろうけど。
『俺は今日はお休みだ。アウターが出ないならそれに越したことはないだろ』
これでよし、と。
送った瞬間に返信が来た。いやはえーわ。レスポンス早めな意識高い系なの?
『それとこれとは話が別でしょ!』
何がどう別なんだ、何が。
『仕事に積極的なのはいいが、無理せんようにな』
送信、と。
返信のバイブ。
いや、早いっす。
『当然でしょ、凛太郎も無茶すんじゃないわよ』
お、おお。なんだろう、俺女の子とメールしてるんだなあ。
まさか俺の人生でこんなことがあろうとは。
もし中学生までの俺なら、きっとこの女は俺が好きに違いない! と勘違いしたところだが、今の俺ならば分かる。
これはあれだ、ぼっちだ。エリシアは話を聞く限りでは俺に引けを取らないぼっちである。ぼっちのプロだ。
そりゃ同じような仲間を見つけたらメールだってしたくなるだろう。
なんだか微笑ましいよ僕は。こんな俺でよければ、いくらだって付き合おうじゃないか。
それから暫くエリーの愚痴やらなんやらを聞きながら勉強していたら、気付けば夜も随分更けていた。
駄目だな、守り人の仕事のせいで身体が夜型になりつつある。学校はともかく、文芸部の活動では寝ないようにしないとな。
エリーの方も仕事終わりで突かれているらしく、徐々に返信の感覚が長くなり、最後にこんなメールが送られてきた。
『お休み、凛太郎』
「‥‥」
それを見た時、なんとなく胸の内から何かが溢れて来るような感覚がした。
自分の手で手に入れた確かな繋がりが、ここにあるのが分かる。
たくさん失ったものがあった。記憶も、力も、人も、思いも。
コードを使うようになってから、より鮮明に見るようになった前世の夢。そこに溺れれば溺れる程、朝目覚めた時の喪失感がどうしようもなく痛みとなって心を蝕むのだ。
けれど、綾辻たちと関わる様にあって手に入れた物もある。両者の間に差異などなく、どちらも俺にとってはかけがえのないものだ。
だからこんな短いメールが、こんなにも温かく感じるのだろう。
『ああ、お休みエリー』
この温もりを、エリーも感じているのだろうか。
そうであったらいい。家族を失った彼女に、またそれに負けない新しいつながりを作っていって欲しいと、そう思う。
そして布団に潜り込むと、俺はまた夢を見る。
失ったものを忘れないために、この魂に眠る繋がりを思い出すために。
これにて二章完結です。
一応三章も途中まで書いてはいるのですが、今のところ『サクラが教えるチートの正しい使い方』はこれにて更新を止めたいと思います。
個人的にも好きな作品ですし、読んでくれている方のためにも続けたいのは山々なのですが、やはり時間的にも余裕がないので、こういった決断に至りました。
いずれまたこの続きを更新出来る日が来るといいなと思いつつ、凛太郎たちの物語は筆を置きたいと思います。
新人賞用に別作品は書いていますので、新作を投稿する予定はあります。
その時はまたよろしくお願いいたします。
これまで読んでくださった方、感想を書いてくれた方に最大限の感謝を。ありがとうございました。




