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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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日常が教える帰って来たということ

 教室から脱出した俺が向かうのは、勿論昼寝スポットこと芝生である。


 ここは良い感じに周囲の目から隔離されており、静かに勉強するにはもってこいだ。


 そう思っていたわけだが、


「ああ、お前もか」

「‥‥君も?」


 そこにはいつもの如く先客、三神晶葉がいた。


 ただ普段なら寝ているはずの三神も俺同様にコピー用紙の束を抱えているあたり、綾辻に脅されたのかもしれない。


 それ以降は言葉もなく、俺も三神の隣に腰を降ろし、コピー用紙を見始めた。


 にしても本当にこれ分かり易いな。あいつの完璧超人ぶりは分かっていたはずだが、こんなところまでそつがないとは。


 そんなことを思いながら黙々と情報を頭に詰め込んでいると、ふと隣から声をかけられた。


「ねえ七瀬」

「ん? どうした?」


 答えながらも、目線はコピー用紙から外さない。綾辻の言う通り、一分一秒を無駄に出来る状況ではないのだ。


「前に〝受容〟のコードは凄い可能性を秘めているかもしれないって言ったよね」

「ああ、言ったな」


 かもしれないっていうか、秘めてるよ。だってそれ、俺の知ってる英雄が使ってたコードだもん。


 そもそもプラスコード自体、俺の〝強化〟からも分かる通り、相性が良くて極めることが出来ればエクストラコードと遜色ない力を発揮するのだ。


 それをほぼ無制限に取得できる〝受容〟のコードが弱いわけがない。ゲームで出たら、そんなんチートや、チーターや! って叫んでもいいレベル。


「それって、本気?」

「気休めでそんなこと言う程、俺も性格悪くないぞ」


 三神はそもそも攻撃系のコードとは相性が悪そうだから、俺の知るような英雄にはなれないだろうが、それは目指すべき形が違うというだけだ。


 そんな当たり前のことより、今は暗記である。この古墳やらなんやらの知識もいずれ使える時が来るんだろう、たぶん、恐らく、メイビー。


 そんな半分投げやりな答えであったが、三神は何やら納得してくれたらしい。


「そっか」


 小さくそれだけを呟くと、彼女もまた勉強に没頭し始める。


 二人の間に声はなく、柔らかな芝生の感触を共有しながら、俺たちはチャイムが鳴るまでの間を過ごした。 


 あの戦いの中で三神にどんな変化があったのかは分からないが、実験体でもなんでも、協力できるもんならしてやりたいもんだ。


「じゃあな」

「ん‥‥」


 そんなことを思いながら、俺は彼女と別れの挨拶を交わすのだった。




 必死で噛り付いていた授業も終わり、放課後。


 頭の中をグルグルと数式やら英単語やらが舞い踊り、知恵熱が出そうだ。


 ここ最近、特に身体ばっかり動かしていたせいか、頭を使うのが余計に怠く感じる。錆びつくことって本当にあるんだな。


「おい、七瀬」

「悪いが今の俺には立ち止まっている時間は無いんだよ」


 俺はHRが終わると同時に引き止めようとしてきた伊吹を振り切って教室を出た。


 いや分かるよ? あの綾辻日々乃と一体どういう関係なんだって聞きたいんだよな?


 けどさ、それどんな答えしたって納得しないだろ君たち。


 何、男と女の関係なんてわざわざ言わせるなよ恥ずかしい、とか言って欲しいの? 俺がそんなこと言ったら、翌日から俺の学校生活は孤独から一転針のむしろに変わること請け合いだ。


 そもそもそんな事実はないしな。


 結局高校生なんてゴシップが好きなだけだ。暫く時間を置けばきっとまた静まるだろうよ。


 そういうわけで俺は好奇の視線から逃れ、部室棟へと向かった。


 かれこれ一週間以上来てなかったわけだが、そのせいか酷く懐かしく感じる。


 白く無駄のない研究所や、生活感を感じさせない神殿とは対照的に、部室棟は雑多という言葉に満ち溢れていて、妙な安心感を覚える。


 それは多分、この部室があるからというのも無関係ではないだろう。


 文芸部と書かれた扉を開けると、そこには既に彼女が居た。


「あ、七瀬くん。お久しぶりです」


 下げた頭の動きに合わせて、黒曜石を糸にしたような髪が揺れた。


 その顔にはいつも通りの人を安心させる笑みが浮かんでいて、思わず口がにやけそうになった。


「ああ、久しぶりだな咲良」


 そう言葉を返すと、咲良は更に笑みを深くする。


 こんなことを思ってしまうのは、まるで初心な中学生のようだが、こいつも俺が来てくれるのを待ってくれたりしていたんだろうか。


 俺は咲良の対面に腰を降ろし、炬燵の中に足を潜り込ませると、まずは頭を下げた。


「ごめん咲良、ゴールデンウィークの約束破って」


 本当は一緒に行うはずだった部活動、それを一方的に破った挙句、ほとんど音信不通。ここまで不義理な奴も中々いないだろう。


 あの温厚な咲良であっても今回の件は怒っているに違いない。


 正直な話、咲良に責められたら〝極光〟なんぞ目じゃないくらいのダメージを負いそうな気もするが、それでも俺は粛々とそれを受け止めなければならない。


 そう思っていたのだが、


「それに関しては理由があったようですので、別に構いませんよ」

「え?」


 いいの?


「それよりも文化祭に向けてそろそろ案を練り始めましょうか。文芸部員は私たち二人しかいませんし、何とか部誌としての体面を保てるものを作らないと、部の存続が危ういですし」

「‥‥いや、あの」


 確かにそれも大事だろうけどもさ。


「聞かないのか‥‥? その、何してたのかとか」


 ゴールデンウィークの予定を全て破棄し、その上学校も休んでいたのである。学校が始まっても部活には出れないので、休むという事実だけは理由を伏せて咲良に連絡していた。


 普通気になるに決まっている。


 咲良はきょとんとした顔で首を傾げ、


「聞いてほしいんですか?」

「‥‥」


 聞いてほしいか聞いてほしくないかで言えば、聞いてほしい。だってここで何も聞かれないってことは、興味を持たれてないということだからだ。


 けれど聞かれたところで本当のことは答えられない。


 なんというジレンマっ‥‥!


 俺の内心の葛藤に気づいたのか気付いていないのか、咲良は笑って言った。


「勿論気にならないと言えば嘘になりますが、理由を言えるのであればきっと七瀬くんは言ってくると思ってますから」

「お、おう」

「だから、一つだけ聞かせてもらってもいいですか?」

「勿論だ」


 俺は頷いた。


 そもそも王樹と戦った時の電話といい今回といい、綾辻や三神との関係といい、俺は咲良に隠し事が多すぎる。答えられることがあるというのなら、性癖だってエロ本だって好きな女優だって答えよう。なんなら初恋の人にこっぴどく振られた黒歴史を暴露してもいい。


 咲良は一度目を伏せてから、再び俺の目をしっかりと見据えた。


 彼女は静かに口を開いた。


「今回のことは、七瀬くんにとって大事なことだったんですよね?」

「ああ、間違いなく」


 その問いに、俺は間髪入れずに答えた。


 色々と疑問は残ったし、俺が守り人の補佐としてやっていけるかもまだ未知数だ。


 それでも、今回の経験は俺にとって大きな意味を持つものだったと、自信を持って言える。


 すると咲良は笑みを穏やかなものから華やいだものに変え、俺の目を眩しく焼いた。


「そうでしたか、それなら私から言うことはなにもありません」

「そうか、いやそれでもすまんかった」

「いいですよ。‥‥それに、謝罪はもう受け取りましたし」


 咲良の後半の言葉は、少し小さかった。確かに携帯で謝罪はしてたけど、それのことだろうか。


 咲良は気を取り直すようにパンと一つ手を打つ。


「それではこれから新作についてお話しましょうか。時間はあると思っている時程、速く過ぎるものですからね」

「あの‥‥そのことなんだが」

「どうかしました?」

「ほら、部誌も大事だってことは分かるんだけどね。それよりも差し迫った問題が一つあるといいますか」

「差し迫った問題‥‥ですか?」


 はて? と顎に指を当てて考える咲良。可愛い。じゃなくて、こいつも多分成績良いんだろうな、試験に追われる学生特有の焦りが一切見えない。


「あるだろ、中間試験‥‥とか」

「ああ、中間試験ですか!」


 納得! と咲良は表情に出してから、


「え、もしかして七瀬くんはお勉強苦手な感じですか?」

「得意とは言えんな」


 そして苦手かと言われれば否定は出来ない。苦手だ。中の下くらいの成績だと思う。


「そうでしたか。それならお勉強はしないといけませんね」

「面目ない」

「いえ、構いませんよ。私も家で勉強してますし、今日の部活は試験勉強にしましょうか」

「マジでか!」

「はい、私で分かるところで良ければお教えしますよ」

「おお‥‥!」


 炬燵に同級生の女子(可愛い)と二人きりで勉強って、それもうお付き合いしていると言っても過言なんじゃないの? 世のモテない男子高校生が一度は夢見るシチュエーションなんじゃないの!?


 これはなんというご褒美。騎士長と死ぬ気で鎬を削ったのはこの日のためだったんだな。


 どっかの誰かが幸せと不幸は全体で見るとバランスが取れていると言ったのは真実だと見たり。


 となればやはり大事な咲良との勉強時間。一秒たりとも無駄には出来ない。


 いそいそと鞄から綾辻謹製のノートの写しを取り出した時、聞いたことのないような声で咲良が言った。


「‥‥七瀬くん、そのノートの写し、どうしたんですか?」

「へ?」


 手元にあるのは、綺麗な文字と構成で書かれた几帳面なノートの写し。


 どうしたもこうしたもない、綾辻が昼休みにわざわざ届けてくれた‥‥もの‥‥?


 あれー、もしかしてこの話を咲良は知らない?


 てっきり噂になって一年の間では既に周知の事実になっていると思っていたぞ?


 いや、考えてみれば咲良のことだ。休み時間も本に没頭して噂話なんて耳に入らないこともあるだろう。もし俺と咲良が同じ部活に所属していると知られていれば話がいっただろうが、その情報を知る人間自体ほぼいないと思う。


 ‥‥なんだろう、これはなんとなくマズイのでは?


「いや、あの、これはですね」

「もしかして、綾辻さんですか?」

「‥‥」


 バレてるぅぅぅぅうう! 隠し通せるとも思ってないけど、こんな一瞬でバレるもんですかねえ!


 別にやましいことなんて何一つないので、俺は頷けばいいのだが、なんとなく口が上手く動かない。


 ただ沈黙は大凡肯定のそれだ。咲良がそのことに気づかないはずがない。


「成程、綾辻さんが用意してくれていたんですね」

「いや、ほらあれだぞ? 丁度休んでた三神のついでというかなんというか、俺のはあくまでおまけというか」

「‥‥そういえば、三神さんも同じ時期に休んでました」


 墓穴ぅぅぅうううううう!


 三神と俺に交流があることを知っているのなんて綾辻を除けば咲良くらいなもんだ。本来同じ日に学校を休んでも俺と三神を結びつける人間はいないが、咲良だけは違う。


 ど、どどどうすればいいんですか、この状況。


 咲良は笑顔のままだが、なんとも言えない圧を感じるというか、目が笑っていないというか。怖い。


「やっぱり綾辻さんたちと仲いいんですね、七瀬くん」

「そんなことは‥‥ないぞ?」


 自分で言ってても思う、苦しい。


 咲良も鞄から自分の勉強道具を出しつつ、そうでしょうか? と続けた。


「でもまさか、今回の用事というのも、まさか、女性と一緒にいたなんてことはありませんよね?」

「は? 何言ってんだそんなことあるわけ」


 研究所→ほとんど綾辻か紫藤さんと一緒にいた。


 お仕事→常に三神とエリシアと行動していた。


「‥‥そんなこと、あるわけ、ないだろ」


 今の俺は、たぶん冷や汗だけで脱水症状になれる。水も滴る良い男だやったね。


「そうですよね、まさかあるわけありませんよね」

「そ、そりゃそうだろ。俺に友達が出来ないのは咲良も知っているだろ」


 そう言いながら、俺は無意識の内にポケットに入れたままの携帯を押さえていた。


 そこにはどういったことか、新しく追加された女の子の連絡先が一つ入っている。しかも本人からのお達しがあり、愛称でだ。


 バレたらマズイ、そう本能が警鐘を鳴らしていた。


「では、お勉強始めましょうか。休んでいたところで分からないところがあったら聞いてください」

「はい‥‥お願いします‥‥」


 俺は憧れのシチュエーションで、本来ならご褒美であるはずの咲良との時間を、どうしてか針のむしろに座らされている気分で過ごした。


 ここに返って来ればいつも通りの安穏とした時間が流れるなんて思っていたけれど、現実は常に流動的だ。


 時間が流れ、人と接し、人間関係が変わればどこかに必ず変化が起きる。その中でも、もう暫くの間、本質的な部分が変わらなければいいなと思うのは、我儘だろうか。


 橙にぼやけていく陽の明かりと共に、次第に軟化していく空気を感じながら俺と咲良は二人過ごした。


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