綾辻日々乃が教える学生の本分
ゴールデンウィーク。読んで字の如く金の一週間。
まとまった休みは長期休暇のある学生にとっても心躍るもので、ぐうたら過ごすもよし、友達と遊びに出かけるもよし、恋人などという架空の存在としか思えない相手がいるというのなら、デートだっていいだろう。
さて現役高校生である俺にも平等にかのゴールデンウィークは訪れていたはずなのだが。
「‥‥解せない」
昼休み、俺は今学校の自分の席で、露と消えたゴールデンウィークに思いを馳せながら教科書と睨めっこしていた。
既にゴールデンウィークは終了して数日。現代の激しい流行の中を生きる学生たちはとっくにゴールデンウィークの話題も尽きたようで、周囲から聞こえて来る話は全く別の物だ。
即ち、
「仕事が終わったと思ったら、即中間試験ってどういうことやねん‥‥!」
そう、今現在五月の中旬目前。学校は中間試験目前の空気間に包まれ、教師は口を開けば「ここテストに出るぞ」だの「テスト範囲の復習はしたか?」だの「一年の初っ端からコケると大変だぞ」だのと人の不安を煽りに煽ってくる。
ネット掲示板でさえここまで煽ってこねーぞ。教師も仕事で疲れてるのかしら。
というかだ。こちとらゴールデンウィーク中は研究所に缶詰めで、その後はそのまま三神とエリシアと共に仕事。
それ自体はなんとか一日で終わったものの、それから例の如く限界まで酷使した身体を休めながら報告書やらなんやらで二日間はホテル暮らし。
前回の一週間寝込んでいたのに比べればよっぽど良いのだが、エリシアは翌日から元気に動き回っていたので負けた気分だ。
ちなみに三神は俺の部屋に来ては面倒を甲斐甲斐しく見てくれ、俺が起きて報告書に四苦八苦している間は人のベッドで寝ていた。猫に懐かれるとこんな気分なのかもしれない。
つまるところ、俺はゴールデンウィーク中に出された課題なんぞ何一つ手を付けていないわけで、当然中間試験のことなど遥か彼方だ。
課題は、まあ百歩譲ってなんとかなった。教員の方々の小言と担任からのおしかりの言葉を頂戴し、粛々とした徹夜によって終わらせたのだ。
仕事の方もエリシアから「これで合格しないなら誰が合格するのよ」と心強い言葉を頂いた。
だが、休んでいた間の勉強。これはどうにもならない。休みの方は恐らく綾辻が手を回していたのか公欠扱いになっていたが、授業のノートやら授業中の「ここテストに出るぞー」といった重要な情報は手に入らないのだ。煽りではなかった。
一番頼めそうなのは、勿論咲良‥‥なんだけども、なんで休んでいたのかとか、ゴールデンウィーク中何をしていたのかとか、あの目で問い詰められたら耐えきれる自信がないんだよなあ。
綾辻に頼んだら、深夜のヒビノーズブートキャンプだけでなく、強制やる気スイッチを押されて日々乃塾が始まること請け合いだし。死んじゃう、七瀬死んじゃう。
ああ、でも流石に初っ端のテストから赤点なんて取ったら姉貴には笑われ、母さんには口にも出来ないようなことをされるだろう。それだけは避けなければならない。そもそも成績が悪ければ進級も危うくなる。単位ピンチ! 単位ピンチ! うー! にゃー!
結局テストをパスするためには勉強が不可欠だ。そのためには‥‥。
「ああ七瀬、ようやく学校来たんだね」
「‥‥伊吹か」
突然かけられた声に顔を上げると、俺が脳裏に思い浮かべていた男が、軽薄な笑みを浮かべてそこに立っていた。
俺と違って大いにゴールデンウィークを満喫したことだろう。それだけで殺してやりたい。
とはいえ、俺はまずこいつに言っておかなければならないことがあった。
「悪かったな、約束キャンセルしちまって」
「ん? ああ、そのことか」
理由はどうあれ、俺がこいつとの予定を勝手な事情で蹴ったのには間違いない。
しかし伊吹は事も無げに言った。
「別にいいよ。その分俺が一人で女の子たちと楽しんだだけだから」
「‥‥さいで」
本当に爆発しねえかな、この全男の敵。約束を破ったのはこちらだが、それを加味しても余りある暴挙だと思うね、俺は。
さて、謝罪も終わったわけだが、大事な案件が残っている。こいつに物を頼むなんぞ癪以外の何物でもないが、しかし背に腹は代えられない。
何だかんだこいつは成績もそれなりだし、ノートもしっかり取っていることだろう。少し頼めばいいのだ。ノートを見せてくれと。
「なあ伊吹」
「なに?」
ニコニコした顔でこっちを見て来る爽やかイケメンフェイス。どうせ俺の言いたいことなんぞ分かっているだろうに、俺が言いだすをの待っているのだ。何? 女の子たちはこういうSなタイプが好みなの?
おかしいなあ、俺の周りはそんな感じ一切しないけど。
気分は宿敵に土下座する主人公である。
「その、なんだ、ノートを‥‥」
とそこまで言ったところで、教室の雰囲気が変わっているのに気付いた。
昼休みの喧騒が鳴りを潜め、誰も彼もが小声で囁き合う。
気付けば、話していたはずの伊吹でさえ俺とは全く違う方向を見ていた。
‥‥あれ? 前にもこんなことあったような気がするぞ。
そして、それは間違いではなかったらしい。
俺の教室に颯爽と入って来たアッシュブロンドの女性徒は、同級生たちが空けた道を堂々と歩いて来る。レオニダスなんだかモーセなんだかハッキリして欲しいところだ。
「七瀬」
綾辻日々乃は、そのまま俺の目の前まで来ると、隣に立つ伊吹など目に入らない様子で声をかけてきた。
え、何? 俺何かしたか?
確かに今回の仕事内容は綾辻からしても驚天動地の思いだろうが、それに関しての報告は三神から詳細に受けているはずだし、もし俺に聞くにしてもわざわざ今来る必要は無い。
なんだ、まさかホテルで休んでいる間、トレーニングをサボっていたのがバレたのか?
「ど、どうした」
「これよ」
震える声で問いかけると、綾辻がそう言って俺の机にコピー用紙の束を置いた。
‥‥なんですか、これ。もしかして追加トレーニングメニューっすか?
「何を考えているか分からないけれど、あなたが休んでいた間のノートの写しよ」
「は? ノートの写し?」
「もう中間試験間近でしょう。あなたのことだから勉強なんて一切していないだろうし、元々晶葉用にコピーしたから」
「お、おお。サンキューな」
見れば、コピー用紙はカラーコピーのようで、丁寧な字で要点が書き連ねられている。
流石文武両道の才女だ。ノートの取り方さえとても見やすい。
いやでもこれ、普通に夜にくれたらよかったんじゃない?
「今、一分一秒でも無駄に出来る状況なのかしら?」
「‥‥いえ、違います。ありがとうございます‥‥」
「本当は朝渡したかったんだけど、あなた全く登校する気配がないんだもの」
「仕方ねーだろ、徹夜で課題やってて眠かったんだよ‥‥」
今更考えていることを当てられるのに動揺したりしない。
とりあえず正直に言って非常にありがたい。
これのお陰で伊吹に頭を下げる必要はなくなった。
「ありがとうな」
「言っておくけど、これで赤点なんて取ったら承知しないから、そのつもりでいなさい」
「‥‥はい」
やっぱり綾辻は綾辻じゃないですかやだー。
これはヒビノーズブートキャンプの後に日々乃塾が追加されることほぼ決定である。俺の睡眠時間が‥‥。
言いたいことを言ったらしい綾辻はそのまま教室を出て行った。後に残されたのは、遠巻きに俺を観察する観衆と、すぐ隣で棒立ちのままの伊吹。
「なあ」
「おっと、俺はこれから行くところがあったんだ、じゃあな!」
その空気に耐え切れなくなった俺は、即座にその場からコピー用紙を引っ掴んで離脱した。
戦場で長生きするコツは退き際を見極めることなのだよ、もう後のことなんぞ知ったことか! あばよとっつぁん!
更新が大幅に遅れてしまい申し訳ございません。
次回更新はなるべくはやく頑張りたいと思います。




