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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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共闘が教えるエリシアの思い

 火の粉を切り裂いて、まばゆい光が視界を照らしたと思った瞬間には、すぐ横を通り過ぎていく。エリシアはフレアフィールから炎を噴きだし、即座に転身した。


 改めて相対して分かる。


 このアウターの持つ力は、竜すら切り裂くだろうと。


 その代わり、二枚に減った盾は決して掻い潜れないものではない。その上で竜の一撃を当てることが出来れば、このアウターであっても無事では済まないはずだ。


 問題は、


(こいつっ、なんでアウターのくせしてこんな上手いのよっ‥‥!!)


 これまでエリシアの戦って来たアウターは基本的に力や速度、耐久力と言った基礎的なステータスが人間離れしているのも珍しくなかったが、ここまで戦闘技術の高いアウターには会ったことがなかった。


 しかし目の前の神殿騎士は違う。


 こちらの不規則な軌道の先を読み、時に盾で進路を妨害し、確実に剣を当てようとしてくる。


 この戦い方は、どこかあの憎たらしい灰金の髪をした女を思い出させた。


 エリシアは彼女に何度も挑み、何度も負け続けた。


 強烈な炎も、当たれば勝てる竜爪も、翼を持つエリシア以上に巧みに三次元を移動する綾辻日々乃に掠りもしなかったのだ。


 その経験のお陰で今戦えているのかと思うと、妙に複雑な気分だとエリシアは思いながら神殿騎士の隙を探り続けた。


 もう戦えないと、そう七瀬に言ったことは嘘じゃない。あの時は本気でそう思っていたし、今だって少しでも動きを止めれば、あの泥のような不安と重苦しい臆病風に身体を捕らわれて、動けなくなるだろう。


 けど、それでもエリシアはここに来た。まだ自分の力を信じ切ることは出来なくとも、このアウターに勝てるなんて思えなくても。


「っ!?」


 剣を避けた先に、盾が配置されていた。


 フレアフィールの勢いそのままにエリシアは盾に衝突し、そのまま動きが止まる。


 当然、エリシアを避けさせるためだけに振るわれた剣は一瞬でその軌道を変えた。


 反射的に竜爪で受けようとするが、〝極光〟を纏った一撃を自分の炎で受け止めきれないのは分かっていた。


 ギィィンン! と硬質な音が響き渡り、目前で純白の光が四散する。同時に弾けたのは、エリシアの放つ炎の赤ではなかった。


「悪い! 待たせた!」


 エリシアと神殿騎士の間に割り込んで、七瀬が白光を放つバスタードソードを受け止めていた。


 平凡な後姿、これまでエリシアが見てきたどんな守り人よりも細い体躯に、素人感の拭えない動き。その中で黒く光を纏った腕だけが重厚な存在感を放ち、違和感を感じずにはいられない。


「‥‥!」


 けれどその姿に、エリシアは弾かれたように後ろに下がった。


 赤い髪の下から覗く白い頬は、火の照り返しとは別の理由で赤くなっている。首から熱が上ってくるのが、自分でも分かる。


 つい思い出してしまうのは、先程の部屋でのこと。


 不夜燈の淡い明かりに包まれた部屋の中で、エリシアと七瀬は二人並んで自らの過去を打ち明けたのだ。冷静になってみると、どうかしてたのだと思う。


 今まで自分の過去を人に話すようなことなんてエリシアはしたことがない。


 これまでも、そしてこれからも誰かに過去のことを、自分の最も深い部分に刻まれた傷を曝け出すなんてありえないと思っていた。


 何故なら、それはエリシアの最も柔らかくて傷つきやすい弱みだからだ。誰も本当の意味で仲間になるなんてことはない。最も信頼していたはずの家族でさえ、簡単にエリシアを見限った。所詮他人との縁など、容易く切れるのだと彼女は信じて疑わなかったのだ。


 いや、そう思わずにはいられなかった。そうしなければ、未だ夢に見る家族の顔が、もっと深く心を傷つけるから。


 そんな彼女にとって周りは全て戦いの時に共に立つだけの人間で、同時に勝たなければならない敵だ。


 ずっと、そうやって生きてきた。


 だから、言われたことがなかったのだ。あんなに無垢な顔で、純粋な声で。


『お前が自分の道を進めるようになるまで、守ってやるよ。そのために、俺はここにいるんだから』


 カアァッ、と更に熱が顔を火照らせる。上気する頬を、エリシアは動き続けているからだと自分に言い聞かせた。


 大体、向うは守り人にすらなっていない。言うなれば訓練生だ。指導官としての試験を受けられる程のエリシアを守るなんて烏滸がましいにも程がある。


 そう頭では理解しているつもりなのに、


「エリシア、右!」

「分かってるわよ!」


 七瀬からの指示に、思わずエリシアは叩き付けるように返事を返す。


 左右に別れた二人の間を、神殿騎士の放った一撃が虚しく通過していった。


 その隙を見逃さず、七瀬は猛攻を仕掛ける。盾を蹴り飛ばし、巨大な身体に潜り込んで黒く染まった腕を幾重にも振るい続けた。黒の剣閃に混じり、斬り飛ばされた銀の破片が弾ける。


 エリシアは即座にフレアフィールを使って神殿騎士の側面に回り込み、炎を放った。


 本来なら竜爪こそが最も高い攻撃力を持つが、エリシアは自分が不用意に突っ込めば、あの底知れぬ騎士の術中に嵌ると自覚していた。


 故に、エリシアは徹底してサポートに回る。本来は護らなければならない七瀬を最前線に立たせ、彼女自身はその隙を突いて炎を叩き込む。


 七瀬もエリシアの動きを視界の端に捕らえ、神殿騎士の注意がエリシアに向かないよう、常に位置取りを頭に置いて立ち回っていた。


 そう。


 七瀬の言葉は決して口だけじゃなかった。


 本気でエリシアを守るつもりで言い、そして実際に彼女が塞ぎ込んでいる間にも騎士と戦っていた。


 エリシアも見たのだ、七瀬と神殿騎士の最後の一閃。あれは己の命を賭けて相手を殺しに行く、諸刃の剣だった。


 それは紛れもなく、エリシアと三神の二人をこの呪われた神殿から脱出させるために取った行動だったはずだ。


 ――分からない。


 フレアフィールを使った高速機動の中、エリシアは七瀬の動きを見続ける。


 動きに微かな危うさはある。それでも要となる基礎はしっかりしていて、何より土壇場での判断力と反射的な動作が、明らかに素人のそれではない。


 そして、その両手を覆う黒い光。エリシアの竜爪すら切り裂く騎士の白光を受けて尚、それを正面から弾き飛ばす得体の知れない力。


 ここまで来て疑う余地もない。七瀬は今と同じように綾辻日々乃と共に王樹の前に立ち、そして打倒したのだろう。


 報告を受けて誰も信じなかった事実が、今まさに目の前で証明されていく。


 ――分かんないわよ。


 どうして当たり前の家庭で育った七瀬がそれだけの力を持っているのか、その黒い腕は一体なんのコードなのか。


 そして、


 ――なんでそんな簡単に人の為に、戦えるのよ。


 誰だって、自分の身が一番可愛い。エリシアの両親だって、彼女と共に暮らしたら自分たちの命がどうなるか分からなかったから彼女を捨てたのだ。


 尚更戦場という極限の場において、人よりも自分の命を優先させるのは、当たり前のことだ。


 けれど、七瀬はそうしなかった。


 その事実が、嬉しいようなもどかしいような、自分の命を粗末にするなと、尻を蹴り飛ばしてやりたい気分になる。


 そう思ってしまうこと自体がエリシアは初めての経験で、要領を得ずに曖昧なまま暴走する思考に、彼女は完全に振り回されていた。 


 それでも、戦いの手は一切緩めない。


 これまでの戦いの中で最も動き易い今こそ、隙を見て竜爪を打ち込もうとエリシアは考えながら炎を撃ち続けていた。


 その時、七瀬の姿が視界から掻き消える。


 ――なにっ!?


 そう思った瞬間、何か強い力に胴を抱え込まれ、一気にその場から離脱していく。


 思わず隣を見れば、恐ろしく近くに七瀬の顔があった。


 エリシアが完全に密着した身体に意識するよりも早く、目の前で変化が始まる。




――ォォ、オオォォォォオオォオオオォオオオオオ!!!




 それは、咆哮だった。


 これまでどんな猛攻の中にあっても不気味な沈黙を保ち続けていた騎士の兜から、いや全身から身体を震わせる叫びが爆発したのだ。


 ステンドグラスが、礼拝堂そのものが、そして神像が音の衝撃に揺れる中、その中心で痛みに堪えるように身体を折り曲げた神殿騎士が、叫び続ける。


 その声は、エリシアには威嚇のものではなく、どこか哀し気な慟哭に聞こえたのは、気のせいだっただろうか。


 そして、その声は暫くすると途切れ途切れになり、神殿騎士が顔を上げる。赤い眼光が真っ直ぐにエリシアたちを捕らえ、直後、騎士は再びの咆哮を上げた。


 今度のそれは、まさしく野獣の声。鎧の繋ぎ目から白銀を汚す赤い光が零れ落ち、壮麗であった形状はより禍々しいものへと変わっていった。バスタードソードはより分厚く、宙を浮かぶ二枚の盾はその縁を刃に変え、二振りの幅広の剣に変化した。


 その姿は、まさしく人類の大敵。あらゆる生者を憎み、殺意に溺れた怪物。アウターに相応しいものだった。


 ――これが、本当の姿?


 今まで形状が変化するアウターと戦った経験がエリシアにもないわけではない。しかし、目の前で起こった変化は、そんな生易しいものではなかった。存在そのものが上書きされ、全く別の存在へと堕ちた。そんな印象を受けた。


 七瀬とエリシアの二人を三神の癒しの光が包み、そして、七瀬は無言で一歩を踏み出す。


「‥‥」


 思わずエリシアが見た彼の横顔は、どこか哀し気な覚悟を孕んで見えた。


「なあエリシア」

「な、なによ」


 期せず七瀬に話しかけれ、動揺しながらもエリシアは答える。


 彼は、目の前の騎士からほんの少しも視線を外すことなく、彼女に言った。


「あいつぶっ倒してさ、綾辻に三神と三人で自慢しに行ってやろうぜ。そんで神坂さんに追加ボーナスをねだる」

「はあ? こんな時に何言ってんのよ」

「ん? 自分でもよく分からんが、辛いことがあったら楽しいことがないとおかしいだろ」

「楽しいことって‥‥」

「それともなんだ、映画でも見に行くか? 守り人ってそもそも遊びに行ったりするのか知らんけど」

「え、ええええええ映画!?」


 想像もしなかった言葉に、エリシアの顔が髪と同じくらい真っ赤に染まり、湯気が出そうな程だった。


 それも、前を向く七瀬には見えなかったが。


「‥‥ああ、そうだ。やりたことは沢山あるし。咲良にも謝んなきゃだし。ここで死ぬわけにはいかないよな」

「‥‥」


 その呟きは、小さくて、ともすれば聞き逃しそうになるそれを聞いたエリシアは、七瀬が何を思っているのか、まるで分からなかった。


 それでも、きっと彼も何かを背負っている。あの時エリシアには告げなかったことも、たくさんあるはずだ。


 ただ重要なのは、今ここで七瀬と、エリシア、三神の三人がすることはたった一つだけということだ。


 エリシアはフレアフィール戦慄かせ、火の粉を散らせながら完全なる怪物となった神殿騎士を見据えた。そして、自然と口から言葉が出る。


「さて、行くわよ」

「ああ、行こうか」


 二人の声に呼応するように、後ろから治癒の光が飛んでくる。


 この場にいるのは二人だけではない、三人で、決着を着けるのだ。


 完全なる変化を遂げた騎士が吠え、荒々しい動きで剣を地面に叩き付ける。それと同時、七瀬とエリシアは駆けだした。最終戦の火蓋が、切って落とされた。


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新作品、投稿始めました、よければそちらもお願いします。

『女性経験ゼロのEランクでもハーレムが作れる気がする――何故なら、神殺しだから』

https://book1.adouzi.eu.org/n3520eq/


次回更新は3/29予定です。

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