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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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光が教える騎士長の脅威

 返答は、抜刀と同時に放たれた一撃だった。


 空気を切り裂き、一直線に首へと向かうバスタードソードを、俺は右手で迎え撃つ。


 お互いのコードが発動し、白く眩い光と空間を塗りつぶす黒の剣閃とが衝突した。


 ギィィイン! と甲高い音が響き、白と黒とが拮抗してせめぎ合う。


 衝撃波と共に空気が弾け飛び、礼拝堂の床に亀裂が走って石の破片が飛び散った。


 騎士長の使うコードが何かは分かっていた。あのエリシアが作り出した火竜の鱗さえ容易く切り裂く光は、なにものにも染まらない白き破壊の奔流。


〝極光〟のコード。


 一度放たれれば止められるもの無し、少しでも制御を誤れば発動者の身さえ消し飛ばすと言われた最強最悪のじゃじゃ馬。


 仮にも守護を生業とする神殿騎士が、なんて凶悪な力を宿してやがる。


 こうしている今も、一瞬でも気を抜けば白光が俺を塵すら残さず消し去るだろう。


 だが、その〝極光〟を以てしても、この黒き腕は斬ることは出来ない。


 全ての刀剣の要素を宿した七色は、森羅万象をして斬れぬもの無し。決して〝極光〟に引けをとるものではない。


 では、お互いが全てを貫く矛を持っている時、勝負を決するのはなにか。


「っぁあ!」


 バスタードソードを受け止めながら、更に一歩を踏み込み、左手での突きを放つ。


 その刺突に騎士長が反応することはなかった。正確にはその身体がだ。


 七色を寸前で受け止めたのは、一枚の盾。恐らく〝結界〟のコードによって創られた騎士長の概念武装。


 盾ごとぶち抜いてやる。


 そう更に押し込もうとした瞬間、次の盾が来た。


 それも防御のためではなく攻め手でだ。横合いから殴りつける軌道で飛来する盾に、即座にバスタードソードを弾いて距離を取る。


 その直後、逃げる挙動を見透かされたように別の盾が俺の身体を強かに叩いた。


「いっ⁉」


 鼻っ柱を凄まじい威力でぶん殴られ、礼拝堂を二転三転と転がり、直後。


 目前まで迫っていた白光に、慌てて床を蹴って横に避けた。


 その一瞬、確かに白光の勢いが滞ったように見えたのは、間違いなく三神がギリギリのところで張ってくれた結界のおかげだろう。流石だわ、今が戦闘中でなければ愛してるって叫んでいたところだ。


 危うく、欲をかいて死ぬところだった。


 鼻から溢れる血を腕で拭いながら、俺は改めて騎士長を見る。


 初めて目の前の騎士と相対した者は盾を警戒し、〝極光〟に気付いた人間はそれが本命だと見抜き、騎士長はそれを逆手に戦術を組み立てる。


 は、これでアウターだってんだから嫌になるな。


 生前はどれ程の豪傑だったというのか。嘗めてかかれば、それこそ瞬きする間もなく殺される。その重圧に足が竦みそうになる。


「七瀬!」


 だが、身体に届けられた癒しの力に、俺は脚に力を込めた。


 そうだ。流れ弾だろうが三神に〝極光〟を届かせるわけにはいかない。


 集中しろ、頭を切り替えろ、目の前に居る奴は王樹と同等の怪物だ。


 今ここには眼帯の女も、綾辻日々乃もいないんだ。


 その代わり、この両腕には何よりも頼もしい力が宿り、背後には助けてくれる仲間がいる。


 だから臆するな。そして油断するな。火の闘志を冷たい氷に閉ざし、己の身体を武器に突き進め。


 振るわれた光の一閃を、七色で受け、切り払う。


 そして、駆けた。



 乱舞する盾に、間合いの広いバスタードソードが振るわれる。


 白光を放つ剣は、瞬く間に俺の接近を拒む何条もの閃光となって空間を埋め尽くした。


 予め、三神には常に俺の後ろに立つように言ってある。故に迎撃するのは俺に直撃するものだけでいい。回避を読んで先置きされた斬撃は無視して一直線に距離を詰める。


 黒の剣閃が白の格子を切り抜き、肌を焼く脅威を背後に置き去りにした。


 〝極光〟の格子を抜けた先にあったのは、不可視の腕に操られるかのような四枚の盾。


 その動きの向こう側で、再び騎士長がバスタードソードを振るうのが目に入った。


 直後、視界の全てが銀に染まる。


「っ‥‥⁉」


 これは、〝極光〟じゃない!


 それにぶつかる寸前で、踏み込んだ脚で地面を前に蹴りつけ、急停止する。


 なんつーことしてきやがる。騎士長は俺が剣の動きに目を取られた一瞬の隙を見逃さず、盾を一枚、俺の眼前に割り込ませたのだ。


 なんて妙技。明らかに人との戦いに慣れている者の、老成された技巧。


 背後に三神が居る以上、避けることは出来ない。


 だから、俺に出来ることは両腕を十字に構え、一瞬遅れて来るであろう〝極光〟の斬撃に耐えることだけだった。


 ゴッ! と銀が逃げると同時、純白が視界を染め上げた。


 両腕に叩きつけられた衝撃と重さに身体が浮きそうになるのを、重心を出来うる限り下げ、前のめりになって耐える。


 まるで鼻先で飢えた龍が牙を剥いているようだ。


 だが、七色をその程度の光で切れると思うなよ神殿騎士。


「っらぁ!」


 白光を俺はクロスさせていた両腕を開くようにして叩き斬る。


 光が礼拝堂の中に散っていく中、次に見えたのは俺にあと一歩の位置まで迫り、バスタードソードを両手で上段に構えた騎士長の姿だった。


 ‥‥は?


 脳内が疑問符で埋まる。


 盾を使った〝極光〟の剣閃すら、囮。


 お手本の如き攻めの流れに、思考がガチリと音を立てて止まるのが分かった。


 そんな時に浮んだのは、少し前に綾辻に言われた台詞だった。


『どんな手であろうが、必殺の一手に限りなく近づけるための訓練であり、流れでしょう。大仰な技一つ磨くよりも先に、基礎の繋ぎで相手を屠れるようになりなさい』


 そうだ、この騎士長はそれが上手い。大仰な盾も〝極光〟も全て技の一つでしかなく、その一手で殺せなければ次の一手で殺す。何重にも組み上げられた経験と技術の粋が流れを作り、結局俺はその流れに翻弄されるばかりだったのだ。


 面頬の中に覗く赤い眼光が、こちらを見下ろして笑っているようだった。


 『まだ、若い』


 振り下ろされるバスタードソードは、これまでで最も速い一閃だった。


 エリシアへの唐竹割りを焼き増ししたように、寸分違わぬ構えから、それすらも超える剣撃。


「七瀬ぇぇぇええええええ!!」


 俺よりも早く騎士長の接近に気付いていただろう三神からの叫びは、果たして騎士長が剣を構えるよりも先にあげられたものだったのだろうか。


 思考の停止した頭がホワイトアウトし、振り下ろされた剣が目前まで迫るのがやけに鮮明に見えた。


 そして、誰かが俺の中で牙を剥いて笑う。まるで煽られた闘争心が燃え上がるように、灼熱が頭の中を満たした。


 直後。






 轟音と共に俺の右腕がバスタードソードの横腹を掌底で叩き、その一撃を横に逸らした。


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