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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
7/80

咲良綴が教える創作の憂鬱

 それから暫くの間、咲良も俺も無言で羊羹を口に運びお茶を飲んでいたのが、ふと咲良が思い出したように言った。


「そでした七瀬くん、こないだ書き始めたって言ってたお話、どれくらい進みました?」

「ああ‥‥それか」


 キラキラした目でこちらを見て来る咲良に、俺は言葉を濁す。仮にも文芸部員になり、何冊かの本を読んだ俺は、何を思ったのか自分でも本を書いてみようと思い立ったのが先々週のことである。


 果たして自分でも書けるんじゃないかとなんの根拠もない自信を持ったのか、それともネット小説というアマチュア向けのものに触れたせいで触発されたのか。今更ながら、何故あんなことを試みたのか甚だ疑問だ。

 結果として言えば、


「咲良、どうやら俺は文芸部には向いてないらしい」

「どうして本を書いてそんな極端な結論に至っちゃったんですか!?」

「どうしてって言われてもな‥‥」


 実際に書いてみると分かるのだが、本を書くというのは意外と難しい。内容を練ること自体はやっていて楽しいのでそこまで苦でもないのだが、実際にノートパソコンを立ち上げて白紙のwordを開くと、何を書いていいか分からないまましばらくの間フリーズする。


 そしてなんとか四苦八苦しながら書き始めても、語彙が少ないからか思うように描写することも表現することも出来ず、気付いたら似たような言い回しで文章を書き連ねることになるのだ。


 キャラの会話はどのタイミングで挟めばいいのか、そもそも誰が喋っているのか読んだだけで分かるのか。っていうか、このキャラってもしかしたら没個性‥‥。


「というわけで、途中で挫折しました」

「初めて書いた割に、意外としっかり考察してるんですね‥‥」

「そりゃ書いてみれば大体分かるぞ。そもそも本一冊で大体十万文字くらいだろ?」

「そうですね文庫本サイズであれば最低十万文字を超えるくらいだと思います。平均で十二、三万、長ければもっと多いですけど」 


 そう、実際どれくらいの人が知ってるかは分からないが、文庫本一冊の長さは文字数にすると大体十万文字を超える位である。勿論物によって大幅に長く、ライトノベルの中には辞書と遜色ないほどの厚さの物もあるそうだが、基本的には大凡十万文字を超えるのが目安だ。


 たかが十万文字、されど十万文字。 

 

 一応本を書いてみようというのだから、俺もその長さを基準にして内容を纏めてみたのが、考えてみて欲しい。人生の中で十万文字を書く機会がどれほどあるだろうか。自慢でもなんでもないが、俺は一つの題で一万文字どころか五千文字だって文字を書いた記憶はない。


 四百字詰め原稿用紙にして、二五〇枚超え。PCソフトであれば、大体一〇〇頁以上。

 初心者が一週間書いてみて、その進まなさ具合に絶望するには十分な量だ。


「あれだけの文章量を飽きもせずに書き続けられるっていうのは、本当に才能なんだなと俺は感じたよ」


 いつだったか咲良が古本の値段が漫画に比べて小説の方が圧倒的に安いのは納得がいかない! と言っていたが、今なら分かる。専門的技術力だとか作者の懐に入るわけでもないとかは関係なく、確かに仕事の価値を安く見られているように感じるのだ。まあ消費者の俺の立場から見たらありがたいけども。


 俺の卑屈な表情を黙って見ていた咲良は、一度お茶をすすると、至って普通の表情でこちらに向き直った。


「確かに、七瀬くんの気持ちはよくわかります」

「え、そうなのか?」

「え、って‥‥。これでも、私もちょこちょこ書いてるんですよ?」


 そう言って、照れたように笑う咲良。

 しかし俺はこいつが小説を書くことに驚いたのではない。正直、この少女はきっと書くことになんの苦も感じないタイプだと思っていたので、俺の苦悩が分かるというのは意外だったのだ。


「七瀬くんが私をどういう目で見ていたのか気になるところではありますけど‥‥」

「本馬鹿」

「本ばっ!?」


 馬鹿と言われたのが余程ショックだったのか、咲良の目が大きく見開かれる。なんとなく箱入りっぽいので、あまり言われ慣れていないのかもしれない。仕方ないので、言い直してやることにする。


「間違えた、小説馬鹿だな」

「なっ! そんなことありません。私は一般的に読書家と呼ばれる方々からすれば、読書量は少ない方です」

「いやまあ、お前がそう言うんならそうかもしれんが」


 ほとんど本など読んでこなかった俺からすれば、見かければ歩いていても座っていても本を読んでいるこいつは十分に本馬鹿である。

 咲良は本馬鹿ショックからなんとか立ち直ったのか、お茶を再び飲んで一息ついた。


「私のことは別にいいんです。そもそも七瀬くんはどういった小説を書いてたんですか?」

「えー、それ言わなきゃダメなのか?」


 自分の創作物の設定を誰かに伝えるというは、普通に恥ずかしいのだが。一種の羞恥プレイですらあると思う。しかし、咲良はなんてことのないように言う。


「別に言わなくてもいいんですけど、やっぱり初心者の方でも書きやすいものと書きにくいものがありますから」

「そうなのか?」

「はい。さっき七瀬くんが文字数の多さに挫折したと言ってましたけど、たとえばまずは短編を書いてみるとか」

「短編か‥‥」

「実は短編は短い文字数の中で起承転結を綺麗にまとめなければいけないので、書いてみると意外と難しいんですけどね。練習には丁度いいと思います」


 確かに‥‥というか王道ファンタジーや恋愛物の長編は既に多くのテンプレートに溢れているので、ある意味そういう点では構築しやすいのかもしれない。逆に短編で、と言われるとそういったテンプレートの多くが使えないので、内容を考えるのは難儀しそうだ。


 咲良はさらに話を続ける。


「あと、単純な様式ですが一人称で書くか三人称で書くかによっても大分変ると思いますよ」

「‥‥なにそれ」


 一人称と三人称というと、あれだ。英語で言うところの私と彼彼女だ。ん、待てよ。そうするとなんで二人称はないんだ、仲間外れか。所詮世の中は男と女、私と彼がいればそれでいいのよー。


 咲良はそんな出来の悪い俺のことを見捨てることもなく、丁寧に説明してくれる。


「一人称の小説というのは、つまり地の文がその人の視点で描かれることを言います。逆に三人称は神の視点とも言われるんですけど、地の文が客観的に書かれますね」

「‥‥なる‥‥ほど?」

「簡単に言ってしまうと、『私は道を歩いた』が一人称で『咲良綴は道を歩いた』が三人称になります」

「おお! 分かり易いな、それ」


 そう言って貰えれば俺でも分かる。で、結局どっちの方が書きやすいんですかね、それ。


「それぞれ一長一短ありますよ。一人称の場合はその人の心理描写がそのまま地の文に現れるので、読んでいてとても分かりやすい利点がありますけど、その代わり基本的に描写できるのがその人が感じたことだけという制限がついてしまいます。三人称は客観的に多数の物を細かく表現することが出来ますが、多くの場合には一人のキャラクターの後にくっつくことが多いですね。色んな人の視点や考え方を無作為に書いていると分かりにくくなってしまいますから。そういう意味だと、やっぱりはじめて小説を書く人は一人称の方が書きやすいかもしれません」

「途中から何言ってるかよくわからなかったが、とりあえず一人称の方が良さげ、ということは分かった」

「あの‥‥なんでもかんでも正直に言えばいいっていうわけでもないですからね」


 呆れたように言う咲良だが、むしろ今の長台詞を完全に理解出来る人間の方が稀だろう。決して俺の国語能力が低いからではないと思う。




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