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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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閑話 夢が教える紋章の意味

 言霊士という職業は一年の半分以上を街の外、つまり魔物のテリトリーで過ごすことになる。


 これは個人差あれど、一つの仕事が大凡数か月かかる長期的なものになることが多いからだ。


 俺たちが以前に戦った『掌風竜』を一月も経たずに見つけられたのは、勿論眼帯の女が持つ理解不能な勘もそうだが、純粋に運が良かったという他ない。


 中には一年前に仕事に出て、死んだかなと思っていたらひょっこり帰ってくるなんて話も珍しくなかったりする。


 人間らしい生活を送りたいがための仕事のはずが、結果として半分近い生活をサバイバルで送ることになるのは本末転倒と思わなくもない。引退後の貯蓄と言うにしても、大体は街の外で人生から強制引退するし。


 そもそも貯蓄だとなんだとの安定志向の人間は言霊士であっても街から外れにくい仕事を選ぶし、そうでなければ実力を示して仕官するのが普通だ。


 結局なにが言いたいかといえば、俺たちのような言霊士は戦う生き方しか知らない、今だけを見据えて生きる享楽的な人間ということだ。


 そんな俺たちなので、当然街に居る時は仕事の報酬を使い込んで宿屋で自堕落に過ごしたり、歓楽街で遊び惚けるのが普通だった。


 そして今、俺と眼帯の女は二人で街に繰り出していた。


「おお、――くん! この美味しそうな匂いはなんでしょう」

「いや、美味しそうなだけじゃ分かんねーよ。もう少し具体的に教えてくれ」

「こっちですね!」

「話聞けよ」


 俺はいくつもの匂いが混ざり合った屋台の立ち並ぶ通りを、眼帯の女の後について歩いて行く。盲目の人間が先を行くというのもおかしな話だが、当の本人は目的の屋台まで人の間を器用にすり抜けて進んでいく。


 今日は国立記念日のお祭りで、この街でも三日三晩夜でも光が消えず、熱気と喧騒に包まれていた。大通りには隙間なく屋台が並び、広場では楽団が陽気な音色を奏で、所々で大道芸人たちが芸を披露している。


 この祭りの間ばかりは金遣いの荒い言霊士以外の人間も財布の紐を緩め、飯を食い、酒を飲み、踊り歌って国の繁栄を祝うのだ。


 しかしながらこういった祭りで緩むのは何も財布の紐だけではない。


「おや、何かしてますね」

「ああ、みたいだな」


 何かというか、まあ喧嘩である。


 酒が入った連中がこれだけ騒いでいれば大なり小なり諍いが起きるのが当然の流れであり、俺たちの前でも二人の男が今まさに殴り合いの喧嘩を始めようとしていた。


 両者ともに赤ら顔なので、間違いなく酔っている。


「喧嘩だよ、喧嘩。やるのはいいけどこんな道のど真ん中でやるなよな」

「やっぱり喧嘩でしたか、どんな人たちですか?」

「あ? あー、いやちょっと待て」


 俺は改めて対峙する二人を見て、嫌な予感がした。


 片方は細身に見えてしっかりと鍛え込まれた身体をした短髪の若い男で、もう一人は筋肉こそ至高と全身で主張している禿頭の男だった。


 別段鍛え上げられた肉体をしている男なんぞ珍しくもないが、問題はそこではなく、俺が感じた嫌な予感はしっかりと当たっていた。


「‥‥最悪だ、二人共顔を見たことがある」

「思った通り、同業者の方々でしたか」

「考えたくないことにな。というかよく分かったな?」

「どことなく覚えのある秘言の気配がしたので、そうではないかと」

「最近、お前の身体にはなにかしら別の感覚器官があるんじゃないかと思えてきたぞ、俺は」


 なんだ、秘言の気配って。戦闘時ならともかく平時でしかも秘言の発動すらしてないのに何を感じ取ったんだよ。


 とりあえずこいつの超人ぶりは今に始まったことではないので置いておくにしても、問題は目の前の二人である。


 こいつらは女の言う通り言霊士だ。


 とはいえ俺たちとの関係はまさしく顔見知り程度であり、ほぼ無関係の人間である。


 しかし、同業者というだけで十分に問題なのだ。


「ただでさえ言霊士ってだけで色眼鏡で見られんのに、こんなとこで喧嘩すんなよ‥‥」

「喧嘩っ早い人ばかりですからねー」

「能天気に言ってる場合か!」


 言霊士とは、言ってしまえば住所不定、街にはいないことの方が多く、住民との絡みも少ない上に、人を害すだけの力を持っている。一般の市民から見れば、いつ暴れてもおかしくない人間の集まりなのだ。


 勿論街の中を活動拠点にして、住民たちからの信頼を得ている人間も一定数いる。しかし所詮その人たちだけが特別な人間であり、大多数の言霊士は危険な連中なのである。


 だというのに、言霊士が祭りの中で喧嘩。


 一般人と喧嘩じゃないだけ救いか‥‥。とはいえ秘言でも使い始めたら洒落にならない。


 周囲に集まって来た野次馬に流れ弾がいく可能性だって十分にある。


「仕方ない、止めるか」

「止めましょうか」

「え?」

「はい?」


 俺は思わず女を見た。


 こいつは良くも悪くも泰然としており、周囲からの風聞のためにわざわざ動く人間ではない。


 どういう風の吹き回しだ?


「そこで驚かれるのも不本意ですが‥‥、向う側にある屋台が見えますか?」

「屋台? 確かにあるけど」


 口汚く罵倒し合う二人のすぐ側には、確かに彼女の言う通り一軒の屋台があった。店主も出るに出られなくなっているらしい。


 ちなみに今更盲目の人間に見えますか? と言われることに違和感はない。


「私はあの屋台の食べ物が食べたいのです。喧嘩の余波で屋台が壊れてはいけません」

「ああ、そういう」


 どちらにせよ自分本位で少し安心した。


 そして今まさに殴り合いを始めようとする二人の間に彼女は悠然とした足取りで向かっていった。


「あん? おい嬢ちゃん。何の真似だ」

「どうやら目が見えないらしいな。誰か連れはいないのか」


 一触即発の状況でも、意外に二人共女に殴り掛からない理性はあったらしい。


 確かに一見細身で盲目な女だもんなあ。


 お前らの目の前に居る女は顔色一つ変えずに竜を斬るぞ、と教えてやりたい。


 ここが戦場であれば既にあの男たちは骸と転がっていただろうが、幸いにも女の方にも理性があった。


「お気遣い結構。私もあなた方と同じ言霊士です。ここは祭りを楽しむ場、双方拳を収めなさい」


 珍しく毅然とした口調で女が言う。


 しかしそんな言葉で男たちが引き下がるはずもなかった。


「言霊士って、嬢ちゃんがかよ。馬鹿も休み休み言いな」

「その通りだ、何よりここまで来た喧嘩、逃げれば恥というものよ」


 言霊士とは実力が全ての世界なので、こんなしょうもない喧嘩であっても引き下がれば名に傷がつくと思っている人間が多い。


 酔って往来のど真ん中で喧嘩して、彼らの言う恥とは何なのか是非教えて貰いたいものだ。


 尚、ここでの正解は恥も外聞もなく逃げ出すことである。


「では致し方ありません。面倒ですがかかってきてください。お二方同時で結構ですよ」


 女は心底面倒くさそうに言った。


 彼女にしてみれば二人の男などそこらにいる童子と大して変わらないので当然の態度だった。


 けれど二人からすれば、剣すら振れなさそうな盲目の女に煽られたのだ。黙っていられるはずもない。


「同業ってんなら、容赦する必要もねーわなあ!」

「言霊士でありながら己の吐く言葉の影響も分からんとは、少し教えてやろう」


 二人の男は無造作に女をど突こうとした。


 馬鹿かこいつら。


 本気でそう思った。酒が入っているなんぞ言い訳にもならない。少し煽られたくらいで女に殴りかかるのも相当あれだが、何より言霊士であるのに、彼女の脅威に本気で気付かない時点で終わっている。


 危機管理能力を母親の腹に置いてきたとしか思えない愚かさだった。


 結果など見るべきもない。


「はい、おしまいです」


 パンパン、と手を払う女の足元で、大の男二人がうつ伏せに伸びていた。


 なんてことはない、彼女に腕を取られそのままお互いの顔面を殴り合ったのだ。


 傍から見れば示し合わされた喜劇にさえ見えたろう。実際周りの野次馬は歓声を上げることもなく呆然としている。


 女はもうぶっ倒れた二人のことなど忘れたらしく、事の成り行きに目を白黒させている屋台の店主に向かって言った。


「あの、その良い匂いのものはおいくらですか?」

「え? え、ええ。金なんていらんので好きなだけ持ってってください」

「それはいけません。労働にはしかるべき対価を払わねばなりませんから」

「いや、そうは言いましてもよ」


 押し問答をする二人に、俺は横から割り込む。


「店主がそう言ってるんだ。貰っとけ」

「ですが」

「礼の気持ちを受け取らないってのも失礼な話だろ?」

「そうですそうです。持って行ってください」

「むう‥‥」


 渋る女に、俺は店主から渡された饅頭を押し付けた。蒸かし籠から取り出されたばかりのそれはまだ熱い。


「‥‥仕方ありません。ありがとうございます」

「いや、こちらこそ喧嘩収めていただいて」

「収めたというか、沈めたって感じだけどな」


 俺は未だに足元で気絶している二人を見た。


 誰かしら警邏を呼んでいるだろうし、面倒になる前に立ち去った方が良い。


「行くぞ」

「へ? ふぁ、ふぁっへふははい」


 美味しそうに饅頭を頬張る女の手を引いて、俺は歩き出した。


 だが、少しばかり遅かったらしい。


「これは、君たちがやったのかな?」


 人の波を二つに割って現れたのは、銀の鎧に身を包み、朱のマントを羽織る壮年の男だった。


 鎧の胸の部分に為された太陽の如き装飾が示すのは、ある一つの事実だ。


 警邏の代わりに面倒なのが出てきたな‥‥。


「ああ、同業者が喧嘩おっぱじめようとしてたんでな。ちょっと眠らせただけだよ」

「そうか、この二人は知り合いだったのかい?」

「顔を知っている程度だ。‥‥悪いな、この後用があるんでもう行ってもいいか? 信用ならないなら後で連盟に問い合わせてくれれば、簡単に分かるはずだ」


 俺は後ろで饅頭を食べ続ける女を顎で指して言った。言霊士を総括する連盟なら、眼帯の女という情報だけでも誰かすぐに分かるはずだ。


 壮年の男は、ふむと頷くと、


「なに疑ってはいないさ。‥‥そうだな、鎮圧感謝する。引き留めてすまなかった」

「いや、こちらこそ同業者が馬鹿をやった。すまん」


 俺はそれだけを言うと、女の手を引いてその場を後にする。


 人波が割れているお陰で、歩き易かった。


 ただ、後ろから感じる男の視線が、長い事女の背を追っていたことに、俺は気付いていた。


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