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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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直感が教える光の脅威

「三神、扉に向かって走れ!」

「ちょっと、どういう」


 七瀬は庇っていた晶葉に叫ぶと、後ろから掛けられた声にも応えず〝強化〟のコードを発動して全力で地を蹴った。


 エリシアがついに騎士長の間合いへと踏み込んだ。


 そこからは、七瀬の鋭敏化された思考をもってしても恐ろしい速度で動きが展開されていく。


 騎士長が腰からバスタードソードを抜き打ちし、逆袈裟に斬り上げる。


 エリシアはそれを真っ向から受けることなくフレアフィールによる急激な方向転換によって、剣を避けながらほとんど速度を落とすことなく騎士長へと迫った。


 ――それは駄目だ!


 七瀬はそう叫ぶ声すらも惜しんで疾駆する。


 目前で、剣を振り上げた姿の騎士長に変化があった。今の抜き打ちの踏み込みは囮。本命は後ろに残したままの軸足だ。


「っ!?」


 エリシアは目の前の光景に思わず息を呑んだ。


 まるで手品かなにかのように、すぐそこまで迫っていたはずの騎士長の姿が遠くなっていく。先の一撃はエリシアを誘い込むための餌であり、騎士長が狙っていたのは、片手で振り上げたバスタードソードを両手に持ち替えての、より速度を上げた唐竹割。


 まさしくそれは稲妻の如き一閃だった。


 しかしエリシアは既に止まれない。たとえフレアフィールであっても完全に避けることは難しいと判断した彼女は、竜爪での迎撃を試みた。


 〝竜〟の爪は火で作られていようと、神殿騎士の鎧ごと引き裂く最硬度の武装だ。


 剣さえ一瞬でも止めてしまえば、空いた片手で胴を引き裂けばいい。


 そう、エリシアは考えていた。


 竜爪と剣よりも先に、金色の瞳と赤い眼光が交錯した。


 振り下ろされる剣と、火の粉を散らす竜爪とが衝突する瞬間、騎士長の身体からコードの光が舞い上がる。白銀の剣が、より純白に染め上げられた。


 突如として剣を覆い尽くす白光に、エリシアは目を見張った。


 自分の使う〝火焔〟とは、何かが明らかに異なる光。


 それはアウターの持つ負の気配とはまるで違う、否、それすらもかき消す純粋な力の結晶だ。

これに触れてはいけないと本能が警鐘を鳴らし、だが彼女の行動はとうに後戻り出来ないところまで来ていた。


 限界まで集中されたエリシアの視線の先で、白光に輝く剣が確かに竜爪を切り裂いて進んでくる。


 火竜の鱗を斬られてしまえば、エリシアはもはや裸同然。バスタードソードは彼女の柔らかな腕を割り、脳天から身体を両断するだろう。


 一瞬後に訪れる確かな未来を前に、エリシアはどうすることも出来ず、ただ茫然と下される死を見つめていた。




 瞬間、二人の間に七瀬が割り込んだ。




 左手をエリシアの胴に回し、ちょうど彼女と互い違いになる形で七瀬は想像以上に軽い身体を引っ張った。


 そして騎士長に背を向けた状態から、全力の離脱。


 バスタードソードが完全に振り下ろされた時には、既に七瀬はエリシアを左腕に抱え込んだ状態で騎士長の間合いの外に出ていた。


 まさしく、異常としか言えない速度。これは白太鼓さえ破壊せしめた桁違いの〝強化〟のコードを極限まで発動し、助けるという意思以外の全ての無駄な思考が削ぎ落とされた結果起きた奇跡だった。


 端的に言うなれば火事場の馬鹿力であろうが、この奇跡が綾辻日々乃による無茶な訓練無しには起こり得なかったことは間違いない。


 けれど、それでも七瀬は欠片も気を緩めることは出来なかった。


 あの光を纏った剣撃。


 恐らくあれは近距離でしか使えないような代物ではない。威力は落ちるだろうが、斬撃を飛ばすくらいはするだろう。


 それが出来る身であり、それを平然と行える人間を知っているからこそ、七瀬はそう判断していた。


 それが分かっていても、振り向く暇などあろうはずもない。故に、背から感じる殺気だけを頼りに七瀬は時折斜めに進路を変えながら走る。


 すぐ横を破壊の剣閃が通り過ぎ、巻き上げられた石畳の欠片が身体を打った。


 それでも、止まらない。


 左腕に抱いたエリシアの身体を抱き直すことさえ惜しみ、七瀬は駆けた。


 コードを発動していれば、ものの数秒とかからず走り切れるはずの距離が、今は果てしなく遠い。


 一足先に脱出していた晶葉が、扉を開けてくれている。


 彼女は斬撃から七瀬たちを守るために結界を発動しようとするも、あまりの速度に介入することさえ難しく、ただ不安げに見つめることしか出来なかった。


 何度、襲い来る白光の斬撃を避けたかも分からない。


 ただ七瀬は目前に礼拝堂の扉が来たと同時、そこで遅れた反応を示す晶葉の身体を右腕で抱え込み、弾丸の如く礼拝堂から飛び出していった。


 そこからは遮二無二廊下を駆け抜ける。


 背後の殺気がどんどん遠くなっていくことを知りつつ、七瀬は神殿の出口が見えるまで一切速度を落とさなかった。


「なな、七瀬!」


 右腕に抱きかかえられた晶葉が、あまりの速度に呻きながら七瀬を止めようとした。礼拝堂の扉は小さくなり、騎士長が追ってくる様子は見られなかったからだ。


 その言葉にも耳を貸さず七瀬は走り続け、ついに神殿の扉に辿り着くと同時、抱えていた二人を放り出して膝を着いた。


「いっ‥‥つ」


 床に放り投げられた晶葉は打ち付けた腰をさすりながら立ち上がった。


「‥‥」


 同様に放られたエリシアは、どこか呆然とした様子で自分の手を見つめている。


 声をかけようかと躊躇う晶葉は結局、そのまま言葉を飲み込んだ。あの場でたった一人で騎士長に挑み、そして晶葉でも分かる程にあの一瞬の交錯によって完全なる敗北を喫した。


 プライドが高い故に、今エリシアがどんな気持ちでいるのかを察した晶葉は口を噤んだのだ。


 責任について責めているような状況でもない。


 まずはここまで連れてきてくれた七瀬に礼を言って、一刻も早くこの神殿から脱出しなければ。


 晶葉はそう思い、改めて七瀬を見た。


「ありがとう、な‥‥なせ?」


 七瀬の身体が、言葉の途中で前に倒れた。


 まともに受け身を取ることも無く、膝をついた状態からうつ伏せに倒れたのだ。


「七瀬!」


 慌てて晶葉は彼に駆け寄る。


 そこで、気付いた。


 七瀬の背中から、血が徐々に血が滲み始めている。よく見れば、その背はジャケットごと美しい一線に切られ、どうやら筋肉の緊張が解けた今になって出血が始まったらしい。


 考えられるのは、エリシアを助けるために騎士長の前へと割り込んだ時。避けきれなかったのだ、あの一撃を。


 ――傷の深さが分からないけど、早く止血しないと!


 晶葉は即座に七瀬の服を捲り上げ。鍛えられた背を露出させると、〝治癒〟のコードを発動させた。血が出ていなければ、傷口がどこにあるかも分からなかったろう。


 ――これがもし、脊椎にまで達していたら。


 脳裏に過ぎるのは、自分を庇って木偶に貫かれた七瀬の姿。そして王樹との戦いの後に、全身ボロボロで七瀬を背負った日々乃の姿だった。


 守り人としての仕事をしていけば、傷つくのは当たり前だ。平然と無傷で何体ものアウターを蹴散らす日々乃がおかしいとさえ言える。


 そんなことは重々分かっている。


 それでも。


 もしそれらが自分に手に負えない傷だったら。


 晶葉は湧き上がる不安と恐怖を押し込めて、懸命に〝治癒〟のコードを使い続けた。


 七瀬は昏々と眠り続け、治療を続ける晶葉の後ろでは、目を見開いたエリシアが寄る辺も無いまま七瀬を見続けていた。


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