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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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重圧が教える騎士の長

 これまでの神殿騎士の出現とは明らかに違う重圧。


 それは七瀬がこの神殿に感じていた得体の知れない恐怖そのものであり、そして、王樹を彷彿とさせる程の圧力だ。


 コードの光が収束し、不夜燈に照らされて銀の鎧が輝く。背に纏った朱のマントが微かに揺れた。


 体長はおよそ二メートルを超えるだろう。しかし巨体とは裏腹に全体のシルエットは全身鎧にいては細身だ。それでも胴周りからして七瀬よりも二回りは大きいが。


 腰に佩いているのは恐らくバスタードソードと呼ばれる片手半剣。神殿騎士の巨体に合わせている以上その長さは相当なものだ。


 しかしなにより特筆すべきは、神殿騎士の周囲を漂う四枚の盾だ。形状はカイトシールドであり、微かに湾曲した盾の表面は金色の装飾が為されていた。


 万敵を決して後ろには通さない、神殿の守護を司る騎士としての姿を体現したアウター。


 これに比べれば、ついさっき戦った連中など雑兵に過ぎない。たった一人であってもあらゆる神敵を討ち滅ぼす、凶悪なまでの意思がその身からは迸っていた。


 面頬の隙間から覗く赤い眼光が三人を捕える。


 ――こいつは、ヤバい。


 その神殿騎士を見た時、七瀬は即座にそう判断した。


 三神も神殿騎士から放たれる純粋な敵意に身を震わせる。王樹は良くも悪くも殺意の化身であり、相対した瞬間に決して相容れないということが分かるアウターであった。


 だが、目の前の騎士は違う。


 元が人間であったために、向けられる敵意と殺意には明確な信念が存在する。誰であれ殺すことが存在理由の怪物とは、殺気の気配がまるで別種。


 息苦しい。


 七瀬は自分の呼吸が浅くなっていることに気付いていた。筋肉が緊張で固くなり、思考が上手く回っていない。


 周囲の生が全て黒に塗り尽くされ、まさしく空間ごとたった一人の神殿騎士に呑みこまれる。


 打開策よりも先に、ただ目の前の敵が王樹と遜色ない程にマズイ敵だという事実ばかりが鋭い観察眼によって裏打ちされていった。


 一見すれば特徴的な盾に視線を奪われる。四枚の浮遊する盾は間違いなくあの神殿騎士が生前使っていた概念武装であろうが、曲者は、騎士の腰に佩かれたバスタードソードだ。片手でも両手でも扱えるように設計されたそれは、まるで変哲のない剣に見える。


 しかし、わざわざ盾を浮かせてまで両手を空け、泰然とした立ち姿でありながら隙を見せぬ様から、その技量は推して知るべしもない。


(あの剣にもなにかしら細工があると思った方が無難か)


 七瀬は油断なく周囲の気配を感じながら考える。


(今すべきことは、あいつにどうやったら勝てるかじゃない。どう、逃げるかだ)


 そもそも今回の任務は調査任務だ。ここまでの内容でも十分すぎる程の情報量であろうし、わざわざここで神殿騎士と戦う必要は無い。


 王樹との戦いは三神の呪いを解くのに必要だったから日々乃と立った二人で立ち向かうとかいう無茶無謀なことをしたのだ。運が良かったから二人共無事に勝てたものの、可能性としてはあの場で死んでいた確立の方が圧倒的に高かった。


 三神も既に逃げる為に重心が微かに後ろに下がっているし、当然、司令官たるエリシアも即座に撤退の決断を下す筈だ。


 そう、七瀬は考えていた。


「凛太郎、晶葉を守りながら後ろに下がって」

「一人で殿をやるつもりか? 他に敵もいないし、俺たち二人で捌きながら後ろに下がった方がいいだろ」


 たぶん、あの神殿騎士はこの礼拝堂からは出てこない、直感で七瀬はそう判断していた。理由を並べるのであれば、わざわざこの礼拝堂で迎え撃つ必要がないだとか、神殿騎士としての強い思念から、あの神像に固執しているように見えるとか、理屈を捏ねようと思えば捏ねられる。結局最終的に行きつくのは勘というだけだ。


 しかし、エリシアは首を横に振った。


「退く? なに言ってるのよ凛太郎」

「‥‥おい、お前まさか」

「私の全火力を叩き付けるから、側にいると巻き込まれるわよ」

「‥‥っ!」


 エリシアの言葉に、七瀬は絶句した。


 確かに彼女の火力は凄まじい。そんなことはさっき見た一撃からも十分分かっている。それを分かった上で尚、七瀬は目前の神殿騎士を危険だと判断したのだ。


 だが彼が絶句したのはエリシアの言葉だけが原因ではない。


 エリシアは、笑っていたのだ。それも何かに取り憑かれたような笑みで。


 その時、七瀬はエリシアの背に感じた不安を思い出す。


 彼女の姿に焼け付くような既視感を覚えたのは、七瀬が夢の中で幾度となく似た人間を見てきたからだ。


「待っ!」


 慌ててエリシアを止めようとするが、手を伸ばすにはあまりにも遅かった。


 七瀬たちが後ろに下がらないならばと、エリシアはフレアフィールを使って前に飛びだしたのだ。

そして敵の動きに神殿騎士が反応し、バスタードソードに手をかける。


 直後、エリシアは再びフレアフィールを大きく広げて翼を神殿騎士へと向けた。


 言葉通り、〝火焔〟の最大火力を叩き込むつもりなのだろう。確かに盾を持つ神殿騎士を一掃したエリシアの攻撃なら、目の前の神殿騎士にも十分通用するかもしれない。


 しかし、七瀬はどうしても嫌な予感を振り払うことが出来なかった。


 永遠にも感じる程に遅延した一瞬の中で、フレアフィールが眩く輝き、熱波が顔を焼いた。


「ぶっ飛びなさい」


 エリシアの静かな言葉と共に竜の伊吹もかくやという炎がフレアフィールから神殿騎士目がけて放たれた。


 耳を劈く爆音が暴力的に頭蓋の裏で反響し、踏ん張っても吹き飛ばされそうになるほどの爆風が吹き荒れた。


 全火力という言葉は伊達ではなく、神殿騎士の隊列に打ち込んだそれよりも遥かに強力なる轟炎が目前で踊る。


 余波の衝撃波だけでも晶葉が慌てて張った結界すら容易くぶち破り、七瀬は晶葉の小柄な身体を抱いて灼熱をやり過ごした。髪が火の粉を纏って吹き上げられ、光と風に目を空けることさえも難しい。


 息を吸えば肺が焼かれるだろう、薄目を開いて七瀬が確認した先では炎が礼拝堂の天井にもつかんばかりに燃え上がる様だった。


 波打つ炎の前で、フレアフィールを広げたままのエリシアが油断なく火の壁を、その向うを見据えている。


 七瀬もまた炎の揺らめきの向こう側から不気味な気配を感じていた。この一撃を受けて尚顕在だというのなら、間違いようもなくあの神殿騎士は王樹と同等の怪物だ。


 そして、エリシアの火焔が未だ衰えず燃え盛る中、陽炎に歪んだ銀色がうっすらと見えた。


 直後、四枚の盾が炎を押しのけて現れ、その奥からバスタードソードの柄に手を置いた神殿騎士が疾駆する。


「ッ!!」


 エリシアの反応は迅速だった。両手に竜爪を纏い、一瞬にして距離を詰めて来る神殿騎士に対して、臆することなく突っ込んでいく。


 エリシアのフレアフィールは高機動、高威力の万能兵装だが、欠点が無いわけではない。それは、炎を放射する時は砲撃、動く時はブースターと、明確に使い訳が決まっている点だ。勿論ある程度ならば両立も出来なくはないが、どちらも特化して使用するよりは格段に威力、速度が落ちる。


 そのためエリシアは、近接戦闘になった場合は竜爪を用いることでフレアフィールの力を十全に生かす戦い方を好んだ。


 故に間合いで言えば、剣を持つ神殿騎士の方がエリシアよりも広いため、エリシアはフレアフィールから炎を瞬かせ、自ら肉薄することを選んだのだ。


 その判断はエリシアの経験から言って間違いではなかった。恐らくフレアフィールの一撃を防いだ盾も、密着すれば密着した分だけ対応が遅れるために、彼女の選択は正解とさえ言っていい。


 唯一間違った点があるとすれば、それは神を守る神殿騎士の長として第一座に君臨した化け物の実力を見誤ったことだろう。見るからに目立つ四つの盾は〝結界〟のコードを仕込んだ概念武装であり、遠距離攻撃を防ぎ、味方を守ることさえ出来ればいい。


 騎士長にとって、最も信頼する武器はそれではないのだから。


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