炎が教えるエリシアの実力
遊里・フォード・エリシアはドイツと日本人のハーフだ。
七歳の頃にコードの力が発覚し、綾辻日々乃同様守り人候補生の施設に引き取られた。
その身に宿したエクストラコードは〝火焔〟と〝竜〟の二種。
二つに結わえられた鮮やかな赤い髪の毛や金の瞳はコードの影響によって染まった物で、エリシアも自分の色が元々何色だったのか、実感を持って思い出すことは難しい。
現在は現役の守り人として様々な場所で経験を積んでいる最中だ。そして、ようやく次の段階に進むための任務を受けることになった。
同期で司令官になっている人間は一人だけ。〝重力〟を自在に操るその天才が居たために、その代では常に二番手の地位に甘んじていたが、実力は本物だ。
それはたった一撃で神殿騎士の前列を崩壊させたことからも見て取れる。
彼女のコード・アーム、フレアフィールは、一見すると機械的なフォルムをした翼の骨組み。
その実態はまさしく翼であり、炎を射出する砲身であり、コードの力を最も効率よく振るう為の紛れもない武装である。
それによって放たれる炎は純粋な熱量という点でも驚異的であるが、彼女の持つ力は決してそれだけではない。
「さあ、かかって来なさい」
盾を持つ神殿騎士を乗り越えて、剣を持った神殿騎士が三体、そして槍を持った者が一体前に出てきた。後の二体は七瀬凛太郎に任せている。
本来であればエリシアは七瀬の戦いを見なければならない立場だ。しかしこの状況でそんなことを言っていられる余裕はない。
――凛太郎の言う通り、コードが分からないから不用意に攻めるのは危険‥‥っていうのは分かるんだけど。
武装を持つ連中のコードはなんとなく予想がつく。使えるコードに合わせた武装を所有するからだ。
だが、後ろでこちらを牽制する弓使いと後衛職は面倒だった。
エリシアは基本的に自分一人で大体の敵を力押しで倒せるため、小手先の技術は不要だと考えていたタイプだ。日々乃との戦いの中で多少の改善はあったものの、基本的なスタンスとして正面突破が多いことに変わりはない。
ただそれが明確に変わったのは、ほんの前に起こった王樹との決戦であった。
木偶を従えた大樹のアウター。天を貫かん程の巨体に、六本の腕、複数の脚が地を縫う。その身に纏うのは退廃と死の空気。
その時、フレアフィールによって空を高速飛行が出来るエリシアは、王樹に空中からの強襲をかけたのだが、洞から迸った〝恐慌〟の叫びによってあえなく撃墜されたのだ。
相性と言えばそれまで。しかし予め相手の情報を少しでも収集しようとしていれば防げた事態だった。
それ以来、エリシアも無策なまま突撃することは止めた。
とはいえ、
「加減するってわけでもないんだけど」
その言葉と共に、エリシアは自らのコードを発動する。
背後のフレアフィールが炎を吹いて戦慄き、両手に火が灯った。
変化はそれだけに留まらない。手の平に浮んだ火は揺らめき、途中から意思を持っているかのように動き出すと、エリシアの両手を覆い尽くす。
出来上がったのは、触れたものを全てを切り裂く形をした五本の爪だ。
〝火焔〟と〝竜〟二種のエクストラコードを持つ彼女にとっては火はただ放ち燃やすだけのものではない。
文字通り竜を形成するための血肉。燃え上がる炎は刃すら焦がす鱗になり、内から噴出した火柱は全てを切り裂く爪となる。
竜を象った火焔は単純な熱量だけでなく、竜と同等の質量、硬度を持った武装と化す。
直後、レイピアを手にした神殿騎士が到底届かないはずの間合いから突きを繰り出して来た。
何らかのコードによってレーザーの如くエリシアの胸元目がけて向かって来る一撃を、エリシアは避けようとさえしなかった。
「柔い」
片手の一振り。炎の竜爪はエリシアの言葉通り向かって来た一閃を容易く打ち払い、余波の熱波だけで他の神殿騎士をその場に食い止める。
直後、エリシアは駆けた。
一歩目を踏み込むと同時、フレアフィールが火を噴いて彼女の身体を加速させる。
先頭に立っていたレイピアの神殿騎士は反応する暇さえなくエリシアの竜爪によって胴体の半ばから上下に分断されて床に転がった。
(後衛の連中に邪魔されるのも面倒だし、まずは一体ずつ確実に仕留めるか)
そう考えた瞬間、複数の剣閃が、脚の止まったエリシア目がけて振り下ろされた。
しかし、その場には既に彼女の噴かした残り火しか存在しない。
エリシアはフレアフィールを使ったブーストが可能なため、普通の人間と違って初速から最高速度に近いスピードを叩き出せる。鎧によって視野が狭く、急な対応が苦手な神殿騎士には彼女の動きを捕えるのは難しい。
エリシアを見失った一体の神殿騎士が、後ろから頭を竜爪に砕かれて倒れ込む。
少し前の彼女ならばフレアフィールで神殿騎士の頭上を取り、絨毯爆撃によって全てを消し飛ばそうとしていただろう。
だが今の彼女は弓士や後衛職を油断なく警戒していた。不規則な高速機動で前衛の神殿騎士たちを盾にしつつ、一体一体確実に竜爪で仕留めていく。
弓士の放った矢がエリシアの通り過ぎた石畳を粉砕し、剣士たちが彼女を迎撃せんと剣を振るう。
しかし、竜はその程度では止まらない。
フレアフィールが横合いから奇襲をかけた槍使いを火焔で吹き飛ばし、赤熱した竜爪は紙を引き裂くように神殿騎士たちを葬り去っていく。
そして、壁となる前衛がいなくなれば、後衛で氷塊や矢を飛ばして来た神殿騎士たちはもはや脅威ではなかった。
火竜による暴虐を前に、たとえ隊を組んでいたとしても朽ちた人間程度ではあまりにも脆弱だった。
「おいおい嘘だろ。あの人数、本当に一人で倒したのかよ‥‥」
光となって砕けていく神殿騎士を見つめて生き残っている敵がいないか確認していたエリシアは、背後からかけられた声に振り向いた。
「この程度ならわけないわよ。そっちも終わったみたいね」
「まあ見ての通り。俺、普通に二体相手に苦戦してたんですけど」
二体の神殿騎士を倒した七瀬はエリシアの救援に来たつもりが、既にその場での戦いは終わっていた。後に残るのは竜の暴れた痕跡だけだ。
元々、それは戦いと呼んでいいのかさえ分からない蹂躙であったことを考えれば、当然の帰結であろう。
エリシアの実力を前に呆れるやら凹むやら七瀬を放って、彼女もまたその実力を認識し直していた。
(あの二体、特に槍を持ってた方はそれなりにやるとは思っていたんだけど、案外簡単に倒したみたいね。噂に聞く『黒の腕』は使わなかったみたいだし、ただの口だけってわけじゃないのか)
エリシアは七瀬の評価を上方修正する。
これまで普通の高校生だった人間がアウターに立ち向かうのがどれ程あり得ないことなのか、それは守り人としての訓練を幼少の頃から受けてきた人間だからこそ分かる。
故に日々乃の報告も相当誇大されたもので、表現されたものだとエリシアは判断していた。それは何も七瀬の力を疑っただけというわけではない。
そうすることで日々乃たちが呪いと木偶出現の関係性について報告を上げず、単独で王樹に立ち向かったという事実から、上の目を逸らすためのものだと。
あの日々乃がそんなことをすることに多少の違和感はあったものの、あの報告を鵜呑みにするよりはよほど現実感があった。
しかし、神殿騎士との結果を鑑みるに、
「案外、あんたもやるじゃない」
「今それを言われても嫌味にしか聞こえねーぞ‥‥」
「嫌味で一々こんなこと言わないわよ」
肩を竦めるエリシア。
一方で七瀬は見るだに恐ろしい破壊痕を引き攣る笑みで眺めていた。
確かに一見するとエリシアの力が引き立つ場面なのは間違いないが、あの神殿騎士を二体相手にして、晶葉のサポートがあっても倒すのは容易なことではない。
エリシアの見立てでも、同期で今の二体を相手に勝利出来るのはごく少数のはずだ。
「とりあえず、これで終わり?」
七瀬のボロボロになってしまったジャケットを治しながら三神が呟いた。
周囲は静寂に包まれている。
「出てきた神殿騎士は今ので全部みたいだけど、この後どうするんだ?」
「まずはあの神像らしきものの調査が必要でしょ。その後はなにか文書でもなんでも残ってくれると嬉しいんだけど」
「文書なんて出てきても読めないだろ」
「世の考古学者にこぞって馬鹿にされるわよ、あんた。それを解読するために必要なんでしょうに‥‥」
そこまで言ったところで、エリシアは言葉を切った。
七瀬も直してもらったジャケットを着直して、晶葉の前に立つ。
エリシアのフレアフィールから光が零れ、両手に火が灯った。七瀬も同時に〝強化〟のコードを発動させる。
礼拝堂の空気が、徐々に冷たく硬質になっていった。
エリシアが面倒くさそうに言う。
「まだ終わってなかったみたいね、どうせ出るなら一度に出なさいよ」
「え、俺としては同時に出現しなくてよかったと思ってるけど?」
「二人共動じないね」
三神はそんなことを言うが、そんなことはない。脳裏が知らせる危機感は先ほどの比ではなかった。緊張を紛らわせるための軽口を叩く三人の目の前で、神像を守るように強烈な光が乱舞した。
明けましておめでとうございます。
今年もどうか『サクラが教えるチートの正しい使い方』、よろしくお願いいたします。
今更ながら、キャラの振り仮名などのために、キャラ紹介の章を作りました。
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