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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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神殿騎士が教える生前の力

 先手を取って斬り込んで来たのは両手剣を手にした神殿騎士だ。得物は両手剣にしてはやや小ぶりなクレイモア、身に着けた鎧と巨大な体躯を頼りに、確実に俺の間合いの外から踏み込んで上段から斬り降ろしてくる。


 俺と同じ〝強化〟のコードを使っているため、その速度は音すらも置き去りにした。


 防がれようと防御ごと叩き斬る。それだけの気迫を感じさせる純粋な速度と力による一撃を、俺は右脚を後ろに半身になって躱した。


 こちらが無手である以上、両手剣を相手に距離を取る意味はない。神殿騎士の切り返しが来るよりも早く鎧の腕を左手で抑え込みながら、間合いを詰める。


 狙いは兜の顎下から打ち込む掌打。鎧が本体であっても、素体となっているのは人間の魂。頭の象徴たる兜を飛ばせばそれでこの神殿騎士は死ぬはずだ。


 だが、剣士の奥で静かに推移を見据えていた神殿騎士がそれを許さない。


 手に持つのは長槍。ほぼ密着状態で剣士の身体を盾にしたはずだが、その隙間を縫って的確な突きが俺の脚を掠める軌道で飛んでくる。もし剣士がこのまま倒されたとしても機動力を奪えば勝てるという算段だろう。


 即座に身を退き、双方の間合いから距離を取る。


 分かってはいたつもりだったけど、想像以上に厄介だな。剣士がなんの躊躇いもなく突っ込んで来たのは槍使いによる支援があるからか。


 死して尚あの精緻な槍捌き、生前は相当卓越した技量の持ち主だったんだろう。剣士の奥で油断なくこちらを見据える槍使いからは不用意な攻めを牽制する圧が放たれている。


 さて、どう切り崩す。


 槍使いのせいで視線を外すことも出来ないが、視界の端では赤い火花が散り、とても人型同士の戦いとは思えない轟音が響き渡っている。


 ちょっと怖いんだけど、出来ることなら向うにさっさと加勢したいところだ。


「七瀬」

「ん? どうした三神」

「あの後ろの神殿騎士、少しでも止められれば前の奴には勝てる?」

「そりゃまあ、あれぐらいならすぐにでも勝てると思うが」


 あの槍使いを止めるのは至難の技だと思うぞ。


「あなたの〝強化〟のコードなら倒すのに一瞬とかからないはず。私の結界で槍使いを抑え込む」

「‥‥分かった」


 渾身の一撃に切って来なかったということは剣士が使うコードは恐らく〝強化〟のみ。槍使いのコードが分からないのが懸念事項だが、ここで睨み合いを続けていても仕方ない。


 背後から感じるコードの気配の高まりが最高潮に達した瞬間に、俺は前に滑り出る。


 機先を制した俺の動きに一拍遅れて剣士が反応し、槍使いがその隙を潰すように刺突を放ってくる。


 しかし、甲高い音を立てて槍は俺へと至る前に結界によって阻まれた。


 ――ここだ。


 脳天目がけて振り下ろされた剣を斜め前に避けながら、右手で剣士の腕を取る。


 肩口に刃が触れる寸前で俺は右手親指から押し込み、剣を外に逃がしながら強引に剣士の腕を引き込む。


 左掌打が剣士の兜を下からかち上げた。


 白銀の兜が回りながら宙を舞う。


「七瀬!」


 後から浴びせられた声に反応するよりも早く、剣士の身体を貫いて迫る穂先を俺は顔を振って避ける。


 避け切れずに切り裂かれた頬から鮮血が散った。


 なんつー判断力だ。結界を突破したことよりも、死んだと見たら躊躇もなく味方ごと突いてくることに驚きだよ畜生!


 反射的に退く俺に対し槍使いは逃さんと連続で刺突を放ってくる。


 寸前で身を躱し、避け切れないものは手で捌いて行くが、


「っ!?」


 強化されたはずの俺の身体が服ごと斬られていった。


 槍が何かを纏っているわけではない。なんだ、この脳の判断と身体の感触がズレていく妙な感覚は?


 俺は一度手で受け流すことを止め、距離を取って大きく避けることを意識する。


 そして、絡繰りが見えた。ああクソ、そういうコードか。


 よく見れば槍使いの持つ槍が、中程から微かに歪んでいる。


 〝幻影〟のコード。


 使い手によっては対象者の見ている景色全てを幻惑に落とすことさえ可能な力。どうやらこの槍使いが使うそれは、さほど強力なものではないようだが、その代わりに使い方が巧みだ。


 刃の向き、長さ、しなりの方向。手元を見ればある程度予測は出来なくはない。しかし一瞬一瞬の判断において視覚情報を踊らされるのは厄介極まりなかった。


 そして、苛烈な攻めが展開される。


 こちらは後ろに三神を背負っているため、不用意に後ろに下がることは出来ない。三神も広い範囲で結界を張ることで槍使いの槍撃を防ごうとするが、それさえも見切って千変万化の穂先が俺の身体を捕える。


 いくら〝幻影〟に惑わされようと、槍の手元が見えている以上致命傷には成り得ない。ただ確実に少しづつこちらの機動力と集中力を奪ってくる。


 目前まで迫った穂先の動きが、手首の返してで微妙な変化を持つ。そして、目で判断した情報は罠だと気付いて対処した瞬間には既に遅い。避け切れずに胸元から血が跳ねた。


 さっきからこの繰り返しだ。今のところ一番の対処法は大きく距離を取って避ける他ない。


 攻めようにも槍の間合いに潜り込むのは容易ではなく、距離が近づけば近づくだけ幻影に惑わされた一瞬の隙が致命的になる。


 あれ、これ大分マズイ。


 落ち着け、木偶との戦いが終わってから俺はあの鬼教官に鍛えられてきたんだ。


 流れは今間違いなく向うにある。しかし相手は生前の技量を多少使えようと、思考力の落ちたアウターだ。必ずどこかに隙が出来る。


 問題は、どうその隙を作り出すか、あるいは見出すか。


 ゾンッ! と空気を切り裂く音を立てて槍が走る。踏み込みによって放たれた正中線を狙った突きは捌き辛く避けにくい。


 俺はこれまでと違い、相手の持ち手に注意しながら紙一重で避けることを選んだ。半身になった腹すれすれを通り過ぎる槍に、触れていないはずなのに裂ける腹。


 その機を見逃さずに槍使いは槍を引き戻しながら脚を捕えにくる。


 ――ここだ。


 俺は身体を引きながらジャケットを脱ぎ、撓らせた一振りで戻る槍を絡めとる。


 槍使いの動きは間違いなく高い技量に裏打ちされた洗練なものであったが、その反面威力という点ではさほどのものでもない。突きで散々斬られたものの、元々このジャケットは防刃性に優れた繊維の塊だ。


 引きの動作ではそう簡単に斬れるものじゃない。


 微かな流れの遅滞。その数瞬の遅れが俺にとっては最も手に入れたかった隙になる。


「シッ!」


 体重を前に滑り落とすように深く身体を沈めて進む。


 ジャケットを振り解いた槍を手元に戻すよりもこちらの方が早い。槍使いは間に合わないと見るや片手を開けてこちらを牽制する貫き手を打ち込んできた。


 その選択はまさしく英断であったんだろうが、少なくともお前はその鎧じゃあ、空中で身体を入れ替えるなんて芸当は出来ねーよな。


 腕だけで突いて来る貫き手を手に取ると、俺は転身、急停止の力を全て後ろへと変え、腰を槍使いの下に潜り込ませ、投げる。


 金属の塊が宙を舞った。


 直後、ゴッ! と頭から叩きつけられた槍使いの身体が跳ね、兜があらぬ方向へと弾け飛ぶ。暫くもすることなく光の粒子となってアウターは消えていった。


 ‥‥うん。やっぱり投げられながら蹴りを決めて来る綾辻がおかしいんだよな、普通に考えて。


「大丈夫、七瀬?」

「傷自体は全体的に浅いから平気だ」


 俺は打ち捨てられたジャケットを拾い上げて着直しながら三神に答える。ところでこれ、今日来たばっかりの新品なのに既にダメージジャケットなんてレベルじゃない勢いでボロボロになった。後で三神に修繕してもらおう。


「さて」


 こっちは終わったし、エリシアの加勢と行こう。


年内最後の更新になるかと思います。

今年一年、読者の皆様に支えられてここまで来ました。来年もまたよろしくお願いいたします。


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