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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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礼拝堂が教える戦いの始まり

「見れば見る程、人が住んでいたとしか思えない場所よね」


 小型カメラで部屋の内装を撮っていたエリシアが小さな声で呟いた。


 視線を向けると、どうやら無意識の言葉だったらしく辺りを見回している。


 今俺たちが居るのは、食堂であろう場所だった。


 木で出来た長机に大量の椅子。机にはしっかりとテーブルクロスもかけられており、エリシアの言う通り人が住んでいた名残が確かにある。


 しかし椅子の数が欠けていたりクロスを捲れば机や食器棚も荒らされた形跡が残っていた。


 あれからいくつもの部屋を見て回り、そのほとんどは簡素な寝室という結果に終わった。そのどれもが外観の荒廃具合とは裏腹に綺麗にされていたが、食堂同様にやはり破壊の跡は確かにある。


 ここも手入れ自体は行き届いており、埃が積っているようなことはない。なんとなく姑ばりに窓枠に指を這わせてみても、綺麗なままである。ちなみに窓は完全に蔦で覆われていて一切外を伺い知ることは出来なかった。


 咲良も家事とか得意そうだけど、実際どうなのかは聞いたことないな。あいつのことだから謙遜しながらこなすだろうけど。


 どうでもいい話だが、我が姉貴は家に居る時の昼は大体カップ麺である。掃除は気が向いた時にしかやらない。この神殿に花嫁修業に出したら少しはまともになるかしら。


「七瀬、これ!」

「っ!」


 そんな馬鹿なことを考えていたら、三神が珍しく慌てた様子で駆け寄ってきていた。三神は気配が極端に薄いので、突然声をかけられると死ぬ程驚くな。

にしてもどうしたんだ、確か台所の方を見て来ると言っていたっけ。


「どうした三神、そんなに慌てて」

「どうしたの?」


 近くで食器棚を物色してたエリシアも寄ってくる。


「これ、見て」


 そう言って三神が机の上に置いたのは黒みがかった瓶だった。それは汚れによって黒ずんでいるわけではなく現代日本のガラス瓶と違って透明にするための技術がまだ未発達だったからだ。中には何かがギッシリ詰まっている。


 ‥‥ああ、成程。台所から食糧庫にでも繋がってたのか。


 瓶を注意深く覗き込んだエリシアが言う。


「これ、まさか食べ物?」

「たぶんそうだと思う」


 そう、三神の言う通りそれは保存食だった。瓶の透明度が悪いせいで中身はよく見えないが、たぶん野菜の酢漬けだろう。今で言うところのピクルスみたいなものだ。


 一般家庭では当たり前に作っていたはずのもので、ここが神殿であればなんらあってもおかしくはない。


 遠征行った時はよく食べてたなあ、これ。とにかく半端じゃないくらい酸っぱいのでスープに入れたりしてた。


 ピクルスの瓶を手に取って眺めまわしていたエリシアが、徐に口を開いた。


「‥‥開けてみない?」


 その言葉に三神は暫くフリーズし、


「‥‥正気?」


 と凄まじい表情でエリシアを見た。なんて顔してんだお前。


「やっぱり中身を見ないことにはどんなものか分からないじゃない、調査任務なら開けるべきでしょ」

「何が入ってるのかまるで分からない状況で開けるのは危険すぎる。毒性のガスが充満してないとも限らない」

「あんた、〝解毒〟のコード使えなかったっけ?」

「使えなくはないけど、あてに出来る程のものじゃない。しかるべき研究機関に送って調査するべき」


 ‥‥あれだな、三神の言っていることは何一つ間違ってない。間違ってはいないが、中に入っているのはただの野菜の酢漬けだ。恐らく三神の探し出したであろう食糧庫にも〝保存〟のコードが刻まれていると思うから、不夜燈のことを考えると普通に食べられる代物だとは思う。


 いや、こっちの世界の俺たちにとっては毒とも限らないからやっぱり三神が正しいんだけど。

古代の人が壁に適当に書いた落書きを現代人が頭捻って解読しようとしているのを見たら、こんな気分なのかね。


「分かったわ、確かに晶葉の言う通りだし」

「サンプルとして持っていくにも邪魔だし、帰りがけに回収していけばいい」

「これ、他にはなかったのか?」

「結構沢山瓶やら袋があったけど、完全に密閉されているもの以外は怖くて触ってない」

「用心深いな」

「私以外に治療系のコード使えるのがいないから、出来うる限りリスクは避けないと」


 そうか、特に今日は慎重だなと思っていたらそういう理由だったのか。普段から回復担当は三神しかいないけど、今回は綾辻がいない。三神も不安なんだろう。


 しかし人が住んでいた形跡こそたくさんあるが、人の気配そのものはまるでしない。手入れこそ行き届いているもの生活感は薄く、ちぐはぐな印象を覚える。


 俺たちは食堂を後にすると、神殿の奥へと更に足を向けた。


 神殿へ入る前に感じた言い知れぬ恐怖、その気配が強くなっていくことを感じながら。


 辿り着いたのは、これまで簡素な木の扉だったものとは違い、荘厳なる装飾が為された扉だった。両開きの扉にはそれぞれ向かい合うように二柱の神が描かれているが、そのどちらもがやはり顔の部分を砕かれていた。


 その壁画を撫でるエリシアが静かに言う。


「‥‥ここは、恐らく神殿か教会に近いものだったみたいね」

「宗教戦争?」

「それ以外に偶像を砕く必要があるとは思えないのよね」

「普通に王族や皇族をモチーフにしている可能性は?」

「それにしてはこの建物の内装自体は質素だし、一切家系を感じさせるものがないってのも妙でしょ。この壁画に描かれている内容も王族と関係がありそうには見せないし」


 二人は考察を続けながら壁画をカメラに収め、細かいところまでを見つめている。


 これは、顔の部分が砕かれているせいで詳しいことまでは分からないけど、二柱の神が身に着けている装身具から考えるに、戦女神と‥‥片方はよく分からん。


 体型からして女神なのは間違いない。着ている衣装は全身を覆う修道服に近く、戦闘を司るものではないと思うんだが、こんな神がいたかどうかは思い出せなかった。


 そもそもこの場面はなにを描いてるんだ? 他に分かるものは二人の間に太陽と戦女神の背後に一本の槍。そして修道服の女神は両手を胸の前で上に向けている。それ以上は頭部同様に損傷が激しく、見て取るのは難しかった。


 神話の一場面を再現したものだとは思うんだが‥‥元々前世の俺自身知らないのか、或いは忘れているだけなのか。


 どちらにせよ、最後のピースはこの扉の先にあるだろうことだけは分かった。


「晶葉、凛太郎、気引き締めなさい。私から先行するわ」

「分かった、気を付けて」

「ああ、三神はあんまり前に出ないようにしろよ」


 エリシアはここまで自信満々だし三神の話を聞くに綾辻と張り合えるというのだから、俺が守る必要はないはずだ。


 まあ三神だって俺よりも遥かに歴戦の守り人、守るなんて烏滸がましい話なんだけど。


「じゃあ、開けるわよ」


 エリシアが、扉に手をかける。


 ここが神殿だとしたら、この扉の向こうにある部屋はなくてはならないはずのものだ。


 勢いの良い音と共に開かれた扉の先でまず視界に飛び込んで来たのは、広い石造りの空間。部屋の中は大量の不夜燈によって昼間と同じ明るさを保っている。


 陵星高校の体育館が容易く一つは入りそうな円状の部屋は幾本もの柱で支えられ、扉の正面には巨大な女神の石像が設置されていた。


 石を削って作ったとは思えない程にその石像は白く柔らかな質感が見て取れ、まるで今にも動き出しそうな神秘性に満ち溢れている。


 それは、着ている衣装からして恐らく壁画に描かれた修道服の女神なんだろう。フードと髪の中から覗く顔は、白一色にも関わらず慈愛を感じさせる表情で全てを見下ろしていた。


 そして、その女神の背後にあるのは扉にも描かれていた太陽の壁画‥‥。


 思考の沼に沈んでいた俺の耳に、戦闘態勢を取っていたエリシアと三神の声が聞こえて来る


「やっぱり神殿か教会で正解か。ここは、礼拝堂?」

「椅子とかはないけど、たぶんそうだと思う」

「それにしても‥‥」


 エリシアは礼拝堂に一歩踏み入り、正面に据えられた石像を見上げた。


「この女神像は壊されてないのね」


 そう、エリシアの言う通りここは神殿にはなくてはならない礼拝堂であり、女神像はこれまでのものと違い、頭部の部分が破壊されていない。


 今までの破壊痕からして、この神殿にとっても最も重要なはずの礼拝堂において、女神像が無事というのはおかしな話だ。


 静謐なる空間に圧倒されながら、何かに導かれるようにして俺たちは礼拝堂の中に進んでいく。石畳の部屋は絨毯が敷かれていないにも関わらず足音が吸い込まれて消えていき、外部からの干渉を許さない雰囲気に覆われていた。


 そして、丁度礼拝堂の真ん中まで辿り着いた時、俺たちはこの礼拝堂が無事だった理由を思い知ることになった。


 名も知らぬ侵略者たちはこの女神像を破壊しなかったわけじゃない。したくても出来ず、そしてここで伏した。


「随分と遅いご登場じゃない」

「ああ、やっぱりいないなんてことはないか」


 この神殿に入る前に感じた得体の知れない恐怖、その正体が姿を現した。


評価ポイントいただきました! ありがとうございます!

クリスマスイブということで投稿です!


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