仕事が教える遊里・フォード・エリシアとの出会い
「それで、私と君で調査任務をすることになったと」
「そういうことだな」
場所は陵星高校、ではなく西東京にある地方都市へと向かう電車の中。
揺れる車体に流れていく景色。今が既にゴールデンウィーク終わりの平日ということも相まって、非日常感にどことなく落ち着かない気持ちになる。
隣に座っているのは研究所の時とは違い、亜麻色の髪を揺らす気だるげな眼をした少女、三神晶葉だ。
腕と腕とが売れ合いそうな程近くにいるはずなのに、消えてしまいそうな希薄な存在感。
三神は制服姿ではなくいつも仕事の時に来ているパーカーに、動き易そうなジーンズと色気の欠片もない恰好ではあるが、顔が良いせいで似合って見えるのは卑怯に思える。俺がジャケットとか着ると鉄砲玉にしか見えんのだよなあ。
三神は一つ溜息を吐くと、背もたれに体重を預けた。
「‥‥いや、すまん。まさか三神を巻き込むことになるとは思わなかった」
俺は改めて謝罪した。
そう、神坂さんから俺に下されたとある任務。初めは指導官とやらと二人で行うと思っていたそれは、どういうわけか三神も共に行動することとなったのである。
どういうわけか、というか、綾辻が強引に三神の同行を神坂さんに認めさせたのだ。正式な初仕事の場で知らない人間と二人きりにならないようにという彼女なりの配慮だろう。
結果、俺と三神はこうして二人電車に揺られているわけである。
「別に、それに関してはなんとも思ってない」
「そうなのか?」
てっきり綾辻と離れるのが嫌で仕方ないのかとばかり。
すると、三神は普段よりも冷たい目をして俺を見た。
「‥‥君は私と日々乃をどういう関係だと思ってるの?」
「え、流石にそれは俺の口からはなんとも」
だってゆっりゆりな感じでしょ? 背後で花が咲き乱れて淡いトーンが貼られる感じの。別段俺は人の趣味嗜好に口出しするつもりはないが、本人を前に言うのは憚られる。
俺の言いたいことを察したのか、三神の冷たい視線は次の段階へと進んだ。綾辻といい、この二人は俺を特殊性癖に目覚めさせたいのかな。
「私にとって日々乃は信頼しているパートナー、決してそれ以上でもそれ以下でもない。下衆な勘繰りはやめて」
「お、おお。それはすまんことをしたな」
とは言っても本気でそう思っていたわけではない。ちょっとした冗談である‥‥、冗談だぞ? 偶に本気で疑うことはあるけど。
三神は処置無しと再度溜息を吐いて言った。
「仕事なのはいいけど、ゴールデンウィーク明けでとにかく怠いの‥‥」
「毎日深夜に仕事してたのに五月病もなにもないだろ」
「その代わり、昼間は寝続けられたから。夢のような日々だった」
「夢だけ見てた日々の間違いだろ、それ」
そんなくだらないやり取りをしつつ、俺と三神は人の少ない車内で流れ行く外の風景をぼんやりと眺める。綾辻と二人車内にいた時は夜と同じ仕事、という雰囲気が強かったが、今こうして三神と隣り合って電車に乗っているというのはなまじ日常に近いせいで、余計に意識してしまう。
大体、三神は影が薄いというか存在感が希薄なくせして、近くにいればしっかりと甘い香りがするし、腕が触れ合えばその柔らかさに一々驚く。ふとした瞬間にこちらを見上げる顔は十二分に整っていて、咲良という存在がいなければ俺は今ごろ土下座で交際を申し込んでいたに違いない。
「ねえ七瀬」
「ひゃ、ひゃいなんでございましょうか!?」
「なにその反応‥‥。そういえば、まだ詳しい任務内容について聞いてなかったなって」
「あ、ああそれについてか」
確かに朝集合した時は、そのまま電車で話すからと流した覚えがあった。
「とは言っても、俺自身詳しい話は聞いてないんだ。なんでもある場所での調査任務ってことらしいが、詳しい話は現地にいる指導官に聞けってさ」
「指導官ね、その人の名前は聞いているの?」
「いや、聞いてないな。もしかしてお前の知り合いが来る可能性ってのもあるのか」
その可能性に今更ながら思い至り、三神に聞いてみる。彼女はなんとも言えない表情で答えた。
「さあ、私も知らない人はたくさんいるから。ただ指導官となると数は限られるけど」
「ん? 指導官って普通にベテランの守り人がやるわけじゃないのか? というかなんだよその微妙な表情は」
「詳しい話を聞いたわけじゃないから確証はないけど、指導官には恐らく指揮権をもった人が充てられると思う。あと、別に微妙な顔なんてしてない」
指揮権ねえ、戦記物の小説やら漫画でしか聞いたことのない単語だけど、守り人にもそういったものがあるらしい。というか嘘つくの下手か、そんな露骨に目を逸らして言うなよ。
「‥‥指揮権ていうのは司令官の資格を持っている人に与えられていて、現界期の起こる任地において戦闘の指揮を取れる権限のこと。司令官は必ず一人は必要で、日々乃も持ってる」
「つまり、お前は持ってないから、俺たち以外に指揮権を持っている人が来る可能性が高いと」
「そういうこと。‥‥それと」
三神はそこで言い辛そうに口ごもる。下唇を噛んで視線を逸らす彼女は、普段から感情表現の薄い彼女にしては珍しかった。
「それと?」
「もしかしたら私にいい印象を持ってない人が来るかもしれないから」
「‥‥あー」
そういうことか。
三神の態度にも得心がいった。研究所に行く途中で綾辻も嫌な顔をしていたが、本当聞けば聞く程しょうもない話である。
「俺に言わせりゃ、三神のいない場での戦いなんて考えたくもないけどな」
「君もたまに変なこと言うね。私じゃ木偶の一体すらまともに倒せないのに」
「補給のままならない軍なんて無力もいいところだからな。サポートって面で見ればお前以上の人間を俺は知らねーよ」
一人何役こなすんだって位仕事してるからね、この子。
「‥‥」
俺の言葉に三神は深く腰掛け直し、顔を俯かせて寝る体勢に入った。いや、別にどうでもいいけど、二人で電車に乗った時に片方が寝ると必然的に片方は起きてないといけないよな。まあ、うちの姉と母はその点抜かりなく、父と弟という名のアラームを頼りに二秒で寝るので、訓練されている俺である。
そんな出来る男七瀬凛太郎なので、当然三神の頬が少し赤くなっていることは見逃さなかったが、それを言う程野暮でもなかった。
俺も目を閉じて無言の空気を感じながら到着を待つ。電車の走る音の隙間から三神の寝息が微かに聞こえる。三神と二人で遠出をするという不思議な現状を、俺はこの先に待ち受けるであろう難関を一時忘れて、静かに甘受していた。
◇ ◆ ◇
目的地に到着し電車から降りた俺たちを迎えたのは、閑静な駅だった。自動改札こそあるものの人影はほとんど見当たらず、街並みの向こう側には緑の山々が見える。完全な田舎というにはほど遠いが、栄えているとも言い難い、そんな駅である。
「待ち合わせ場所とかって指定されているの?」
隣に立った三神が聞いて来る。
俺は神坂さんから送られたメールを確認しつつ、答えた。
「いや、駅に着けば待ってくれるはずなんだけどな。時間も合ってるし」
「この駅で見過ごすこともないと思う」
三神が周囲を見つつ言う。確かに彼女の言う通り、相手の顔を知らないとはいえ、こんな拓けている上に閑散とした駅で待ち人を見逃すはずもない。
この先どうすればいいかなんかも指導官から聞く予定だったし、神坂さんの電話番号なんて聞いてないから、下手するとここで立ち往生もあり得るのか。ただでさえ学校休んで来てるってのに、こんなところで時間食いたくはない。咲良にまともに弁明も出来ていないどころか、あまり休み過ぎると流石に親も良い顔はしないだろう。今でこそ綾辻の顔に免じてなんとか許されている感じだというのに‥‥俺よりほぼ初対面のはずの綾辻の方が信用を得ているのはどういうことなのかと考えてはいけない。美人て得よね。
「仕方ないな、まずはその辺歩いてみて探してみ」
――るか、と続けようとしたその時、その声は上から降って来た。
「あなたが七瀬凛太郎ね」
顔を向けた先にあったのは、岩を削りだして作られた幅広のモアイのようなオブジェだった。
なに、これが喋ったの? 見た目より高い声してるんですね、潰したニンニクみたいな鼻がチャームポイントなのかな。
「どこを見てるの」
とまあそんなわけもなく、俺はそのオブジェの更に上に視線を移した。
空が、燃えていた。
違う、それは風に煽られて波打つ長い髪だ。
うなじのところで二つに結わえられた炎の如き鮮やかな赤い髪の毛が靡き、その下で勝気な金色の瞳が俺たちを睥睨する。綾辻が戦闘時に着ているものと同じジャケットを着て、同色のミニスカートからはカモシカのような脚が健康的な美しさを持って伸びている。顔に浮かべられた笑みは獰猛な獅子を思わせた。
印象鮮烈なる女が腕を組み、オブジェの上で仁王立ちをしていた。
その時、俺の中に浮んだ「何故オブジェの上にいるんだ?」だとか「その赤髪は地毛か」とか「スカートの下はスパッツ履いてんのかよ」とかいう疑問は全て一瞬の過去に捨て置かれた。
それ程までに彼女の存在から発せられる幻想の光に目を奪われたのだ。
彼女は顎を逸らし慎ましやかな胸を張ると、不遜なる態度と自信に満ち溢れた口調でこう言った。
「私があんたの指導官で、最強の守り人となる人間、遊里・フォード・エリシア。この名を覚えときなさい」
人生の契機となる出会いをその場で自覚するのは難しい。今のところ俺がそれを感じたのは春に手を引いてくれた咲良、そして夜の中で偶然なる邂逅を果たした綾辻と三神の三人だけだ。その三人にしたって、背景にある環境が大きな理由の一つであるのだ。
しかしながら、今この場において俺はこの女を見た瞬間に雷に打たれたような衝撃に見舞われた。理屈っぽい言葉を並べることも出来ない直感でだ。
まさしく傲岸不遜なる淑女エリーと俺の出会いは、こうして果たされたのだった。
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関係ないですけど、最近ライトノベルを書く内容のライトノベルが増えてきていますけど、ああいうのを読むと書きたくなりますよね。
ああいった作品が台頭してきたのは、それだけ創作する人が増えてきたってことでしょうか。何だか心躍りますね。




