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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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白太鼓が教える七瀬凛太郎の力

 この『コード研究所第四支部』には、山を掘削して作り上げた広大な敷地があり、地下でありながら運動場も存在する。


 七瀬凛太郎はラグビーでも出来そうな広いグラウンドで、運動着に着替えて立っていた。


「すげーな、陵星高校の校庭より広いんじゃねーか‥‥?」

「守り人の訓練施設としても使われる場所だから、ある程度の広さがないと他に影響が出るでしょう?」


 独り言に言葉が返ってきた。


 七瀬が振り向くと、そこにはいつの間に来ていたのか日々乃と紫藤が立っていた。

 紫藤が手元のタブレットを操作しながら言う。


「そういうことよ。このグラウンド周りは特に強固に建設されてるから、ある程度までなら暴れても大丈夫ってことになってるけど、‥‥とはいえ今日はコード無しの基礎身体能力を測るものだから関係ないかしら」

「こんなとこでまで走らされるのか俺は‥‥」


 この研究所に来てからも、無駄に柔軟な変化を見せるトレーニングメニューを携えた日々乃による訓練から逃れられていない七瀬はゲンナリとした表情をする。


 日々乃は軽く肩を竦めて応えた。


「本当はこのグラウンドが訓練に使えればいいのだけど、なにぶん国の施設だから使うのに色々と手続きが必要で面倒なのよ」

「それならそこで諦めておけばいいものを」

「まさか? 一日鍛錬を怠ればその分を取り戻すのに何日かかると思っているのかしら」


 その運動部特有のセリフ、まさか聞くことになるとは思わなかったと溜息をつく七瀬に、紫藤が手を鳴らした。


「はいはい、イチャコラするのはそこまで。まずは走力検査からよ」

「紫藤さん、訂正してください。イチャコラなんてしていません」

「というか、イチャコラってもう死語なんじゃ‥‥」

「黙りなさい、そして早いとこ走りなさい」


 射殺すような目で見られた七瀬は、慌ててスタートラインに着く。妙齢の女性に年齢を感じさせる発言はしてはいけない、絶対的な世の真理である。


 それから七瀬が熟していった内容は高校で行う一般的な体力テストのそれであり、コードの使用も禁止されているので、本当にただの体育だ。


 紫藤はそれらの結果を改めて精査しながら思案する。


(体力テストの結果は同年代フォルダーとしては平均より少し下‥‥いえ、比較対象は守り人候補生のデータが基本だから、これが普通なのかしら。さすがにこの年代まで発見されないのは珍しいから判断が難しいわね。そもそも短期間とはいえ日々乃が仕込んでいるみたいだし)


 しかし、少なくともこの結果からは七瀬が王樹と戦えたという事実の片鱗は見出せない。やはり『黒の腕』を見ない限りは彼の特異性に迫ることは難しそうだと考えた所で、紫藤はあることに思い至った。


「そういえば七瀬くん」

「なんですか?」


 綾辻から手渡されたスポーツドリンクを飲んでいた七瀬が顔を上げる。

 紫藤はそんな彼にある施設を指さして言った。


「ちょっと面白い物があるんだけど、試してみない?」

「面白いもの‥‥ですか?」

「体力テストもこれで終わりだし、ちょっとしたお遊びみたいなものだけどね」


 紫藤がそう言って七瀬を連れてきたのは、室内で様々な機具を使って総合的な戦闘能力を数値化するための施設だ。


 日々乃も何度か使ったことがある施設に懐かしさを覚えつつ、紫藤に聞く。


「紫藤さん、確かこの施設の使用は今日ではなかったはずでは?」


 当然、王樹との戦いにおいて戦果を挙げたと報告された七瀬は、この施設を使った戦闘力検査も行われる予定だ。


 そもそも多くの人間は日々乃が挙げた報告書に懐疑的なので、どちからと言えば化けの皮を剥がすためという側面が強い。報告書が事実という前提として動く紫藤の方が稀なのだ。


「だからお遊びみたいなものよ、気楽に考えてくれたらいいわ」


 紫藤はそう言うと、施設の電源を入れ、ある機具を起動させる。それは大まかに言って巨大な白い太鼓と言って良い見た目だった。


「‥‥なんだ、これ?」

「簡単に言えばパンチングマシーン。ただし、〝強化〟のコードを使用した守り人の一撃にも耐えられるよう設計されたね」


 綾辻に説明された白太鼓は、成程そう言うだけの巨大さを持っていた。ゲームセンターにあるような殴って倒れ込むタイプとは違い、大きなボタンを殴りつけて押し込むタイプのものである。


 七瀬は自分の身長の倍近くある白太鼓を眺めながら、金かかってるなあと庶民の考えを浮かべていた。


「それじゃ、一発思いっきり殴っちゃっていいわよ」

「えーと、分かりました」


 これ殴っても拳痛めたりしないだろうな、と思いつつ七瀬は脇を締め、踏み込みと共に白太鼓を殴りつける。


 その感触は思っていた以上に柔らかく、衝撃が中で拡散し、吸収されていくようだった。


 白太鼓の横でタブレットを見ていた紫藤が呟く。


「‥‥ふむ、打撃力は平均的な守り人候補生位あるのね。日々乃の指導のお陰かしら」

「あの、これで終わりですか?」

「んー、それじゃあ今度は〝強化〟のコードを使ってもう一度やってもらってもいい? 報告書を見る限りでは〝強化〟だけでも相当王樹相手に立ち回っていたようだし、是非この目で見てみたいわ」


 紫藤の狙いはそれだった。


 『黒の腕』を見ることは出来なくとも、日々乃の報告書の内容が真実であれば〝強化〟のコードでも相当な力を発揮出来ることになる。


 それを明日まで待てなかったのは、純粋に好奇心を抑えきれなかった故だ。


「コードを発動して、思いっきりですか?」

「ええ、もちろ」

「駄目よ七瀬、ある程度は加減しなさい」


 七瀬の疑問に自信をもって答えようとした紫藤の言葉を、綾辻が遮って言った。礼節を重んじる彼女にしては珍しい行動だ。


「日々乃、何言ってるのよ。本気でやってもらわないと正確なデータが取れないでしょう」

「お言葉ですが紫藤さん」


 日々乃はそこで紫藤を真剣な目で見る。そこには一切嘘偽りのない真摯な光があった。


「七瀬がコードを発動して本気で殴ったら、この装置でもどうなるかは正直分かりません。少しずつ力を込めていく方が危険がないと思います。」


 その言葉に、紫藤は暫く考える様子を見せ、


「いえ、大丈夫よ日々乃。コード・アームや特殊なエクストラコードを使わない限りはこの装置はそう簡単に壊れたりはしないわ」

「ですが」

「安心なさい。これまであなたを含めて色んな守り人がやってきたのだし、メンテナンスもかかしていないわ」


 紫藤はそう言うと、やっていいわ、と七瀬に告げる。


 一方で綾辻に分かっているでしょうね? という目を向けられた七瀬は、まあ本気じゃなければ大丈夫だろうとコードを発動した。


 コードが燐光となって舞い、七瀬の身体に超常の力が宿る。


 実際、この巨大さと先ほど殴った感触から、もし本気で殴ったとしても壊れはしないだろう。


 故に先ほどと全く同じ構えから、少し力を抜いて、理想のイメージをなぞる一撃を放つ。




 直後、轟音と共に研究所そのものが揺れた。




「‥‥七瀬、あなたねえ‥‥」

「いや待てこれは俺悪くねえだろ、ある程度加減したぞ!?」


 ものの見事に大破した白太鼓と、その前で慌てふためく七瀬に、額に手をやる日々乃。紫藤はそんな二人のやり取りに反応することも出来ず、呆然とした様子で変わり果てた施設を眺めるのだった。


次の投稿はなるべく早く投稿出来るように頑張ります……

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