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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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紫藤優香が教える七瀬凛太郎の異常性

 綾辻と共に車から降りたそこは、周囲を山に囲まれた場所だった。


 見渡す限りあるのは緑と空の青色だけで、場所を特定出来る要素は見当たらない。


「それじゃあ、ここから少し歩くわ」

「やっぱり車じゃ入れないのか」

「道路がある以上、そう簡単に見つかってしまっては問題だもの」


 そう言って、綾辻は森の中にある細い道を歩き始める。俺も仕方なくその後を追って道なき道を進んでいった。


 暫くして辿り着いた建物は、想像していたよりもずっと小さかった。そりゃ山の中にビルなんか建てたら秘匿性もなにもないんだが、ちょっとショボいというかなんとういか。


「施設の大部分は地下だから、ここはただの入り口よ」

「お、おう。成程な」


 どうやら俺の微妙な表情に気付いたらしい綾辻が説明してくれる。うん、考えてみればそうですよね。


 そして納得している俺を余所に、綾辻はずんずんと建物の中に入って行った。


 あの、もう少しくらい心の準備をする時間をくれてもいいんじゃないでしょうか。レオニダスの転生したこいつに行っても冷たい視線を向けられること請け合いなので、言わないけどな。


 順調にヒビノーズブートキャンプで調教されている気がしなくもない。


 別の不安が胸中を過ぎりつつ、俺と綾辻は自動ドアを潜り、エレベーターに乗って地下へと向かう。


 扉が開き、綾辻の後にくっついて歩いて行くと、受付のようなカウンターに到着した。


「おや、来たね日々乃。それに、そっちの後の子が七瀬凛太郎くんかな?」


 そう声をかけてきたのは、カウンターに座る白衣を着た女性だった。女性の見た目だけで年齢を判別することは俺には出来ないが、まあ恐らく二十代後半から三十前半頃だろう。艶のある黒髪が胸元に流れ、妙に色気のある垂れ目がこちらを見る。


 白衣の下から押し上げる女性らしい丘陵といい、雰囲気は三神と似ているのに、倦怠感や退廃的な印象の強い彼女と違って蠱惑的なイメージが強く残る女性だった。


「紫藤さん、お久しぶりです。今回はよろしくお願いします」

「んー、硬いなぁ日々乃。久しぶりの再会なんだからもっとフレンドリーに接してくれてもいいんだよ?」

「私は普段からこういった口調だったと思いますが‥‥」

「そうだったかな? なにぶんこの年になると物忘れが酷くてね」


 そう言って、紫藤さんと呼ばれた女性はケラケラ笑った。見た目と違って愉快な性格してるな、この人。


 俺がそのギャップに驚いていると、綾辻が俺を前に押し出した。


「それで、こちらが紫藤さんの言う通り七瀬凛太郎です」

「初めまして、七瀬凛太郎です。え‥‥と、よろしくお願いします」

「ああ初めまして、私は紫藤優香。君のフォルダー登録を監督する立場になる、ようこそ我が『コード研究所第四支部』へ」


 紫藤さんはそう言って差し出してきた手を俺は握る。その手はひんやりと冷たくて、意外と硬い。どうやらこの施設はコード研究所の第四支部であり、まあ恐らく全国にこういった施設があるんだろう。


「私は見た通りコードやフォルダー、それにアウターの研究を行っているんだ。七瀬くんは中々特殊な事例だからね、少しばかり研究のための協力も要請することになると思う。なに、危険なことは基本的にないと保障しよう」

「そこは基本的になんですね‥‥」


 紫藤さんの言葉に思わず俺は呟いてしまった。なんだろう、予防線の張り方が綾辻と近しいものを感じる。守り人ってのはこんなんばっかか。


 すると、紫藤さんは一瞬呆気に取られたような顔をして、すぐに笑い始めた。


「ハハハハハ、面白いじゃない七瀬くん。隣にお目付け役もいることだし、無茶はしないわ」


 お目付け役? と隣を見ると、そこでは綾辻が辟易とした表情で小さく囁いた。


「この人、研究となると本当に見境なくなるから」

「それ俺の登録と関係なくね?」


 関係ないよね? と視線で訴えかけると綾辻は目を逸らす。お前がここに残るのってそういう理由かよ、守り人の関係者ってのはこんなんばっかか!


「それじゃあ着いて早速で悪いが、七瀬くんの登録をはじめようか」


 紫藤さんのその言葉とともに、俺の第四支部での短い生活が始まった。




◇ ◆ ◇




 七瀬のフォルダー登録が始まって既に三日が経過した。


 この三日間では人格テストやこちらで調べた経歴に齟齬がないかの確認、またコードを意識することになった年齢と出来事など、質疑応答形式が多く、当然のことながら王樹との戦いについても聞かれたようだった。


 日々乃とはその際口裏合わせが出来ないように離されていたため日々乃もどんな質問がされたかは知らないが、特に隠すこともないためその点については問題ないと思っている。


 どちらかというと問題なのは彼の語る内容が大凡要領を得ないものであったことだろう。


「‥‥日々乃はこれについてどう思う?」

「どう、とは?」


 対面に座る紫藤優香に問われ、日々乃は白々しく問い返した。紫藤は眉間を指で揉みつつ、これまでに七瀬から聞いた内容をまとめた調査報告書を日々乃の前によこした。


「そうね、言い方を変えましょう。‥‥彼は何者なの? 共に戦って感じた日々乃の印象でいいから教えて欲しいわ」


「何者なんだと言われましても、性格はお人好しでしょうか、ブツブツ文句は言いますが、見過ごせないことには行動を起こすタイプです。顔立ちのせいで友人は少ないみたいですが、中身は一般的な男子高校生と変わりません」


 日々乃はこれまでの七瀬の行動を思い返しながら答える。実際、七瀬は性格に関して語る程の特徴らしい特徴はない。日々乃の視点から見れば、会って間もない人間のために命を賭ける極度のお人好しだが、どうにも七瀬の話を聞いている限りでは、自分のしたいことをしたという面が強く、命を賭けて戦うリスクについてはほとんど思考の埒外であったらしい。助けに入るだけの力があったからそういう思考になったのか、それとも力がなければ命を賭けようとは思わなかったのか、それは結局仮定の話でしかなく、最終的には普通のお人好しという印象に落ち着くのだ。


 しかし、そんな言葉で紫藤が納得出来るはずもない。


「お人好し、か。正直な話、私は連絡を貰ってからも半信半疑だったのよ日々乃。コードの発現を政府が認知出来なかった点については致し方ないにしても、それを使った形跡が人生の中で一度もない。これは異常だわ」


 紫藤はこれまである程度の年齢に達してからコードの発現が確認された事例を幾度となく見ている。それはひた隠しにしていたからということもあれば、純粋に本人すら自覚していなかったこともある。三神晶葉などは後者の事例だった。


 しかし、どんなフォルダーであっても経歴を洗い流せば、コードの影がちらつくものだ。前者に関しては顕著で、超常の力を手に入れれば、それを使うのが人間の性である。


 対して七瀬凛太郎だ。


「コードの影が見えないどころか、体育の成績に体力テストの結果どれをとっても平均。コードを宿している人間はたとえ使用していなくてもその負荷に身体が適応していくものよ、意図的に手を抜いていたとしか思えない結果だわ、これは」

「本人としても、さほど真面目に受けてはいなかったと答えていますね」


 日々乃が調査報告書を捲りながら言う。これは事実であるが、完全な解答でもない。面倒くさかっただけでなく、七瀬は間違いなくコードの存在を知っていたからこそ手を抜いていたのだ。


 ただ研究所で調査などという恐ろしいシチュエーションで「実は俺前世の記憶があって、そこで秘言っていうコードと同じ力を使ってたんですよー」などと言うはずもない。


 結果として紫藤は欠落した情報と現実の祖後に頭を悩ませているのだ。


「その上なに、今までコードを使ったことも武道を学んだ経験も一切ないのに、偶然遭遇した木偶を倒した挙句、王樹との戦いに首を突っ込んで戦う? 馬鹿な新人の誇大報告でももう少し現実味があるわ」

「客観的に言われると、確かにそうですね」

「大体、唯一まともに扱える〝強化〟のコードがエクストラコードじゃないと思うってどういうことなの! 今までアウターと戦った経験がないんだからエクストラコードに決まってるでしょ!」

「紫藤さん、落ち着いてください」


 荒ぶる紫藤を、日々乃は冷静な口調で窘める。幸いにもここには二人以外職員はいないが、声はそれなりに響く。


「‥‥ごめんなさい、取り乱したわ」

「いえ、私もこれは仕方ないと思います」

「それらを踏まえて聞かせてちょうだい日々乃」

「なんでしょうか?」


 声のトーンを落とした紫藤が、突然真剣な目で日々乃を見た。何を聞きたいかは大体見当がつく。


 それを裏付ける言葉が、紫藤の口から放たれた。


「あなたが見た、そして彼がよく分からないが使えた、と話すエクストラコードと思しき『黒の腕』。それは間違いなく報告書通りの力を持っていたのね?」


 正面からぶつけられた予想通りの質問に、故に日々乃は間髪入れずに答える。


「はい、紛れもない事実です」

「そう‥‥」


 紫藤はそれだけを呟くと、手元にある日々乃が提出した王樹との戦闘記録に視線を落とした。


「俄かには信じがたい話ね‥‥、王樹と一対一で相対して、その全ての腕を吹き飛ばすなんて、どんなコードなのか想像もつかない」


 紫藤のその言葉には重い実感が込められていた。それもそのはず、彼女もまた後方支援という形で王樹との戦いに参加した守り人の一人だからだ。


 故にその脅威も、そしてそれをたった二人、しかも片方は一般の高校生が倒すという荒唐無稽さも正しく理解している。


 だが、三神晶葉にかかっていたはずの呪いの消失が、それが嘘ではないことを証明していた。


 日々乃は鮮明に思い出せるあの日のことを脳裏に描きながら話した。


「信じられない気持ちは分かりますが、私は彼の発動した『黒の腕』を見た瞬間に寒気を感じました。もし七瀬が守り人としての訓練を受けていて、しかるべきサポートがあれば彼の力だけでも王樹の打倒は可能だったでしょう」


 それは、日々乃があの戦いを客観的に分析して得られた予測だった。全ての腕を消し飛ばした最後の一撃、あれを胴体に叩き込むことが出来ていれば王樹を倒すことも出来たはずだ。今でこそそれを発動することは出来ていないが、『黒の腕』が夢幻の類でないことは間違いない。


 日々乃の言葉に紫藤は書類を投げ出し、背もたれに身体を預けた。


「もう仕方ないわね、これ以上考えても彼が『黒の腕』を再度発現しない限りは調査もなにもないわ。今出来ることをやりましょうか」

「はい、次はなんでしたっけ」


 日々乃が調査項目を思い出しながら問うと、紫藤は楽しそうに笑みを浮かべて言った。


「次は体力テストよ」


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