綾辻日々乃が教える守り人の実情
やけにニコニコした顔で母と姉貴が送ってくれたのだが、本当に何を吹き込まれたのやら。
「それじゃあ、これに乗ってくれる?」
「またすげー車だな」
「色々と配慮するとこういう結果になるものなのよ。税金の無駄遣いだとも思うけどね」
そう言って綾辻がドアを開けてくれた車は、姉貴の言う通り高そうな黒塗りで、しかもデカい。リムジンなのかどうかも俺には分からないが、とにかく我が家の乗用車とは比べ物にならなさそうなお値段なのは確かだろう。
「おお、これはまたスゲーな」
入った車内はやはり広く、席は円周上に配置されている。窓が全てシャッターのようなもので覆われているため外は見えないが、広さのお陰で閉塞感は感じない。
もしかしてあれって冷蔵庫か? 本当に金かかってんな。
続いて綾辻も入ってくると、俺を座らせ、彼女はそのまま対面に座った。
そのまま車は音もなく滑らかに走り出す。
「なあ綾辻、結局母さんたちになんて言って説明したんだ? 別に電話か何かで呼び出してくれればよかっただろ」
そりゃ朝早くから出かければ多少不審な目では見られるだろうが、黒塗りの車にスーツを着た金髪の同級生が家に来るよりよっぽどおかしくはなかろう。
「前に言わなかったかしら、拘束時間に対して補填金が出るっていう話」
「ああ、あったなそういえばそんな話」
「保護していた期間の危険手当なんかもつけると、それなりの金額になるから、やっぱり保護者の方に知ってもらった上で振り込みにしたかったみたいなのよね」
「成程、そういう理由か」
木偶たちと戦っている時は、それどころじゃなかったからすっかり忘れてた。
「だから私と一緒に国がやっている学生を主体とした取り組みに参加しているという話で納得してもらったわ。嘘というわけでもないし」
「それであんなにニコニコしてたのか‥‥」
なんの取り得もないと思っていた息子がちゃんと給料の出る仕事をしていた。それも国のもので、金髪美少女と一緒となればまあ浮かれるのも分かる。
実態はブラックを通り越してレッドなんだがなあ。
俺が現実の過酷さに思いを馳せていると、綾辻はそのままサラッと続けた。
「それに、ゴールデンウィークとはいえ流石に五日間子どもが帰って来なかったら心配するでしょう?」
「それもそう‥‥か‥‥ん?」
待て、今なんつった?
「おい綾辻、俺の聞き間違いか。今五日間て言わなかったか?」
「? ええ、詳しい日程は向うに着いてから決まるとも思うけれど、わざわざゴールデンウィークに合わせてきたということは、たぶん五日間丸々使うつもりなんじゃないかしら」
「は? 待て待て俺はてっきり今日だけなのかと思ったぞ!」
五日間ずっと拘束されるなんて聞いてないぞ!
すると綾辻はそんなはずは、と携帯を取り出して自身の送ったメッセージを確認すると、その白い肌を青くした。
「‥‥ごめんなさい、今日からとしか書いてなかったわね‥‥」
「なんでこんないらないところでドジっ子属性発揮してんだよお前は! え、今からキャンセルとか出来ないのか、これ?」
「ドジっ子属性が何かはよく分からなけど、ごめんなさい。ただでさえその年になってからコードが発覚したということでレアなケースだから。あまり登録を長引かせると余計な勘繰りをされかねない」
「‥‥なんだよ、そりゃあ」
つまるところ、俺の女の子と遊ぶ予定と、咲良との文芸部での活動予定は全てパアというわけか‥‥。
あまりの事態に頭が呆ける。申し訳なさそうにしている綾辻を見ていると、彼女を責める気にもなれない。そもそも綾辻は上からの突然の連絡に応じただけであり、こいつに不満を言うのはお門違いだ。
しかし当の綾辻はそうは思っていないようだった。
「ごめんなさい。コードが関係していると、上もよく個人の意思を軽視しがちになってしまうの」
「いや、それはお前が謝ることじゃねーよ」
腹が立たないというと嘘になるが、もはや運が悪かったと思うしかない。
俺も今回の登録の時には最近になって言おうと思っていたことがあるので、ここは下手に出る他ないだろう。
「それと言い難いのだけど、携帯も向うではこちらの預かりになるから、連絡をしておきたい人がいたら今のうちにしておいてください」
「‥‥了解だ」
あまりにも申し訳ないのか、敬語になる綾辻が見れただけでよしとしておこう。よしとしておこう!
咲良と伊吹に予定が入ってしまったとメールを送ろうとすると、楽しそうにゴールデンウィークでの活動内容を語る彼女の笑顔が過ぎり、思わず車のドアをぶち破りそうになったが、なんとかその衝動を抑え込んで俺はメールを送るのだった。
それから車に揺られること数時間。
窓から外を見ることも出来ないため、俺にはどこの方向へ向かって居るのかさっぱり分からない。そのためのものだとは分かっているが、まさかトイレ休憩まで目隠しされて連れていかれるとは思わなかった。
秘密結社か、悪の組織のアジトにでも連れていかれている気分である。
車内では特にすることもないし、寝るにも限界がある俺は律儀に起きている綾辻と話していた。
「ほぼほぼ一般人が登録しに行くだけなのに、なんでこんな厳重なんだか」
「仕方ないのよ、一応国家機密なんだから」
「その割には俺、結構簡単にアウターに遭遇したんですけど」
「わざわざ張った人払い用の結界を無視して近づいた方が悪いんでしょう」
仰る通りですね。丁度考え事をしていて、気付いた時には既に木偶の感知範囲に入ってしまっていたのだ。
「世の中には軍事だなんだと煩い輩も多いの。国内のアウター対策にさえ人数が足りてないっていうのに」
「どこの職場も愚痴はあるもんだな‥‥」
ちょっと俺の知ってる仕事の愚痴とはスケールが違うけど。
改めてフォルダーってのは特別な人間なんだなと再認識する。ただ、かくいう俺自身もそうなんだという事実は実感し辛い。
すると、突然電話をし始めた綾辻が通話を切ると、こちらを見て言った。
「七瀬、もう着くそうよ」
「お、おおようやくか」
「そんなに緊張しなくても平気よ、色々とやってもらうことはあるだろうけど、そこまで大変ではないと思うから」
「そうだといいんだが‥‥。そういえば、俺がこっちにいる間お前はどうするんだ? 帰るのか?」
「私は一応あなたの保護監督官扱いになっているから、五日間は付き合うわ。高校の方は今ならアウターの出現も落ち着いてきてるし、無理な交戦をしなければ晶葉一人でも十分対応出来るから」
「それはなんというか、よかったです」
本当によかった、少なくとも一人で放置されることはなさそうだ。
ただ綾辻はそっと瞼を伏して溜息を吐く。
「正直、あまり気は進まないのだけど」
「あれ、里帰りみたいなもんじゃないのか?」
憂いを帯びた表情をする綾辻に俺は思わず尋ねた。詳しい話を聞いたわけではないが、全体的な情報を統合すると綾辻と三神の二人は親元から離れて国に育てられたらしい。
しかし、綾辻は静かに首を横に振った。
「確かに私が育った養育施設も近くにあるからそちらにも顔は見せる予定だけれど、そもそも私は晶葉を冷遇する上の連中が好きじゃないわ」
「そういうことか」
それは納得出来る話だった。
俺も三神が守り人としてどういう扱いを受けているかは少なからず聞いている。
良くも悪くも器用貧乏であり、守り人としては能力不足。それが三神に下された評価だそうだ。
三神が呪いを受けた際も、王樹によって甚大な被害が出た後というのもあるが、彼女の解呪は後回しにされがちだったらしい。突然死ぬようなものでもないので、その判断もあながち間違いとは言えないけれど、普段からの冷遇によって政府に不信感を持っていた綾辻は呪いと木偶出現の関係性を秘匿した上で陵星高校に来たというわけだ。
漢らし過ぎる決断である。俺が女子だったら惚れてたね、綾辻も女だけど。
にしても、おかしな話だ。
確かに戦闘力という面で見れば三神は木偶すら倒すのに苦労するだろう。
だがそれは単純に特性の問題であり、三神は別の側面においては万能の力を発揮している。周囲に影響が出ないように結界を張り、夜でも見やすいように光源を作り、戦闘の後始末をし、怪我をすれば治療から衣服の修繕、そして戦闘時も綾辻のサポートをするなど、ちょっと働かせ過ぎでさえある。
どんな団体であっても、取りあえずその人に任せておけば心配いらないってタイプの人は重宝されるもんだ。
というか、俺と綾辻が二人共脳筋なのだ。綾辻は〝清浄〟のコード等、戦闘用以外にもいくつかコードを習得しているそうだが、得意ではないのでほとんど使わないし、俺に至ってはいくらアウターを倒しても〝強化〟以外のコードを使えるようになる気配が一切ない。
これは自信を持って言えるが、三神がいなきゃ守り人としての仕事なんて数日で破綻する。
それで能力不足とは、どんだけ守り人というのは脳筋思考なんだか。本当に頭の中筋肉詰まってるんじゃないだろうな。
「とはいえ、ここで愚痴を言っても仕方ないわ。お互い何事もなく終えて早く帰るのが最善でしょう」
「フォルダーとしての登録しに行くだけなのに、何事かある方がおかしいだろ‥‥」
「私もそう願うばかりね」
不穏な言葉を呟く綾辻に、俺は面倒事にならないことを祈るばかりだった。
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