姉貴が教える突然の襲来
カーテンの隙間から朝の光が瞼に零れ落ち、俺は目を覚ました。
「‥‥」
寝ぼけ眼で枕元の目覚まし時計を確認すれば、普段起きている時間よりも少し早い程度。普段から学校のために起きていると、どうしても身体がそれに慣れてしまうものだ。
しかしながら、今日はゴールデンウィーク初日。文芸部の活動も明日からということで、いくら惰眠を貪ろうが親すら大目に見てくれる素晴らしき休日だ。
こちとら昨日の夜も鬼の扱きを受けて全身が筋肉痛と疲労で怠いのである。
一体誰が俺の二度寝を妨げられるというだろうか、いやない!
というわけで、心地よい微睡に身を任せ、再び俺は瞼を閉じる。この安寧に浸っている内にすぐにでも睡魔が俺を眠りの世界へ誘ってくれることだろう。せめて今日くらいは血みどろの夢を見ないといいなぁ。
そんな思いと共に、鮮やかな二度寝へとシフトした瞬間、
「り、りりりりり凛太郎っ!!!」
バァン! とそんな珍しく切羽詰まった声と共に部屋の扉が開かれた。
‥‥なに?
「おい姉貴、朝っぱらから何だよご近所迷惑だろうが」
というか心臓止まるかと思ったわ。
俺がノロノロとした動きで身体を起こすと、そこに立っているのはラフな格好で慌てふためく我が姉、七瀬響子だった。
年は三つ上の大学一年生。流石俺の姉というべきか背は高く、顔立ちも可愛いとは正反対のキツイ容姿をしている。しかしながら俺と違うのは決して不細工ではなく、むしろ綺麗系な容貌で、男からもモテるらしい。弟からしたらそんな自慢は至極どうでもいいので、とりあえず痩せろや、と言ったところ問答無用のヤクザキックを喰らってソファが歪み、母親から二人共々雷を落とされた。解せぬ。
家庭内ヒエラルキーにおいても母の次に高く、容姿を裏切らない暴君な性格をしているわけだが、これを好きになる男って絶対ドMだろ。ヤクザキックって痛いんだよ?
さて、そんな姉貴なわけだが、朝からここまで慌てている様子を見るのは久々だ。高校時代はよく遅刻遅刻とやっていたけど。
「近所迷惑なんてどうでもいいわよ! あ、ああああんんた」
「いや、どうでもよくはねーだろ‥‥」
後で謝りに行くのは母さんだぞ?
しかし姉貴は本当にそれどころではないらしく、言葉が続かないままパクパクと口を開け閉めしている。なんだろう、金魚の真似かな? 金魚程可愛くないけど。
「で、結局なんだよ。ついに母さんが父さんをヤったのか?」
「いや、それはまだ生きてる」
うん、大丈夫と手を横に振る姉貴。この姉を生んだ母なので、まあたまに起きる夫婦喧嘩がどんなものかなんて言うまでもないよね。とりあえず生きてるなら問題はなさそうだ。
「じゃあなに?」
「玄関、玄関になんかすごいのが来てる」
この人本当に文系大学生なのかな‥‥、一応成績はよかったはずだが、すごいのってなんだよ。語彙力小学生か。
「ヤクザでも来たのか‥‥」
「確かに光ってたけど! 頭は光ってたけど別の理由っていうか、金髪のめっちゃ綺麗な子が!」
別にヤクザが全員光物つけてスキンヘッドなわけじゃねーだろ。そのイメージも分かるけど。にしてもははー、金髪のめっちゃ綺麗な子ね。
「‥‥金髪の‥‥めっちゃ綺麗な子‥‥?」
「そう! しかも後ろにすんごい感じの黒い車が止まってるし、七瀬凛太郎様はご在宅ですか、とか言ってんの!」
「‥‥なる‥‥ほどね‥‥?」
寝汗をかいたのだろうか、パジャマ代わりのTシャツがぐっしょり濡れている気がする。
「今はお母さんが対応してるけど」
「凛太郎! 早く降りてきなさい!」
姉貴の言葉を遮るように階下から聞こえてくる母の声。
もう何もかもを投げ出してこのまま布団に倒れ込んでは駄目だろうか。
「凛太郎!」
駄目ですね、はい、今行きます。
我が家において母の言葉は絶対であり、それに逆らうことは即ち絶対王権に刃を翳す如き所業となる。つまり小遣いは貰えないしご飯は一切出てこない。
哀れな民たる俺はワクワクした顔の姉貴に恨みがましい視線を向けつつ下へと向かった。
◇ ◆ ◇
「ああ七瀬、おはよう」
せめてもの抵抗とばかりにしっかり顔洗って歯を磨いてからリビングに向かった俺を出迎えたのは、トレードマークたるアッシュブロンドの髪をハーフアップに纏め、パンツスーツを着た綾辻日々乃だった。母は気を利かせたつもりなのかここにはいない。
‥‥同じ高校生だよな? スタイルが良いせいか、はたまた整った顔立ちのせいかやけにスーツの似合う女である。俺なんて着替えてないからTシャツ短パンだぞ?
というか、
「なんでお前がここにいんだよ‥‥」
どう考えたって休日の麗らかな早朝、綾辻日々乃がスーツを着て俺の家のリビングにいる理由が思い付かない。最近は学校で話すようになったとはいえ、基本的に夜以外は積極的な干渉はお互いにしない、そういう関係である。少なくとも色々すっ飛ばして親御さんに挨拶イベントが起こるようなフラグを立てた覚えもない。
説明しろ、と視線で訴えると、綾辻は珍しく疲れた様子で答えた。
「こんな朝から伺ったのは申し訳ないけど、それに関しては今から説明するわ」
綾辻はそう言うと、携帯を取り出してトントンと叩いた。
ああ、成程そういうことね。
俺も癖で持ってきていた携帯を取り出すと、そこには案の定綾辻からメッセージが来ていた。気軽に話せないような内容ってことなんだろう。
「そんで、昨日も俺は何も聞いてなかったんだけど?」
「私も急に今朝がた連絡が来たから、仕方なかったのよ」
扉の外で聞き耳を立てている恥ずかしい姉と母に聞こえるように適当な会話をしながら俺は綾辻からのメッセージを読む。
『前々から言っていたフォルダーとしての登録日が急に今日からだと決まったらしいの。予定があったとしたら申し訳ないけれど、どうしようもないと思ってついてきて』
ああ、ようやく決まったのか。
あの日綾辻からモグリではないかと嫌疑をかけられてから随分経ったように思うが、ついにこの日がやってきたわけだ。
「まあ俺も特に予定はないからいいか」
いきなりではあったが、今日で幸いだったと思うべきだろう。精々ゴロゴロするくらいしかすることなかったし。
「本当? それならよかったわ。お母様にはこちらからご説明したけれど、お父様はどちらいいらっしゃるのかしら」
「親父は‥‥たぶん母さんが起こしてこないならいいんじゃないか?」
多分仕事で死んでるだろうし。
そう、と頷く綾辻だが、一体どんな話であの母親を納得させたんだろうか。聞いてみたいのだが、ここでは話すわけにもいかない。
「じゃあ重ね重ね申し訳ないけど、すぐに用意してくれるかしら。貴重品だけ持ってきてくれれば、あと必要な物は全てこちらで用意するから」
「あいよ、じゃあ十分程待ってくれ」
身一つで行けるというのは素晴らしい話である。携帯と財布だけあれば問題はなかろう。
そういうわけで準備を終えた俺は綾辻について玄関を出た。
お姉さん、結構好きなキャラです。
皆さんは妹と姉どちらが好きですか?
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