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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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ゴールデンウィークが教える俺の予定

 学校の生徒たちがどことなく浮つき、我らのクラスが担任大河原先生もそれを仕方なしとばかりに見ている。


 それもそうだろう、なんと言っても明日からは五月病誘発期間ことゴールデンウイークが始まるのだから。今年のゴールデンウィークは明日の水曜日から日曜日までの五日間であり、受験勉強とも無縁な一年生は皆楽しそうに予定について語り合っていた。


 耳に入ってくる話し声から、中には五日間部活づくめというところもあるそうだ。これまでの俺なら大変だなあと対岸の火事であったわけだが、最近毎夜痛めつけられている身としては他人事ではない。


 まあ話したこともない人ばっかりだから、心の中で頑張れと念を送るに留めよう。最近は体罰など厳しく禁止されているそうだが、うちのヒビノーズブートキャンプにそれが反映されるのはいつかしら。一応あいつも国家公務員のはずなんだが‥‥。


 とにかく早く終われという雰囲気に包まれたHRも終わり、部活に行こうかと鞄を手に取る。


 声をかけられたのはそんな時だった。


「ああ七瀬、ちょっといい?」


 春も終わりに近いというのに、今だ衰えぬ爽やかな声色に振り向けば、そこには薄茶色のサラサラとした髪に、女子受けしそうな笑みを浮かべた男が立っていた。


 中学時代からの腐れ縁、伊吹蓮だ。こいつことあるごとに俺に話しかけてくるけど、なに、俺のこと好きなの? 美少女に生まれ変わってから出直してこい。


「何の用だよ」

「なんだよ七瀬、明日からゴールデンウィークだっていうのに、随分不機嫌そうじゃないか」


 ほっとけ。


 こちとらお前と違ってゴールデンウィークに予定なんてない。正確には夜だけ地獄に落ちるわけだが、それを予定と言い張るにはいくら俺でも躊躇われた。


「で? なにか用件があるんだろ?」


 そうじゃなきゃお前話しかけてこないしな。


「まあね。一つ聞くけど七瀬、次の土曜日とか暇?」

「なんだ、喧嘩売りに来たのか?」


 暇だよ暇。俺のカレンダーなら今書いてる小説なみに真っ白ですけどなにか?


 視線で殺さんばかりに伊吹を睨み付けると、伊吹は肩を竦める。


「おいおい、別に馬鹿にしにきたわけじゃない。普通は予定を聞く理由なんて一つだけだろ?」


 成程。つまり、


「闇討ちか?」

「どんな世界で生きてきたらそんな理由が思い浮かぶんだか‥‥。遊びの誘いだよ、土曜日女の子たちと遊びに行くんだけど、一緒に来ないかってさ」

「なん‥‥だと‥‥?」


 一瞬、目の前の伊吹が何を言っているのか分からなかった。


 女の子たちと遊び? それに俺を誘う?


「‥‥やはり罠か」

「だから違うって」


 一番ありそうな可能性を呟くと、そろそろ面倒だとばかりに伊吹が切り捨てた。


 どうやらこいつの反応を見るに、本気で俺のことを誘っているらしい。だが分からない。自慢じゃないが俺の顔立ちは少しばかり威圧的で、未だクラスにさえ溶け込めていないのだ。


 そんな俺をわざわざ女子たちとの予定に誘うなど、この伊吹がするはずがない。


「なにが目的だ?」

「ま、単純な話、結構皆が七瀬のこと気になってるんだよ。あの綾辻さんと親しい男は誰だってね。それで俺が知り合いだって言ったら是非誘って欲しいって」


 そういうことか。


 それなら不本意ながら納得できる。少なくとも俺に一目ぼれした奥手な女子に頼まれたとか言われるよりは現実味があった。


 綾辻日々乃という存在は、この学校においてはそれ程のレベルで有名なのだ。


 しかし咲良にも言われたが、わざわざ俺を誘う程に興味を持たれているとは思わなかった。幸いなのは、呼び出したのが嫉妬にかられた男子ではなく、話を聞きたい女子という点だろう。


 まだ罠の可能性も捨てきれないが、まあその時はその時。全員ヒビノーズブートキャンプ式訓練法で可愛がってやるとしよう。


「で、どうする?」

「勿論行こう」


 どんな理由にせよ、これを切っ掛けに俺が怖くない人間だということが広まれば、きっとクラスで友達だって出来るようになる。咲良の言葉を認めたくはないが、香油関係が狭すぎるせいで良からぬ噂まで流されるのだ。


「分かった、じゃあまた連絡するから携帯貸して」

「‥‥そういえばお前と連絡先交換してなかったな」


 こういったところが腐れ縁の腐れ縁たる所以なのだが。


 まあ伊吹といえど一応連絡先が増えるのは好ましいことだ。俺は連絡先を交換した伊吹と別れた後、明るい未来を想像しながら、他のクラスメイト同様浮ついた気分で部活へと向かうのだった。




◇ ◆ ◇




 部室棟は普段から雑然とした印象はあるものの、案外閑静な雰囲気を纏っている。しかしながら、今日ばかりは扉越しにも楽しそうな声が聞こえてきた。


 普段の俺ならば、きっとなにがゴールデンウィークかと思っていたことだろう。所詮はただの連休だろうと。しかし分かる、今の俺にならばゴールデンウィークというものの特異性が分かるのだ。


 映画館と同じだ。わざわざ恋人と映画館に行くなんて馬鹿らしいと思っていた俺だが、咲良と映画館に行くことでその真価に気付いた。


 そして今、女の子たちと遊ぶという予定が入ったことで俺はゴールデンウィークの価値を知ることが出来たのだ。


 今の俺なら、小説の中でやけにゴールデンウィークに遊び耽る主人公たちの気持ちも理解出来る。もう勉強しろや、なんて無粋なことは言わない。


 待て、もしかして今の俺ならゴールデンウィークに咲良を遊びに誘うなんてことも可能なのでは‥‥?


 出来るかもしれない、追い風が来ている今のニュー七瀬凛太郎ならば。


 そんな思いを胸に秘めながら、俺は文芸部室の前へと立つ。珍しくまだ咲良は来ていないようで、シリンダー錠を『8150』に合わせて扉を開いた。


 そういえば今更だが、ゴールデンウィークって文芸部は活動があるのだろうか。普段土日は活動していないので、休日は部活に行くという感覚があまりない。


 ちゃんと聞いたことはないが、咲良もいいところのお嬢様のようだしな‥‥ゴールデンウィークって忙しいのか? というか、そもそも俺は彼女が普段の休日に何をしているのかも知らない。


 趣味は読書と創作だろうし、好きな食べものは何だろうな。持ってきてくれる茶菓子は和洋様々で全て美味しそうに食べているけど、ご飯は分からん。


 ホラーが苦手なのはなんとなく知っていたが、映画も結局有名アクションのやつを二人で楽しく見た。


 こうして考えてみると、俺は咲良について知らないことばかりだ。


 敵を知り己を知れば百戦危うからずと言ったもので、逆に言えば相手のことを知らなければ勝てる戦も勝てなくなる。別段咲良が敵ってわけではないけども。


「もう少しそういったことも聞いた方がいいのか‥‥?」

「そういったことですか?」

「おお、そういっっうぇい!」


 うわービックリした! 心臓止まるかと思ったぞ。

いつの間にか背後に立っていた咲良が、キョトンとした顔で首を傾げている。


「き、来てたのか咲良」

「はい、たった今来たんですけど、全然七瀬くん気付く様子がなくて」

「ああ、ちょっと考え事をしててな」

「それで、そういったことというのは何のことですか?」


 君のご趣味などについてです、と流石に言う度胸はない。なんかお見合いみたいで恥ずかしいし。


「ちょっとゴールデンウィークについてな」

「成程、ゴールデンウィークですか!」


 得心がいった、と頷く咲良に少しの罪悪感を感じるが、そんなことより可愛いのでほんわかした気分になる。


 その後いつもの位置に二人座ると、咲良が珍しく本も開かずに話し始めた。


「それで七瀬くんはゴールデンウィークになにかご用事が?」

「土曜日は少し予定が入ってるけど、他は特にないな」


 ちなみに夜はヒビノーズブートキャンプがエブリデイで行われるが、それはどうでもいいだろう。


 ん? それにしてもこんなやり取りもついこの間やった気が。


「そうですか! では折角なのでゴールデンウぃーク中も文芸部活動しましょうか。普段はやり辛い課外での取材なんかもしたいですし」


 ‥‥え、マジ?


「やっぱり休日はゆっくりしたい‥‥ですか?」

「是非部活しよう咲良!」


 遠慮がちな問いかけに思わず即答してしまったが、当然答えはYESで間違いない。


 ゴールデンウぃークは誘わなければ会えないかもしれないとまで思っていたのだ。文芸部での活動も勿論、課外取材とはつまり前回の映画みたいなことだろ? 行かないわけないよね。


「本当ですか、よかったです。連休中に短編一つくらいは書き上げたいですね」

「‥‥それは少し保証しかねる」

「出来うる限り頑張ってください」


 気のせいだろうか、笑顔で言う咲良に鬼教官様の顔が重なる。これは本気で短編一つ書き上げさせるつもりだ。


「ぜ、善処はしよう」

「私も書き終わったら二人で読み合いしましょうね」


 完全に俺も書き終わる前提で話していることに戦慄を禁じ得ない。


 勿論俺も咲良の書いた小説というは読んでみたいが、如何せんたった五日間で短編を書き上げる自信は一切なかった。


 ただまあ、そうやって二人で過ごす休日は、きっといいものに違いない。


 咲良の淹れてくれたお茶が温かく、窓から差し込む柔らかな日差しが本を読み始めた咲良の頬を照らした。ゆっくりと流れる時間。吐息とページを捲る音だけが響き渡る無言の空間は、咲良と二人ならどうしてか心地いい。


 俺たち二人はお互いの存在を感じながらも本の中へと没入していき、チャイムが鳴るまでの間、仄かな温もりを共有していたのだった。


気付いたら一週間たってました‥‥

次回はもう少し早めに更新したいと思います。

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