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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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ヒビノーズブートキャンプが教える俺の目指す場所

「トレーニング、もう終わったの?」


 恐るべき可能性に戦々恐々と震えていると、そんな声が聞こえてきた。顔を向けた先に居たのは、小さな光の球を肩に浮かせた少女。


 疲労していたとはいっても、少しの気配も感じさせずに現れた彼女に俺は手を上げて応えた。


 柔らかな光に照らされた癖っ毛は淡い亜麻色で緩い三つ編みに編まれており、こちらを見る目は酷く気だるげだった。ふと視線を外した瞬間には夜闇の中に溶けて消えてしまいそうな気配を漂わせる彼女は、だからこそどこか退廃的な美しさを宿している。


 守り人にして綾辻日々乃のパートナー、三神晶葉だ。


 少し前までは王樹にかけられた呪いの影響でやせ細っていたが、今は大分女性らしい身体つきになっている。とはいっても俺からしたらまだ細いけど。


 にしても何度見ても思うが、こいつって影が薄いせいで認知度低いけど、相当綺麗な顔立ちしてるよな。推しメンコンテストでもランクインしなかったのが、なんとなく納得いかん。


 まあ当の本人たちは投票があったのを知っているかどうかさえ俺には分からない。一応女子たちも男子の投票をしたとは聞いてるが、咲良も含めて俺の知っている三人に投票させられる人間が居るかどうか。


 知ってても欠片も気にしなさそうな連中だしなあ。


「とりあえず走り込みは終わったぞ、綾辻は見ての通りだし休憩中だ」

「そうなんだ、お疲れ。最近走る時間長くなってきたね」

「喜んでいいやら悲しむべきやら、とても複雑な気持ちだ」

「喜んでいいと思うけど。私ならしたくないし」

「‥‥え、守り人の訓練て全員こんな感じなんじゃないの?」


 そうだよね? そうだと言ってくれ三神。


 ちなみに走る時間が長くなったとういのは、走る距離や時間が決まっているのではなく、綾辻が俺の成長に合わせて時間を伸ばしているからだ。そりゃ複雑な気持ちにもなる。

そして俺に縋られた三神はというと、とても微妙な表情をしていた。


「確かに似たような訓練はしてたけど、長い時間を掛けて基礎的な部分から丁寧に繰り返していくから」

「‥‥つまり?」

「そんな虐待みたいなやり方だと普通は潰れる」

「おいどういうことだ綾辻ぃ!」


 俺は全員がこういう訓練をしてきたと思ったから耐えてきたんだぞ! しかも俺ついこないだまで一般人だったのに、守り人より厳しい訓練ておかしいだろ!


 流石に叫べば綾辻の耳にも届いたらしく、迷惑そうに顔を上げた。


「七瀬、結界が張られているとはいえあまり五月蠅くしないでくれる? あら、晶葉も来てたのね」

「走り終わったのが見えたから」

「そんなことはどうでもいい! それより俺の訓練内容について言いたいことがある!」


 そしてまずはその煩わしそうな表情を止めろ。


「なにかしら?」

「俺の受けてる訓練が守り人のそれよりキツイと聞いたんだが?」


 どういうことかと目で訴えかけると、綾辻はなんでもなさそうに、


「それは当然でしょう」


 と言い切った。いっそ反論する気も失せる程に堂々とした物言いである。


 俺が呆気に取られる中、綾辻はそのまま続けた。


「稽古を付けるにしても十年もかけていられないし、大体あなたの身体は長年コードの使用に耐えてきたお陰で頑丈でしょう? それに前回の身体で半分くらい壊れたんだから、いっそ今壊して作り直したほうが早いわ」

「え、俺の身体の話だよな、これ。砂のお城の話とかじゃないよな?」


 人体のことについて語っているとは思えないような言い草だぞ、こいつ。そもそも俺がコードをまともに使ったのはこないだが初めてだ。確かにコードを宿しているというだけで多少なりとも身体に負荷がかかって鍛えられているのは否定しないが。


「安心しなさい。現にこうしてじっけ‥‥もとい肉体改造は順調に進んでいるし、私なら限界を見誤ることはないわ」

「‥‥お前今、実験って言いかけなかったか?」

「気のせいよ」

「どいつもこいつも悪びれもしねえな、おい‥‥」


 女性って強い、というか恐ろしい。


 これが一位とか、ランキング投票の闇が垣間見える‥‥。女の子は天使っていつまでも信じていたかったです。


 顔は天使、中身は鬼か悪魔な綾辻が、笑顔で言う。


「さて、そんなことを言えるくらい体力が回復したなら模擬線と行きましょうか」

「‥‥お前の言う模擬線てあれだろ、人のこと滅多殴りにするやつ」

「打ち込まれた分だけ身体の耐久力上がるから、丁度いいわね」

「スパルタクスもビックリな論理武装なんですけど、お前なにレオニダスの生まれ変わりかなにか?」


 こいつの場合三百人と言わず一人で木偶の群れに対峙してたけど。


 ところで早く立てと綾辻から視線で圧力をかけられるが、ここでこのプレッシャーに屈すると、なし崩し的に地獄のスパーリンが開始されることになる。


 チラッチラッと近くに立つ三神にSOSの視線を向けたところ、とても微妙な顔をされた。


「いや、そんな捨てられたハシビロコウみたいな目で見られても‥‥」

「そこは子犬じゃねーのかよ‥‥」


 捨てられたハシビロコウみたいな目ってなんだよ、ちょっと言い得て妙だと思ってしまったじゃねーか。


「さあ、馬鹿なことばかり言ってないで立ちなさい」

「結構切実なんだけどな」


 とは言っても、やらないことには終われないので俺はなんとか立ち上がると、綾辻の正面に立った。


 身体は重く、力を入れてもうまく伝わる感覚がしない。内臓が脈動し、骨の内側から熱が発せられる。


 だが、ここ最近ではこの状態で動くためのコツというのが分かって来た。


 俺と綾辻との間にある距離はおよそ三メートル程度、お互いに一瞬で詰められる距離だ。


 コードの使用は禁止。頼れるものは自分の肉体と純粋な技術のみ。


「‥‥」 


 重要なのは身体の使い方。この重さをどう利用すれば最低限の力で最大の効果が得られるのかを常に考える。


 先手は俺からだった。


 無言での踏み込みから鳩尾へ、縦に突き込む右の拳打。それは前に進むようでいて、その実上から下へと振り下ろされる鉄槌の一撃だ。彼女の視点からは深く沈み込んだ俺の身体が、突如消えたかのようにさえ見えたろう。


 受ければそれを弾き、右へ逃げれば踏み込んだ右脚を軸に後ろへ引かれた左半身が食らい付く。


 故に綾辻が左、即ち俺の右手の外側へと回り込むのは予想できた。


 綾辻の左手が貫き手となってこちらの喉元へ伸びる。しなやかでありながら強靭な発条によって打ち出されたそれは、事前の構え無く飛んでくる暗器のようでさえあった。


 意識の間隙を縫う正面からの不意打ちに、しかし分かっていれば対処出来ないわけではない。俺は貫き手を左手で逸らしながら、右脚を軸に綾辻の身体を巻き込む。


 そして投げた。


 体重の乗っていない貫き手から強引に彼女の身体を引き抜き、頭から地面へ叩き付けようとする。


 思った以上に軽い重さに疑問を抱いた時、俺は頭が飛んだと思う程の衝撃を受けて地面を転がった。暗闇の中を時折月の光が入っては消え、まともな受け身も取ることも出来ず地べたを無様に七転八倒する。


 恐らく投げた瞬間に綾辻は自ら跳んだのだろう、しかしその後が全く分からない。こうして後になって考えると、空中で体勢を入れ替えて顔を蹴り飛ばされたんだとは思うが、どちらにせよ想像の埒外な動きだ。


 ああクソ、いい流れだと思ったんだけどなあ。ものの見事にカウンターを叩き込まれたわけだ。


 痛む体に鞭打って立ち上がると、頭が揺れて世界がグラつく。にしても今の一発、首を鍛えていなければ、本気で頭が外れかねない威力だったけど、まったく容赦の無さに涙が出てくるな。


「立てるでしょう、七瀬」

「‥‥なんとかだよ」


 立って当たり前と言わんばかりの口調で言う綾辻に、俺は口の中の血を吐き出しながら返した。


「たとえ完璧だと感じた技の中でも気を張り詰めなさい。世の中に必殺なんて都合のいいものは存在しないわ。返しの一手、不測の要因、予想が狂う理由なんていくらでもあるのだから、必ず流れを崩されないことを意識するの」

「強引にその流れを断ち切っといてよく言う‥‥。必殺技がないなんてのも浪漫の無い話だし」

「何を言っているのかしら、どんな手であろうが、必殺の一手に限りなく近づけるための訓練であり、流れでしょう。大仰な技一つ磨くよりも先に、基礎の繋ぎで相手を屠れるようになりなさい」

「ごもっともなことで」


 笑いながら俺を誘う綾辻に、次の攻め手を考える。


 強くなってどうするのか、何故強くなりたいのか、正直今の俺にはまだ確たる答えは出せそうにない。ただ居ても立っても居られない何かがこの身体を突き動かすのだ。


 綾辻と三神、彼女たちが立つ場所にいられないことが悔しかったのかもしれないし、脳裏に描いた理想、俺の知る最強に遅々たる歩みであっても近づきたいと思ったのかもしれない。ただ、理由など分からずとも無心に鍛錬することは、今の俺にとって正しいことであると思えた。


ツイッターを始めました! 更新状況など適度に呟く予定です。

秋道通@小説家になろう@uXUEbRszkab2uaE


ツイッターとか全く触ったことないから勝手が分からない‥‥、携帯に初めて触れたおじいちゃんの気分です。


一部表現がおかしかった部分を修正しました。

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