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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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その後が教える俺たちの現状

 ヒビノーズブートキャンプを受ける者、一切の希望を捨てよとは誇張なき事実。


 実は現在俺が座り込んでいる陵星高校、王樹を倒してからは現界期になってもアウターが出現することはほとんどなく、精々小物が紛れ込む程度に落ち着いている。三神にかけられた呪いのせいで木偶が現れていた此間までが特殊らしく、二人しか派遣されない陵星高校は元々この程度の脅威度なんだそうな。


 まあ何を言いたいかというと、これまでと違って時間も体力もそれなりに余るわけで、その浮いた時間が丸ごとヒビノーズブートキャンプに当てられることになったのである。


 まず始まったのは、徹底的な基礎体力作り。綾辻曰く俺には筋力、体幹、体力、知識、全てが足りないらしく、根本的な肉体改造が必要なのだとか。あいつが本気の顔で言うと、文字通り改造されて怪人にでもされるのかと思ったものだ。顔だけは元々怪人面だけどな!


 さて、そんなヒビノーズブートキャンプの具体的な訓練方法はと言うと、実戦を想定したシュミレーショントレーニングがほとんどだ。


 即ち、ダッシュは全て全力疾走、限界を出し切ってから身体をどう動かすのか考えろ、筋トレはやっている時間が勿体ないから模擬戦闘を通して必要な部分を鍛えろ、体術主体なら全身の骨の硬度を高める為に負荷をかけ続けろ。また他に急務だと言われたのは致命傷の避け方や、股裂きが可愛く思える柔軟という名の関節破壊。


 肉体改造の言葉に少しの嘘も無く、綾辻のメニューはまずは俺の身体をぶっ壊してから作り直す訓練なんだか手術なんだか分からない代物だったのだ。


 「大丈夫、多少の怪我なら晶葉が治せるし、どうしてかは分からないけれどあなたの戦闘センスと体捌きは本物だから、模擬戦闘を繰り返して身体を作り変えれば十分戦えるものになるわ」と綾辻は言い、その言葉通り俺を扱き続けた。あいつ絶対人の皮を被った鬼か悪魔だと思うの。ゲームの育成だって今時キャラの体調を気に掛けるもんだぞ。


 というわけで、どんな泣き言を言おうが悪態を吐こうがガン無視して訓練を続ける綾辻に、本気で人の言葉が分からなくなったのではと疑うこともあったが、一応成果自体は出ている。


 元々そんなに食べる方でもなかった食事の量は二倍以上に増え、風呂に入ろうとした時、つい鏡でポーズを取ってしまう位には筋肉も付いた。訓練の方は楽になったという実感が湧かない位徐々にキツくされているけども‥‥、まあ前に比べたらイメージ通りに身体が動いてくれる。


 ようやく呼吸が落ち着いてきた俺は、渡されたスポーツドリンクを一息に飲み干した。乾いた身体に水分が染み渡っていくのが分かる。


「それにしても、本当におかしなものね」

「んあ? ふぁにふぁあ?」

「まず、ペットボトルから口を離してから喋りなさい」


 臓腑まで凍り付きそうな冷たい視線を浴びせられた俺は、最後の一滴までと咥えていたペットボトルから口を離す。こっわ、教育ママかお前は。


「で、なにがおかしいって?」

「あなたのことよ」

「聞き間違いか、脈絡もなく罵倒された気がするぞ?」


 顔が怖い、無愛想、持てなさそうとは言われたことがある俺だが、流石におかしいとまでは言われたことはない。どちらかというとそれを面と向かって言ってくる俺の家族が一番おかしい。


 俺が鬼の顔した人間なら奴らは人の顔した鬼だな、と考えていると、化生の如き美貌をした正真正銘の鬼教官様が違う違うと手を横に振った。


「私が言っているのはあなたの動きのことよ。確かに性格に関してもおかしいと思うところは多々あるけど、力が抜け切ってからが、明らかに素人の動き方じゃないわ」

「今さりげなく罵倒しなかった?」

「そう、言うなれば正解を知っているような‥‥、けれど妙にぎこちない部分が多いし、でもあの時の戦闘では‥‥」

「あの、綾辻さん?」


 呼びかけても、考えに没頭する綾辻から反応が返って来ない。


 まあ、その内帰ってくるだろ、休憩時間だな、休も休も。


 俺は降って湧いた安息の人時に、再び身体を横たえる。手を持ち上げれば、月を隠すそれはここ最近で厚みを増した気がする。


 綾辻の呟いてた内容は、大まかに言って当たっている。俺はどんな運命の悪戯かはたまた知らぬ間に結んだ因縁か、前世の記憶というものを持っている。とは言っても完全に昔の記憶が残っているわけではなく、断片的に夢で見ることが出来るのだ。


 そこでの俺はこちらの世界ではコードと呼ばれる『秘言』を使ってアウターこと『魔物』を狩る言霊士であった。


 自分の中に眠る、俺の知らない俺。そのことに悩んだ日もあったが、結局咲良に背を押してもらって、俺は綾辻たちの戦いに首を突っ込んだ。


 〝呪殺〟と〝恐慌〟を司り再生すらしてみせた朽ち木の主、王樹との戦い。あの時確かに俺は夢の中の俺と一体となり、頭で考えるよりも先に身体が理想のイメージをトレースした。


 だが、結局それもその瞬間だけのこと。極限の集中状態と実戦という状況が生んだ偶然の産物だったわけだ。


 事実、俺はあの日から理想の動きを実現するどころか、使えたはずのエクストラコード〝継承〟すらも発動できない日々を送っている。



 継承武装――『七色』。



 名前も思い出せない、けれど俺にとっては師匠であり、戦友であり、一番の理解者であった盲目の女剣士が生涯をかけて鍛え上げた概念武装。俺が継承したはずの力。


 綾辻たちの言い方であれば『コード・アーム』と呼ばれるそれは、フォルダーの持つコードの力を最大限に引き出すために必要な自身の象徴だ。


 それが使えないってのは言うまでもなくヤバい。文芸部にも関わらず具体的な言葉が出て来ず、取りあえずヤバいとしか言えないくらいヤバい。


 そしてもう一つ困ったことがある。


 それは、今考えに耽る綾辻だ。こいつは王樹との戦いの時に俺が七色を使っているところをバッチリ見ているし、なんなら一番近くでその力を感じ取った人間だ。


 当然戦いが終われば問い詰められらたし、七色を発現させるための訓練にも付き合ってくれた。


 ただ結果は前述の通りだったわけで、前世の記憶があるとも言えない俺はなんとなく出来たという、文芸部どころか高校生としてどうよ、みたいな言い訳でその場を乗り切ったのだった。


 しかしそんな知能指数低い理由で綾辻が納得してくれるはずもなく、最近はよく俺の力の正体について考えている。幸いなことに椅子に縛り付けられて尋問されるようなことにはなっていない。


 ただでさえ訓練で痛めつけられているのに、これ以上束縛プレイとかされたら本格的に目覚めてしまう‥‥。


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