いつもが教える特別の魅力
何故だ‥‥、俺は至って善良な学生生活を送っているし、どちらかというと加害者は向うなのに、どうして俺が悪役にされるのか。
「えーと、交友関係の狭さと顔立ちのせいかと」
「おいそこの一松人形、お前正直に言えば許されるってもんでもないからな?」
「それ、大分前に私が七瀬くんに言った覚えが‥‥、って止めてください! 生え際に指を伸ばしてこないでください! 私が悪かったですから、言い過ぎました!」
「いや許さん、貴様の生え際を後退させて俺も死ぬ」
「それ全然釣り合ってない気がしますけど大丈夫ですか? って痛い痛いです!」
頭をひっつかんで生え際を親指でグイグイ押し込んでやると、咲良はあうあう言いながら俺の手を外そうとするが、如何せん身体能力は非力な咲良のこと、最近鍛え始めている俺には勝てない。
‥‥ところで、こいつの髪の毛サラサラ過ぎじゃない? なに女の子の髪の毛ってこんなに手触り良いもんなの。いやでも、我が家の暴君こと姉貴の髪はこんなに見た目綺麗じゃないし、明らかに髪染めのせいで痛んでるから、やっぱりこれは咲良特有のものなのだろう。
いつまでも触っていられるな、これ。売り出されたりしない?
「あれ、いつの間にか鷲掴みから頭撫でるのに変化してませんか?」
「はっ! 無意識の内に!」
なんと恐ろしい頭だろうか。妙に小さくていい形をしているせいでおさまりが良いのも原因の一つだ。
というかちょっと待て、俺前にネットでみたことあるけど、女の子の頭を撫でたら喜ばれるなんていうのは都市伝説であり、前提条件としてイケメンであったとしても嫌がられると見たことがある。
咲良に「マジで止めてください」とか真顔で言われて手を叩かれたりしたら、俺は明日から学校に来なくなる自信まであるぞ。
「いや待て咲良、これはそのそういうあれじゃないんだ。ただちょっとお前の頭が良すぎたのがいけないというか、俺の手が止まってくれないというか、とにかくごめんなさい」
「あの、その言い方だとそこはかとなくいやらしい感じがするので止めてもらいたいのですが‥‥。というか別に頭撫でられたくらいでは怒ったりしませんよ。どちからというと鷲掴みの方が嫌です、痛いので」
「え、マジで? でもネットだと女子は頭を触られるのをとても嫌がるので、調子にのって頭を撫でたりしたら即お縄ですって書いてあったぞ」
「ネット情報に面白いくらい踊らされていますね。いえ、流石の私も知らない人にいきなり頭を撫でられたら通報しますが、七瀬くんなら別に嫌な気はしませんし。ところで、そう言いながらさっきから撫でる気配が止まないのはどうしてでしょうか」
「はっ! 無意識の内に!」
咲良の言う通り、俺の手は言葉とは裏腹に咲良の頭を撫で続けていた。なんだろう、さっきから完全に無意識の行動だったな。また咲良の身長的に丁度いい位置に頭が来るのである。
そうこれはまさに、
「人を駄目にする頭‥‥」
「私の頭に変な別名を付けないでください」
そう言いながら、そろそろ鬱陶しくなったのか咲良が逃げていく。ああ、気持ちよかったのに。
「ああぁ」
「何ですかその悲壮な声は!」
珍しく咲良が声を荒げて突っ込んでくる。いや、確かに傍目から見たら俺がおかしいんだろうけど、そんぐらい触り心地がよかったのだ。俺‥‥駄目にされちゃった。
まあ、流石にこれ以上は本気で嫌がられそうだったので、話を戻すことにする。チョイチョイと手で咲良を招くと、警戒した猫みたいだったはずの彼女は、しかしすぐにトテトテとこちらに寄ってきた。可愛いけど、野生に帰したら二秒で死にそう。
「で? 咲良の方はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「さっきの質問だよ」
「あ、異性と二人で映画を見に行ったことがありますかっていう質問ですか」
「イエス」
「何故英語に」
いや、聞いてみてから気付いたんだけど、これでありますよ、って普通に答えられたら俺はどんな顔をすればいいのかと。
世には処女厨なる、所謂男と付き合ったことのない女性だけしか受け付けないユニコーン系男子とやらも居る模様。俺は女性とお付き合いするというビジョンが生まれてこの方持てた試しがないので、そんなこと気にもしないと思っていたが、過去に咲良にそういう相手がいたと考えると心中複雑である。
「私もいませんよ。もし行ったことがあったら今日も誘ってないですし」
そもそもだ、気になる女子に男の影がチラついたら、そりゃ穏やかじゃいられないのが普通だろ。過去であっても、俺たちはいつもその過去の幻影と見えない戦いを続けていかなければならないということになる。
クソ、俺はこんなにも器の小さい男であったのか、今は綾辻と三神の無駄な男らしさが羨ましい。二人共女だけど。
「えーと、聞いてますか七瀬くん?」
「あ、ごめん全然聞いてなかった」
脳内で笑いかけて来る爽やかなイケメンのイメージをかき消して俺は答える。
咲良はため息をついて言った。
「まったく‥‥、だから行ったことはありませんし、あまり男の子の友達というのもいませんね」
「おお、そうなのか」
「心なしか嬉しそうなのが気になりますが、ええ私は七瀬くんと違って異性の友人はほぼいないです」
何故かおかしな勘違いをされている気がするが、それはいいだろう。流石は終始本を読み続けて人と話しているのを見たことがない本の虫だ。
「む、なにか失礼なことを考えられている気がします」
「そんなことないぞ?」
「ならいいですが、そのせいで本を読んでいても分からないことも多いんですよね」
「ん? 例えば?」
「映画を二人で見に行ってなにが楽しいのかとか。基本的には終始喋ることもなく座っているだけですし、一人で見るのと変わらない気もするのですが、多くの小説において男女のお手軽なデートといえば遊園地、映画館、ショッピングか水族館動物園と相場が決まっているんですよね」
何この子、捻くれてるわぁ。
「でもそれって恋人か気になっている人と行かないとどうしようもないんじゃないか? 結局そういう人と行くから楽しんだろ」
いや逆に考えるんだ、これはもしかして遠回しな告白? 察してくださいよ、私は七瀬くんと映画を見に行きたいんです、的な。
「致し方ありません。今そういう対象がいない以上、折角七瀬くんが居るのですから形だけでも真似てみませんと」
「‥‥‥‥そっすね」
「どうしたんですか、そんなテンション下がったような顔をして。大丈夫ですよ、内容はさほど拘りませんので、七瀬くんの好きなものを観ましょう」
頓珍漢なことを言いだした咲良を適当にあしらいながら、俺はため息を押し殺す。この場合は悲しむべきなのか、あるいはそういった相手が俺以外に一切いない状況を喜ぶべきなのか微妙なところだ。
今はとりあえず、
「じゃあホラー観ようぜ、邦画のストーリーがゴリゴリに陰鬱なやつ」
「うえっ!? 何を言っているのですか、観れるものは他にもたくさんあるでしょう!」
「お前がホラー系の内容が苦手なのは知ってるんだよぉ! 男女で観る映画なら恋愛かホラーと相場が決まってる!」
「なら恋愛映画で良いと思います」
「断る」
「なんでですか!」
まあ当人の思惑とかデートだとかそういったことは置いておいて、とりあえず今こうして二人で映画を観に行くというのが貴重な時間であることに間違いはない。
普段の文芸部室とは違う外、春の余韻を微かに残した風が咲良の髪を靡かせ、正面からばかり見ていた顔が少し下で横を歩いている。
声が弾み、時折触れ合う腕が熱い。
陽が赤くなりつつある中を、俺たちはそうやっていつもの部活のようにしょうもない会話をしながら、けれど確実にいつもとはどこか違う空気を感じていた。




